第7話 弱気な印章士
「この魔法はね、水・風・闇属性を主にして組まれているんだ」
海上を駆けるマギビークルの運転席で、セツナはそう切り出した。
かれこれ彼女を探し始めてから四刻ほど経っていた。
西日が照りつけてうなじを焼くが、同時に前から吹き付ける風が心地良い。
フェンリルに追われていた時はそんな余裕は無かったけれども、いざ急用もなく乗ってみれば爽快なものだ。
俺はセツナの後ろで彼女を両膝で挟み込むように座り、左手を彼女の肩に乗せて同乗している。
彼女の身体は
身体を預けても全く苦にならなそうだ。
ちなみにこのスタイルは彼女から提案した形である。よく父と乗ったときはこうしていたんだとか。
つまり、まぁなんだ。密着性高めのこのポジションは決して自分の作為ではないんだと、俺は心の中で強めに主張していた。あくまで心の中で。
お互い、相手の顔が見られない位置に居るのは唯一の救いかもしれない。
変に緊張して、さっきから腹に回した腕の力のかけ具合がガタガタになっている。
恐らくセツナも分かっているだろうなぁ……
この手前勝手な気不味さが、どう考えても"彼女との運命的かつ事故的な接触"から由来するものなのは言うまでもない。
「水風闇ねぇ……身体強化系の応用か?」
「そうだね。水と風で動力、闇属性は衝撃吸収の現象を抽出してるんだ。
急発進は苦手だけど、悪路と急減速は得意だぜ」
セツナはグンと速度を上げて大きく右に舵を切る。
マギビークルが右側に傾くが、落ちてしまうような不安感はない。
寧ろ海面に吸い付くようなほど滑らかに進み、やがて波を越える。
一瞬ふわりと空に投げ出された感覚を覚えるが、縦揺れによる衝撃は無いに等しかった。
全く至れり尽くせりの乗り物だ。こんなものを作ってしまう人なら、確かに目をつけられるかもしれないよな……セツナの親父さん。
「……これ、水上がメインなんじゃねーのか? 陸上より遥かに快適なんだがよ」
「否定はしない、ただ海運は無理なんだよね。
魔獣を撒けないってのと、
「なるほどなぁ……難しい話だ」
「父さんもこの問題が解決できなくて、マギビークルが精一杯だったんだ」
セツナはそう呟き、昔話を切り出した。
「父さんはウリューノの魔法具研究家でね、それで魔法を覚えた。
でも2年前、誰かが父さんの工房を襲って火をつけたのさ。犯人はまだ見つかってない。
僕にこれを託して逃げろと言った。瓦礫をどかそうと思ったけど、怒られたよ……」
「……それで、印章士になったのか」
「元々印章士にはなりたかったんだ。そのために、父さんとコレを作ったからね。
良い機会だったと言えばそうなるのかな。その代わり、白色と赤色の魔法がその時から使えなくなっちゃった」
親父さんを誰かに殺され、挙句あんな奴に付き纏われて……踏んだり蹴ったりじゃないか。
魔法使いは技術の研鑽がモノを言う。
便利な魔法を作れば、あるいは魔法で動く発明品を作れば、それだけ文化は発展して、そのまま富と地位が手に入るわけだ。
だからその技術の奪い合いなんて別に珍しいことではない。
事実として魔法犯罪の半分くらいはそれに当たる。
だが、珍しいことじゃないからって看過されていいはずがないのも事実だろう。
成人もしてない少女一人が父と居場所を失い、地に放り投げられたというのだ。
悲しいなんて思ってる暇さえなかったろう。
他人の昔話だと分かっていても悔しくなる。
セツナの話す口調は穏やかで落ち着いていた。
それはどこか、どこか諦めの感情が混じっているようにも聞こえて。
それが気に入らなかった。
辛さを受け入れてしまえている彼女を見て、納得なんかできなかった。
「お前はんな辛い話を淡々と話してくれてるけどさ、さっきのアイツはなんなんだよ?
「……ヘンリック・ラウチ。ウリューノの船大工で、街お雇いの強力な私掠船団を作ろうとしていた男さ。
父さんの動力魔法式に興味があってそれを欲しがってたんだよ。
父さんは兵器として利用するなら手は貸さないって聞かなかったんだけどね」
「造船なら、動力魔法なんて得意分野じゃねーのか?」
「いいや、あいつの得意分野は武器そのものなんだ。
閃紅照射《レーザーカノン》砲っていうのを作っていたけど、動力魔法式に関してはあまり得意じゃなかったみたい。
僕は初め、ウリューノで印章士になろうと思っていた。
でもあいつは僕が魔法を使えなくなったのを知ってたんだ。それで脅されたから、逃げたんだよ」
「2年も?」
「いいや。ウリューノを出たきり別に追われなかった。
さっき慌てちゃったのは、久しぶりで思い出しちゃったってのもあるんだ……取り乱して悪かったよ」
あらかた事情を聞いたところで、セツナはカンメラ港を海側から一望できる無人島にマギビークルを停めた。
「ふぅ……ちょっと休憩。
ま、こんなもんさ。聞いてみれば大した事ないかもだけど」
「んな訳あるか。
態々魔法使いとしての悪評ばら撒かれてんだ、大した事だろ。
他人を蹴落とさないとやってけない魔法使いなんてたかが知れるもんだ」
少し口調が荒くなる。イライラしたのがつい口に出てしまった。
「そう言って貰えると嬉しいね。
でもどうしよっかなぁ……実際バラされちゃった訳で、正直ここで印章士やるのはやり辛くなったし。
やっぱり北上して国を跨いだほうが──」
「もうやめようぜ、逃げんのはさ」
「あ、アラタ……」
「奴は目的があってお前をまた追っかけてきたんだろうよ。
なら、逃げたって同じだ。そんな風に自信がないままじゃあ、きっといつか辛い思いをする」
例の男が悪いばかりと思っていたが、問題は恐らくそれだけじゃない。
話していて分かったことは幾つかあるが、まず一つにセツナは自分に自信がないように思える。
極化回路が相当コンプレックスなんだろう。逆に言えば、それくらい心に傷を負わないと
「それは……そうかもしんないけど」
「六つだ」
「は?」
「俺が使えないのは火、土、闇、水、風、光の6属性。昔ひどい魔法事故に遭ってな、親友を一人亡くした……それきりだ」
セツナは隣で、信じられないと言わんばかりの顔をしている。
畜生、自分だって似たようなモノじゃないか。確かに極端すぎて信じにくいかもしれないけれども。
「信じてないな? ほれ、コレを使っているのがお前だけと思うなよ」
俺は持ち物から火口箱を取り出してセツナに見せた。
印章士はキャンプをするとき、特に狩りの後ならこんなものは要らない。
魔獣の素材を用いて簡単な発火魔法を発生させれば良いからだ。
「印章士の良し悪しは使える魔法の種類だけで決まるもんじゃないだろ?
俺を強いと言ってくれたよな……俺だって、お前の魔法は本気で凄いと思ったから言ったんだ。
悪評なんかぶっ飛ばしちまえば良い」
「できるかな……今までずっと、自分を生かせる場所を探して逃げてきただけの僕に」
「できるさ、絶対に。
極化回路になるとどいつもこいつも魔法から離れちまうから知られてないけど、実は────」
そう言いかけたところで、ザパン、と遠くの正面で海面の大きく動く音がする。
こんな街寄りの地点に大型の魔獣が侵入するはずもない。
俺たちが今立ち寄った無人島のように自然の堤防がたくさんあるし、街の人間を襲ったって得られるものなど高が知れているからだ。
俺もセツナもその音に気を取られて発生源の方を見る。
その先には、黒い4本の足を生やした異形の軍艦が、カンメラの大通りにその巨体を乗り出していたのであった。
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