第十七話 夢の警鐘
「しかし、昨日はあのままで良かったの?」
「いいって。だってあのまま騎士団に拘束されたら今日の任命式に間に合わなかったかも知れないだろ」
俺は騎士団から隠れるようにしてメルト邸に逃げ込んだ。
勿論メルト邸にも騎士団の追求はあったが、俺の存在を隠匿してくれたお陰でこうして今日を迎えることが出来たのだ。
「任命式って、今日はカルランの合格発表。任命式じゃないわよ」
「それって何か違うのか?」
「大いに違うわ。合格発表が終わればすぐに私たちは王都を離れ、一度円卓の従騎士として相応しいか試されて漸く認めらるのが任命式なの」
「つまり?」
「いいからさっさと出るぞ」
ミハールに促され、邸宅の外に出るとメイド長のシエラが用意した馬車が既に待っており、俺とメルトそしてミハールを乗せて王都の中心へと馳せた。
ちなみにミハールは、先日同様この屋敷で朝を迎えたことは言うまでもない。
※※※
到着した王城門前にはカルランで見た大勢の参加者達で溢れかえっていた。
またその中には悲しみで涙を浮かべている者や嬉しさを噛み締めている者等千差万別といった様子で彼らは結果を既に見た者たちだろう。
そんな彼らが作る人混みを掻き分け合格者の名前が刻ませている掲示板の前へと辿り着く。
「えっと……あっ俺の名前見っけ、メルトお前はどうだ?」
「ちょっと待ってまだ探してる途中」
「あっ!あれじゃねえか右から三番目の列の七番目の名前」
「そうよあれよあれ。良かったぁ~あった」
見つけた喜びが起因したのかメルトは腰を抜かし倒れ、受かった嬉しさから涙を流す。
俺は掲示板の横に貼り出されてある一枚の紙に気付くとその紙に目を落としそこに書かれてある内容を読み上げる。
「では受かりになりましたかたは此方の門をくぐり抜け先日試合が行われた修練場へと足をお運び下さい。尚本日午後二時までに来られなかった方は辞退となりますのでご注意をだって」
聞いちゃいねぇーなこれ。
読み終えると俺は隣で倒れこんでいるメルトの肩を持ち上げてしっかりと立ち上がらせると、隣でちゃっかり喜んでいるミハールをチラリと見てアイツも合格してるのだとホッとする。
「ほらっ行くぞメルト」
「グスッ、うんジー君じゃあ修練場に行こっか」
「俺もいるぞぉー」
ミハールが一言喋るが、彼女は無視して歩いていった。
歩く先は先日模擬戦が開催された修練場。
そこへと続く通路を歩いていると、俺らと同じ目的地へと向かう顔触れは、先日の戦いの中でも見覚えのある猛者ばかりだ。
だが彼らの姿はなく……。
それに気づいたのか、ミハールとメルトの表情も次第に曇り始めた。
「心配すんなって、きっと」
「きっと何?」
修練場内に入ったが、そこにはメルトの学友は誰一人居なかった。
「そんな……」
「メルは~ん」
「ニコン!貴女がここに居るってことは?」
「ええ私たちも全員合格よ」
ニコンが背後より、メルトに飛び掛かってきてその後ろからぞろぞろと
そしてその中心に立つシャーリンが、笑顔で答えた。
「遅いわよ皆!」
「遅いのは貴女たちの方じゃない?」
「えっ何言ってんの。後から来たくせに」
「だってそうでしょ。時間ギリギリに来たんだものね三人とも」
メルトからの視線が痛い。
実は、昨日の屍人との戦いで消耗した俺は今日の正午近くに目を覚まし慌てて王城前へとクラリス伯爵家が所有する馬車を走らせ到着していた。
そんな経緯があったからこそ、到着が遅くなっていたわけだが……。
「それで皆と合流してから王城に入ろうと思って、待っていたんだけど」
「テールが人混みに酔っちゃったんです」
シャーリンが話していると、その脇からサイカが寝ているテールを担いだ状態で会話に参加する。
「それで、王城前の広間端で休んだあと今し方到着したわけ。分かったメルト?」
「成る程……?あれ、あのバカ王子もしかして落ちちゃったのかな!?」
「誰がバカ王子だ!僕は当然受かったぞ。寧ろ君の方が落ちるとばかり予想していたのだが違ったようだな」
「ちっやっぱりいやがった」
メルトへの皮肉混じりにシルバが登場する。
互いに睨み合う二人の一触即発的状況を俺はハラハラしながら見守ったが、結局のところは杞憂に終わった。
「おめでとシルバ」
「君こそ、これで夢への第一歩が叶ったようだな。おめでとう」
二人は言葉を互いに交わすと、手を組み合って健闘を称えあった。
「皆の者、静粛に」
その一声が騒いであった修練場を沈ませるには、十分すぎる効果を発揮する。
「私の名は、ランスロット=グレイ。円卓騎士に名前を連ねる者の一人だ」
その声に歓声が沸き起こった。
ランスロットの登場に、皆驚きの声を上げていたが、俺は彼の後ろに居るもう一人に目がいく。
丁度陽当たりの具合が悪く、もう一人の顔は見えなかったがその者が放つ気迫は俺の目線を釘付けにするには十分過ぎた。
アル、漸く入り口まで辿り着けたぞ。
絶対にお前に会う。
目標に近づいたことを実感したその時、陽影に隠れていた人物が一歩前に出て、ランスロットの横に立ち素顔を現す。
「はっ?どういうことだよこれ……」
目の前に映し出される光景に映り込む人物の素顔は、あの騎士と同じだった。
何度も何度も見る夢、地獄のような情景の中、槍で心臓を一突きにされるあの騎士と同じ顔。
そしてその騎士は高らかに宣言した。
「我が名は、アーサー=ペンドラゴン。ブリテンの王である」
アーサー=ペンドラゴン。
名前こそ差異はあったが、まず間違いなくあれは俺が探し求めていたアルトリア=ペンドラゴンのはず。
何故ならその姿形には、過去の面影が明瞭に色濃く残っており彼女だと判別するのは容易なことであった。
「これって冗談だよな……」
探し求めていた彼女が、夢で見、悲惨な最後を遂げるあの騎士と全くの瓜二つという事実が、衝撃的で俺は動揺を隠せなかった。
「ここに集いし君らは、カルランにおいてその真価を発揮した選ばれし者。これから君らには修練を与え、本当にこの国を護るに相応しい円卓従騎士かどうか試させてもらう。君らに円卓の加護があらんことを」
そのあとアーサー王は、退きランスロットがこれからの日程について説明を行い始めるが、彼の話を聞けるだけの余裕が無かった。
※※※
「何か変だったわよ彼」
「シャーリンもそう思うってことは、私の勘違いって線は無さそうね」
ランスロットが出た辺りから、可笑しな態度を取っているジークを心配していたメルトであったが、尋ねても虚ろな返事が返ってくるだけで真面に答えてくれず困り果てていた。
「心配すんなって二人とも。男には隠し事の一つや二つあるもんだって。それによぉ話したくなったら話すだろそれまで聞くのは野暮ってもんだぜ」
「ミハールの言う通り。ジークが話したくなればその時聞けば良いだろ」
「分かったよ。じゃあそれでいいわ」
ミハールとシルバの言葉により、取り敢えずはジークに追及することは無しとの決断をメルトは下した。
ただ絶望に打ち拉がれ、悲壮な顔をしていたあの表情を彼女もまた似たような体験を味わっているから知っている。
運命に裏切られた悲しみを……。
それを乗り越えるため、彼女は従騎士を目指すに至ったわけだが、それは今は別の話。
兎も角、だからこそメルトは会ったばかりの彼を心配せずには居られなかったのだ。
※※※
「何がどうなってんだよ」
今日、考えを纏める為にも皆とは別れて宿屋マザーグースに取っている自分の部屋に戻ってきていた。
時刻はまだ夕方前、宿屋が面する表通りでは人々が行き交う騒音が室内に入ってくるというのに、異様に静かな気がしてならない。
もしもあの夢が現実だとしたら……
憶測の域を出ない妄想が、浮かんでは消えまた浮かんではと繰り返し脳内で展開され、最悪の未来を想像してしまう自分がいた。
夢で起きたことが現実になることは、俺自身が証明してしまっている。
魔力剣を生み出したことも。
屍人を人間に戻すアイデアを思い付いたのもその全てが夢の記憶が頼りとなった。
大抵の夢を、俺は一人称視点で体験してきたわけだが、そこで得た知識を昇華し力として身につけてきたのである。
ならばこそ、夢はこの先の未来を暗示しているのではないかと疑うのは当然の帰結とさえ呼べるものではないだろうか。
「もしもそうだったら」
決して言葉と紡ぐ訳にはいかず……。
もし言ノ葉に乗せれば最後、妄執は実現してしまいそうだったから。
だとすれば俺は何を選ぶべきか。
その問いに対する答えは今の俺には到底物申すことが出来ず空を見上げることしか叶わなかった。
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