第ニ章 ガハラ砦編
第十八話 辺境の村へようこそ
第二章ガハラ砦編
「たくよぉーマーリンの奴、どこが近くに転移させるだぁ」
騎士の咆哮は道場を反響し広く渓谷に轟くもその声はどこか怒りの覇気に満ちていた。
「落ち着け前見てないと危ないぞ」
険しい渓谷を、馬に乗った二人の騎士が慎重に進み目的地へと向かっていた。
ガラハッドが行路でボヤくのも無理は無い。
マーリンが、二人を転移させた先はユタ村に最も近い別の村。更に宮廷魔法師は約束通り馬を用意していたわけだが……。
場所と時間が悪かった。
二人の騎士が到着した時刻は日が沈んだ後であり、目的地から最も近い村なのは事実だがここからユタ村までは馬を用いても四時間はかかる距離。
その一番の理由が二人が今立ち向かっているこの渓谷の道にある。
渓谷は馬が一頭通るだけの幅しかなく、駆けようものなら道を踏み外し崖の下へと転落しかねないそんな経路が続くために、慎重を期さねばならない。
そんな道のりを夜中に移動することは自殺行為と捉えられても仕方なく、その日は転移先の村に泊まり翌日朝イチでユタ村へと向けて出立したのであった。
「やっと着いたな」
村の入り口は、質素な造りをしていたがまだ出来て間もないとベディは触れてみて直ぐに分かる。
それだけじゃない。
到着するまで気付きもしなかったが、辺りを見渡せば尋常じゃない奇妙な景色が浮かび上がってきた。
「あんたら此処等で見ない顔じゃがどこから来たんじゃ?」
朗らかな顔をしたおばあちゃんが興味津々に聞いてきたが、有りのままこの地を訪れた目的を伝えるわけにもいかずベディが思考していると。
「なぁ~に、俺らは旅人で王国内の色んな場所を巡ってんだ。よろしく頼むよばぁ~ちゃん」
軽快なリズムで、ガラハッドが咄嗟にアドリブをかましてやり過ごした。
これも彼の人徳の為せる技だろうとベディはつぶさに思う。
「なんだい。それじゃあここには見るものなんてないじゃろ」
「いやいや、興味深いことがあるんだが、建物やこれなんかも真新しい装いだけどこの村最近何かあったのか?」
「それがねぇぇ……旅人さん。実はちょっと前に、村に魔獣が襲って来てそんとき家屋が潰されたんで建て直したわけさ」
「ちょ待て、ばぁちゃん魔獣だと!」
「魔物ではなく、魔獣がこの村を襲ったと言うのですか?」
この世界における共通の敵それが魔物であり魔獣である。
そのなかでも魔獣は、魔物の上位種に該当し円卓の騎士団が一団、総出で相手にしなればいけない個体すら存在する。
また魔獣には驚異判定から、
「あぁじゃが、エクのじじぃとジークがやっつけてくれたからこの通り、ピンピン、生きておるわ」
陽気に語るようで、瞳の奥では虚ろな目を浮かべるおばあちゃんに気付きつつも二人の騎士は触れられなかった。
但し当初の目的であるジーク=アストラルの調査の手がかりは得られそうだとの認識をベディは確信した。
「失礼ですが、そのエクのじじぃさんに会うことは出来ますか。良ければその時の話を」
「死んだよ」
「死んだ……」
「おいベディあれ見ろあれ!」
いつの間にか、話を聞かず回りを眺めていたランスロットが肩を叩き、その先にある遺骸に正直自身の眼を疑ってしまう。
「今おばあさんに大事な話を……って嘘だろ!?」
見えてなかった訳ではなかった。
それでもそれが魔獣だと気付くには、指摘されないと分からない、人の認識の外、言い表せれば巨山。
だからランスロットが言わなければ、その存在を山だと誤認したまま王都に帰宅しただろう。
だが今は違う。
山ではなく、魔獣の遺骸。
「どうしてここに
個体名“
驚異判定は、天災級に属しその巨体の高さは有に十五メートルを越え、歩く災害が通り過ぎた先には隕石が落ちた跡のようにクレーターが出来、人々を恐怖に陥れる。
それが魔獣、陸亀主だ。
ただブリテン国も、この怪物のことは把握しており被害の報告が出る度、何度も討伐隊を編成し現地に向かうが、陸亀主は擬態能力が群を越えていて見つけられず取り逃がす。
そんなこんなで、未だ討伐には至らず長年、この国の忌むべき種として扱われてきたわけだが……。
その怪物が今、眼の前に死骸として転がっている。いや、正確には地面に伏し、頑丈な甲羅が砕け散っていた。
「済みません取り乱しました。それで先程の続きですが」
「そうじゃったそうじゃった。どうじゃね続きは、食事でもしながらは?」
おばあちゃんの誘いを断れず、馬が逃げないようにすれば民家の中へと招かれる。
「ばぁちゃん、あの魔獣を倒したエクのじじぃって奴は相当強かったのか?」
「強かったよ。確か、円卓騎士団とか言う団体に所属していたとか言っておったのぉ~」
民家へと案内されたガラハッドとベディヴィエールは、おばあちゃんお手製民族料理のカッシュを口に頬張りつつ、話を再開した。
「確か先程、その老人はお亡くなりなったと仰っていましたが、陸亀主と相討ちで?」
「あぁ~済まん勘違いさせてしまった。陸亀主を倒したのは、ジークって小僧じゃよ。だがなぁ彼も辛いことを……。なにせ両親と師匠を喪ったのでな」
「マジかよそれ!」
「意地汚いぞガラハッド」
口に頬張っていた熱々のじゃがいもを、吹き出しながらガラハッドが驚く様にベディヴィエールは忠言する。
ただガラハッドの驚きには全くの同意で、まさかあの怪物を一人の少年が討伐したとは信じがたい事実であった。
「そんなに驚くことなのかぇ魔獣退治って?」
「やべぇてもんじゃねぇぞ。しかも陸亀主とあっちゃあ、誰でも驚くって」
「そうですよおばあさん。出来ればもう少しその話を詳しく教えて戴ければありがたいのですが?」
「かまへんよ。あれは半年前、いつにも増して星が明るく見えた夜じゃった……」
ユタ村に住む老婆から語られた物語は、後の世に引き継がれるべき偉業とも呼べるもので、ブリテン最強の一角円卓騎士に連なるベディとガラハッドの鳥肌際立つには相応しすぎるものとなった。
※※※
「今日はありがとうございました」
半年前、ユタ村を襲った陸亀主の出来事について一通り聞き終えたベディヴィエールは感謝の意を述べる。
「いやなに、これでお主らの知り得たかったジークの情報は知れたであろう」
確信めいて言い放った一言に話を聞いていた二人は内心激しく動揺した。
「これくらいのもてなししか出来なくて済まなかったねぇ」
そう言いながら、カッシュが入っていた鍋を片付け始めようと手に持とうとするおばあちゃんをベディヴィエールが制止する。
「何故私たちがジークと言う少年の素性を調べに来たのだとお分かりになったのですか?」
「ジークの師匠が言っておった。もしもいずれジークが王都に発てば、きっとあやつの素性を調べに何者かがこの村に訪れるだろうとな」
「そうでしたか……」
「それであやつは元気にしておるか?」
「さぁ私は、彼を一目見ただけですのでなんとも言えませんが、同世代の子と楽しそうに話していましたよ」
「良かった。この村にはあやつと同い年の子が居らんくてなぁ寂しい思いをさせた」
まるで自分のことのように嬉しそうに喜んだ。だからだろうか、これ以上深くおばあちゃんから聞き出そうとは思わなかった。
「さっ、そろそろお暇するとしようかガラハッド」
その喜びを見たベディヴィエールは決断し、親切にしてくれたおばあちゃんに別れを告げると再びあの険しい渓谷を引き返し王都への帰路に着くべくユタ村をガラハッドと共に後にした。
「良かったのかあの村を出て……」
帰り道、ガラハッドが心配そうに後ろを振り返りながら小言を洩らす。
「あぁ問題ない。欲しかった情報も得られたし、大丈夫だろ」
「けどよぉ、結局たった一人にしか聞けてないし、それも俺らの来た目的に勘づいた人にだぞ。もう少し聞いて回っても良かったと流石の俺でも思うぞ」
「おばあさんは嘘をついてはいない。それはお前も気付いていただろ。ならそれでいいじゃないか」
「お前がそこまで言うなら、俺は文句は言わねぇよ」
ベディヴィエールが決めたことならガラハッドはこれ以上追及しようとは思わない。何より彼は、“魔力剣”と呼ぶ未知なる力を持つ少年に惚れ込んでしまっており、いずれは自分の騎士団に入れたいと早速思考を巡らせていたのだから、選考に不利益になりそうなことは敢えて口にする必要も無かった。
「ただ今回の件で二つ気になるな」
「それってあれだろ。この村に居た円卓騎士団に所属していた謎の老人、そしてジークのあの力の底がどれ程の物なのかってことだよな」
「その辺はおいおい知ればいいか。ガラハッド例のアレ渡してくれないか?」
ガラハッドは服の中に仕舞い込んでいた小型の通信魔具をベディヴィエールに手渡す。
出発直前、宮廷魔法師からいきなり渡されたその魔具は王都に滞在するランスロットのへと連絡を取れる優れた道具である。
「遅かったなベディヴィエール卿」
「ちょっと手間取ってしまいましたが、話は聞くことが出来ましたよ」
ベディヴィエールは、自分がユタ村で見聞きし体験した出来事を全てランスロットに告げた。
「それで貴公は、ジーク=アストラルのことをどう判断する?」
「当初の通り彼は合格させてください」
「分かった。ならばその方向で動く」
こうして王都にいたランスロットは、合格者名簿欄にジーク=アストラルの名前を書き加えカルラン合格者が出揃った。
時は、カルラン合格発表の直前正午を迎えようとしていた最中であった。
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