第二十話 王の軌跡
荷馬車に乗った俺らを客にして、馬車は目的地であるガハラ砦を目指し二日目へと突入した。
昨日の夜の会話を経てすっかりと気軽に話せるようになったテールを交えて何気ない雑談に華を咲かせ盛り上がる。そんな光景に周りは、昨夜何か起きたのは確実だが聞き出せる雰囲気ではなくジークがどんな手を使ってテールと仲良くなったのか気になって仕方がない。
そんな周りの心情など露も知らないテールは、ぐいぐいと俺に話題を振り迫ってくる。
「それでジークさんはユタ村から来たんでしたよね。それじゃあガハラ砦がある砦町ニシャラを訪れたことは当然ありますよね」
「あぁ一日だけな。王都に来る前に立ち寄っただけだけど、かなり賑わっていた気がする」
「当然でしょうね。あそこは砦町としても相当有名な場所だもの。なにせあのニシャラよ、はぁ~あそこのスイーツ美味しいのよねぇ」
シャーリンが自身の知識を披露するように自慢気に語った。
そもそも砦町とは、騎士団が常駐する砦が町内部に存在し、治安も良く都会的な町並みを有する場所のことをそう呼んでいる。
そんな優れた景観を持つ砦町のなかでも、ニシャラは隣国ダグラカイとの国境に最も近いこともあり、王国内と他国とを結ぶ貿易の中心点として栄え、砦町のなかでも一、二を争うほど呼び声が高く国内で評価されている場所だ。
「ちょっとシャーリン。遊びに行くんじゃないから、もう少し真面目に」
「でもメルト、あのスイーツを私のお店でも取り扱えたらきっと……ふふふ」
商人の嵯峨が発揮し、光悦とした不敵な笑みを浮かべる友人にメルトはツッコミを入れたが、それでも止める気配はなくシャーリンは自分の妄想を膨らませる世界へと行ってしまう。
メルトの話によるとこうなってしまえば、暫くは帰ってこないらしい。
王都での散策時訪れたカフェのオーナーを何故シャーリンがしていたのか、聞いたとき返ってきた言葉が彼女が商家の生まれにして、今は貴族の家紋を持つそうだ。
詳しくは、伯爵家に帰った話してくれるとの約束だったが、そのあと屍人騒動が起こったりとなにかと忙しく聞きそびれていたことをたった今思い出した。
「そうだ、メルト。シャーリンがオーナーって呼ばれてたのどうしてなんだ?」
「あっ忘れてた!今でこそ男爵な爵位を持つ貴族だけど元は、普通の商人の出なのよ」
「でもよぉ商人が貴族の爵位なんて簡単に手に入るものなのか?」
「そこはほら、アーサー王の政策のお陰」
当然の如く口にするメルトだったが、俺は全く理解出来なかった。
こうして改めて考えると、ユタ村は本当に田舎で外部からの情報が届きにくい閉鎖的な環境だったのだと実感せざるを得なかった。
「アーサー王って言えば、王都にずっと暮らしてたけど、王様見たの初めてだったぜ。いやぁ~あれゃすげ気迫だったな。お前もそう思うだろジーク?」
「あぁ、、そうだな……」
どうしても
「初対面も有り得ないけど、感想がそれだけなのは絶対間違ってるわよミハールちゃん」
「げっ……」
「これは仕方ないわね。ジークちゃんも居るわけだし、ワタクシが一からアーサー王が起こした偉業を教えてあげるわ」
「しまったサイカの琴線に触れちまった」
ミハールは後悔し、周りは静まりを見せるとともに事の発端である彼を睨みつけ、当の本人は心底気まずそうに顔を下に向ける。
事切れそうな小さな声で俺に最後の言葉を振り絞るように一言。
「すまんジーク。アイツの
※※※
時は十六年前まで遡る。
当時のブリテン国は、ウーサー=ペンドラゴン王の統治のもとで穏やかな暮らしを享受していた。ウーサーは万人平等の精神を持ち不当に領地経営を行う不貞貴族の罪を暴き、爵位を没収し、国民からは絶大なる人気を持たされた有能な王だった。
しかし王の行動に反発し、不満を抱いた貴族がいた事実がある。そこに目をつけたのがヴォーディガン=トーマス。
ヴォーディガンは心優しきウーサーの実の弟でありながら、野心家であり民を蔑ろにする傾向が強く王家全体から危険視され続ける存在であった。
だが意外にも兄弟仲は良く、ウーサーだけは彼を信じ続け、それに応えるようにウーサーの結婚式の際には盛大に祝いを行い、やがてウーサーの妻が身籠ると王位継承問題で兄と対立したくないとの考えから自ら臣籍降下を願い出たほどだった。
その心情にヴォーディガンもとうとう改心したのだと、王家の人間は安堵し、ウーサーは心底喜んだそうだ。
しかしその全てが叛逆への布石だった。
ヴォーディガンは、王家の目から逃れた土地で、密かに爵位を没収された旧貴族を纏めあげ、ウーサー王へと反旗を翻したのだ。
突然の謀反に、ウーサーは対応が遅れ王都を明け渡す結果を招き、その後再度ヴォーディガンに戦いを挑んだが王は斬殺され、王座についた彼の弟は自身を暴王と呼称しその栄華を極めんとした。
その後、ウーサー王が率いていたなかで残存していた円卓の騎士は、打倒暴王を目標に定め反乱軍を組織徹底抗戦の構えを取り、長きに渡りブリテン国内で
その戦で起きた全ての戦いを総じて叛逆大戦と呼ぶ。
サイカから語られたその話は、寸分違わず師匠から聞いた物語と一致する。
ただ師匠から聞かされた物語は自分がアルを連れ出し、王都から脱出したまででその後どうなったのかについては全く知らないらしく未知の領域へと突入した。
「ウーサー王亡きあと、反乱軍を率いたのは彼の王に遣えた総勢、十人に昇った円卓騎士の面々。それでも賢王との呼び声が高かったウーサー王を殺すに至った暴王の武器、神具『ファブニール』の前に手も足も出ずひとりまた一人と敗北し、暴王の軍団と反乱軍の最大決戦、ニワラ川の決戦で敗走した反乱軍において生き残っていた円卓騎士は、とうとうトリスタン卿・ランスロット卿・ガウェイン卿だけになったの。その後、シルバちゃんのお兄様であるリチャード=トーマスが加わった反乱軍は、辺境に逃れ力を蓄えて暴王を討つ機会を窺って潜伏する道を選んだらしいわ」
そこで俺は、ふと暴王の家名と、シルバの家名が同一であることそして、彼が王族であることを思い出し、つい二度見してしまう。
視線が重なる。
俺とシルバの目が合い、彼はなにやら気まずい表情で顔を曇らせた。
「推察の通り、僕の父親はヴォーディガンだ。しかし勘違いしないで欲しい。僕はアイツを父親とは認めないし、もしもあの時力を持っていれば、僕が討っていた」
怨念にも似た感情を滲ませながら、拳を強く握り締め突き放つその一言に、シルバの新たな一面が垣間見えた気がする……。
と同時に昨日のテールも然り、自分だけでなく、それぞれ過去に何かあり、今がある。
現実を生きているのだ。
自分だけが、誰かと違う使命を持つのだと錯覚していたのを身を染みて分かるには、充分過ぎた。
「そんな劣勢の状況は反乱軍の士気を低下させ、長い時間が経とうとしていた……。そしてそこに現れたのが、アーサー王よ」
ピクっと肩が若干動いた。
ついに最も聞きたかった彼女の過去に近づけることに、高揚感が心に渦巻く。
その高まる気持ちをグッと抑えこみ、黙って俺はサイカから語られる、あの日別れてから四年にも及ぶアルの軌跡を漸く知ることが出来、聞く準備を整える。
そうあの日…………、選定の剣『カリバーン』を抜き、王になることを彼女が誓ったあの日の先へ。
「選定の剣に選ばれた者は王の資質を持つ。補足だけど、その剣を抜くことは同じ王族であったリチャード卿やシルバには無理だったそうよ」
「悪かったな力が足りなかったんだから……」
端に座るシルバにまで聞こえるように、サイカは大声で喋る。
それに応じた彼は、自信なさげに言葉を吐き捨て荷馬車にかけられた垂れ幕が捲れ、眺められる外の景色に目を移した。
「だから、その場にいた皆は唸ったそうよ。王が帰ってきたと。でも一つだけ不思議なことがあるの」
「不思議なことってなんだよそれ?」
「実はね、この話には裏話があるんだけど、一度剣を抜いたアーサー王は逃げ出したって噂があるの。ねっ、おかしいでしょ。あのアーサー王が臆病風に吹かれたわけじゃあるまいし、気になるのよねぇ。再び皆の前に現れた彼は宣言した。ウーサーの息子、アーサー=ペンドラゴンだと。はぁ~ワタクシもその場に参加して、王の勇姿をこの目に焼き付かせたかったですよ」
話が一段落した瞬間、前方から馬の鳴き声が高鳴りを上げると同時に何の前触れもなく荷馬車が停車し、荷台を牽いていた行者が顔を後部に座っている俺たちと話すために後ろへと向けた。
「ワリィな坊主ども。話を中断させてしまってな。ちぃ~とばかしはぇが、今日はここいらで夜営するそうだぜ。てなわけで、この森を抜ければガハラ砦はもう目の前だ。明日には着けると思うぞ」
サイカの話に夢中で、時間の経過など些末な問題を気にしていなかった俺だが、外に出るとほんの少し空が薄暗くなり始めていた。
それでもまだ明るく、移動は出来るように思えてならない。
だが団体行動において最も致命的なのは、個人プレイ。個人の行いが周りに迷惑をかけ、心配させる結果を伴うことは重々承知であったため口出すことはしなかった。
「でも何でここなんだろ?」
眼前には森が広がっていたが、街道が森を突っ切る形で整備されており暗闇でも迷う心配もないだからこそ不思議だった。
「キナ臭い話があるんだよ。だから今日はここで夜営ってわけだ」
「キナ臭い話って何ですか?」
「魔物が出たって噂だ。まっ、ガハラ砦に駐在する騎士団がいるから砦町は安全だし、いの一番であの常闇の森を騎士団が調査したそうだが、問題は無いって話だ。それでもな念のためだよ。暗闇の森の中で夜襲を受ける可能性が捨てきれたわけじゃねぇからな」
行者が親切にも教えてくれ、俺は感謝の言葉を伝えると彼は自分の愛馬のもとへと食事を届けに行った。
そして俺は昨夜と同じように支給された食事を片手に、皆が集まっている場所へと行く。
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