第十九話 湖のほとり
カルランの合格者が発表された、翌日の早朝王都の北門前には多数の馬車が用意され、俺はメルトらと共にその馬車に乗り込んだ。
そして北門を出たカルラン選別者たちで組織された一団は、国道を北上し従騎士候補が訓練を行う地ガハラ砦へと向かう。
「くぅ~尻が痛てぇ。どうしてこうキツキツなんだよ」
ミハールが、文句を垂れる。
無理もない。小さな馬車の荷台には八人が肩を隣り合わせて座っていて窮屈感があったからだ。
「仕方ないでしょ。テールを別には出来なかったのよ」
シャーリンが少しキツめに言い返す。
と言うのも、最初の段階では学徒出身者は俺と関わりを持った七人だけが合格しており、それぞれ別々の馬車に乗せられる予定だったわけだが、シャーリンとメルトに加えシルバまでも同じ馬車に乗るべきだとごり押しをして結局俺も交えて全員同じ馬車に乗る運びとなった。
「そう言えば特訓の成果はどうだったのだね?」
不意にシルバが、話をサイカに振った。
「バッチリとまではいきませんが、ある程度は問題はないかと。ですよねニコンさん?」
「そうやねん。ほらジークはん、テールはんの目を見てみぃ」
ニコンに促されるままテールの顔を見た。
初めて対面したとき、人見知りである彼女は挨拶する間もなく意識を飛ばしたわけで、まともに会話をした記憶がない。
だから俺からは願ってもない機会を与えられたのだが……。
目が合わない。
「えっとぉ……」
「ほらな、倒れないやろ」
誇らしげに語るニコンに対して、彼女の進歩を祝福するように優しい歓声が上がった。
ただサイカをよく知らない俺だけが、場の雰囲気に馴染めず困惑した。
え、これでいいのか?
「まぁこれなら少しは安心出来るな」
「てかなんであんたが居るのよシルバ?」
「何言ってんだよ。シルバも受かったんだからこの場に居るのは当然だろ」
「あっジー君は知らないんだっけ。シルバはねカルランには参加するだけで、合格しても従騎士にはならないって宣言していたのよ。なのにさぁ~ねぇ」
穿った目つきをするメルトに物怖じする様子はシルバには微塵もない。
「あ~あれはだな……、無くなった。兄さんが僕のやりたいように過ごせと言ったんでな。暫くは自由に過ごすつもりだ」
「そっ、ならこれからも宜しくってわけか」
※※※
日も暮れ始めた時刻。目的地まで半分にも満たない地点にあり、大きな湖が傍にある草原地帯が夜営の場所として選ばれた。
夜営地に到着した俺らに、就寝用テントが班ごとに二つ、そして食料が配られたらそれで終わり。
あとは自由時間として、出発時刻の翌日朝七時まで好きなように過ごして良いとのお達しが出され、各々自由に行動する。
ただ俺は初めての荷馬車での移動に、体力を持っていかれてダウン。
いち早く就寝することにしたのだが……。
「だから、ってこんな時間に起きるとは」
全くもって不甲斐ない自分が情けない。
同じ馬車に乗っていた他の皆は、俺が先に寝に行く時も平気そうな顔をしていて、今は隣で俺が声を上げたにも関わらず熟睡していた。
俺もそんな風に寝たいと思いつつも、取り敢えず外の空気でも吸おうとテントから出た。
「ひゅ~綺麗な星空」
既に周りも静まり返っていて、暖を取る為に焚いていたであろう焚き火の火も鎮火され、人工的な明るさは無かった。
その為月の光と、湖に反射する星の光が放つ明るさを一際際立たせる良い塩梅となる。
自然の光景に、その身を委ねていると湖のほとりに佇む人影が見えた。
「この時間に誰だ……?」
こんな時間に起きている人影が無償に気になった俺は、相手に悟られないよう慎重に近づいていく。
「おはよう
近づくにつれ、見えた人影は灰色のように霞んだ緑色の髪の特徴から察し、テールだと分かった。
俺が歩み寄るのに全く気付きもしなかった彼女は魔法を発動するための詠唱を唱え、魔方陣の上にあった砂の塊が集合し高さ十センチにも満たない人形が形どられた。
現界した泥人形に対して親しげに呼ぶテールは変な挙動など一切なく自然体で、楽しげに戯れる。
「どうしたの
泥人形が可愛らしげにその小さな指で、俺の方向を精一杯向けテールが後ろを振り向き、つい目が合ってしまう。
「ひっ、ジークさん」
「ちょ待て倒れるな」
「あ、は、は流石にもう倒れないです」
「そっかなら」
「あっ駄目です!その距離でお願いします」
「ならここに座らせてもらうとするよライアンドさん」
親しげに会話をするほど話をしたこともなく、彼女のことを名字で呼ぶと俺は立ち止まった場所に腰を下ろし座り込む。
「あのぉ~私のことも皆さんと同じように名前で呼んで頂いて構いませんよ。私もジークさんとお呼びしますので」
「なら俺は君のことをテールさんと呼ぶことにするよ」
そう言って俺は、さながらご主人様を護る騎士のように必死に俺とテールの間に立つ可愛らしい泥人形が気になっていた。
「それってもしかして
創造魔法はただその使い手も極少数ながら実在すると師匠から教わったことはあったがこうして間近で見られるとは思わなかった。
「凄くなんかありません。私がこの力を手に入れたのも弱いのが原因なんですよ」
「テールさんが弱い?」
「はい。ジークさんは知ってますよね。私が極度の人見知りだってことは」
「まぁな」
「でも私も人と関わってみたいなって思ったら、自然とこの魔法が出来るようになったんです。だから私は弱いんです。決して凄くはありません」
自分のことを卑下するだけで、その姿は悲しみで満ち溢れていた彼女に俺は悔しさを覚える。
「そんなことはない。君はこんなにこの魔法と寄り添っている。言葉足らずで済まなかった。ただ俺はそこが凄いと言ったんだ」
「寄り添う…………?」
「あぁ見てれば、分かるよ。その
デコピンをすれば直ぐにでも吹っ飛びそうなほどか弱そうな身体をしているのに、今も俺を前にして必死にテールを護ろうと壁を作っていた。
その姿に感動する。
「それだけの新密度を育めるんだ。それはテールさんの想いが魔法に反映されている証拠と呼んでも良いはずだ。だから誇っていいんだ、テールさんは凄い魔法師なんだって」
俺が彼女を褒めると、不意にテールの頬から涙が一滴零れ落ち、次の瞬間には号泣の嵐を吹き荒らす。
※※※
「大丈夫、落ち着いたか?」
涙も収まり始めたタイミングで、俺の方から声を掛けてみる。
「はい。心配かけて申し訳ないです。ただ初めてさっきみたいな言葉を掛けられたものでつい涙が止まりませんでした」
「そうだったんだ……。ってわりぃ近づきすぎた」
突然涙を流し出したテールを心配し、いつの間にか彼女に近寄りすぎていたのに気づいたのは
それでも可愛いなぁ~コイツ。
「もう大丈夫です。これだけ話したんです、もうジークさんに慣れましたよ」
「そっかそれは良かった」
「はいっ!」
初めて真面に向かい合って、俺に向けられてた彼女の自然な笑顔は綺麗だった。
「けど、どうして人見知りだと言うのに、テールさんは円卓騎士団を志望したんだ?相当苦労してるように見えたんだけど……」
ここ数日の、初対面の俺に会った時の失神やシャーリンがオーナーを務めるお店での接客仕事などから見るに、円卓騎士団は彼女に重荷のように感じてしまい余計な口をつい挟んでしまった。
それでも彼女は滅気なかった。
「私は、この魔法を世の中に活かしたいと思ったからこれまで魔法の鍛練をしてきました」
彼女の相棒を手の上に乗せ、自身の肩にそっと移動させながらハキハキと言葉を紡ぐ。
そこには今まで俺の頭の中だけにあった彼女の印象が、どんどんと塗り変わっていく。
「そしてそれを活かせる場こそ円卓騎士団だったんです」
「なるほど、テールさんなら直ぐにでも人々の役に立てると思うよ。その性格さえ治ればな」
「うぅぅ~それは分かってはいるんです……。シャーリンさん達も同じこと言ってるんですけどね。難しいです」
「そうだ、気になっていたんだけどメルト達とはどうやって仲良くなったんだ?」
俺とテールが出会ったきっかけを生んでくれたのは、メルトに招かれたカルラン後の食事会。
それぞれ面識のない俺の為に自己紹介をしてくれたわけだが。自己紹介の途中で倒れたテールは、その過程を省略してしまっていたのだ。
「そういえば言ってませんでしたね。改めまして、魔法学院第三席を拝命しましたテール=ライアンドです」
「第三席?」
「はい。それでですね、シャーリンさん達と仲良くなったきっかけはミハールにあります。彼と私は所謂幼馴染みの関係です。家が隣だったこともあり、小さい頃からよく遊んでいました」
「ちょっと待ってくれ。ミハールは孤児院の出身だって聞いたけど違うのか」
「あっ………………ごめんなさい。今のは聞かなかったことにして欲しいです。勝手に語って良い話ではありませんでした」
少し俯き、これ以上深掘りしないでくれと全身でアピールされたら流石の俺でも聞くのを躊躇ってしまい結局、ミハールの話をこの場では触れなかった。
「そんなこんなで、魔法学院と剣術学院の交流会を通した時、ミハールを介して顔合わせする機会も多々ありまして仲良くなったんです。そして今こうしてここに立っていられるのは友達のおかげです」
むふぅ~と胸を張り、可愛らしい騎士さんも自分の存在をアピールする。
するとテールは泥人形を抱えあげ笑顔を向けた。
「勿論、
始めは手に乗せた昔からの友達に向け、そして言葉の締めは俺へと向けられたその内容を最後に俺は一言。
「これから宜しく頼むよテールさん」
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