第十六話 屍人退治

「よしっ、これならいける」


 誰かは分からないが、騎士団を纏めて退かせて俺が全力を出せる舞台を整えてくれた。

 号令を出してくれたあの人とお願いした彼には感謝しかない。

 

 でも今は雑念。

 眼前の敵を相手に油断大敵。

 集中だ。俺。


 真っ先に俺は内にある魔力を全開で放出すると、屍人はそれに釣られるようにして攻撃対象を俺へと一直線に向け突っ走ってくる。

 だが個人差があるのか多少なりバラけた動きをみせ、予想通りに動いてくれることに一抹の不安を抱きつつも今はやるべき事をやるだけ。

 構えた剣を直線に放り投げ、跳躍する。


 先ずはっ一体目!


 迫ってくる屍人の最後方に位置する地点に、剣が通り過ぎるタイミングバッチリに着地すると剣をしっかりと掴みそのまま屍人の片足に斬り込みを入れ足止めに成功した。

 その勢いのまま、一体目の屍人を人間に戻した時と同じ要領で身体を侵蝕していた黒い瘴気を排出させ、身体に生気を灯られる。

 

 これで、残り半分。

 なんだこれなら余裕そうだな


 正直ちょ〜順調すぎて油断が生まれたのだとしたら当然ここだろうとあとで反省する出来事が次の瞬間起こる。

 後ろへの移動に気づいた屍人が、騎士団との戦いの中で瓦解し、でこぼこしている地面に転げ回っている岩石を拾い上げ無数に投げてきたのだ。

 背後にはクラリス伯爵家が構え、避ければおそらく家の中に取り残されているであろう者たちへの怪我の原因になるかもしれないと思うと避けるという選択肢は皆無。


 護るべき対象を見誤るな。


 俺の心に戒めの言葉を刻めば。


「『火炎多球』」


 手のひらに綺麗に収まるサイズの大きさの炎の球を無数に生み出し、それらを押し寄せる岩石にぶつけて相殺する。

 一体の屍人が、その運動に集中し俺はその対処にあたれば、もう一体が接近してくる。

 そこは連携取れるんだな……。


「ジーク様、お逃げください」


 振り向けば俺が背中で守るクラリス伯爵家の邸宅。

 その屋敷からメイド長が、傷だらけになりながらも怪我を押して現れた。


「安心してください。俺強いですから」


 メイド長に心配をかけさせまいと俺は笑顔で返事をし、向かい様に気を引き締める。


「負担がかかるから、やりたくなかったが『身体強化120%』!」


 身体強化の魔法強化レベルを上げて再度、自分の身体に施す。

 三倍の強化により、動体視力も跳ね上がり屍人の動きを細部まで目で追えるようになったおかげで踵落としを脳天にぶちかましてやった。

 無論、その動作は炎魔法と並列して展開した。

 炎の魔法を維持したことで、クラリス伯爵家への被害はほぼ無し多少『火炎多球』で消し炭に出来なかった破片程度が門に衝突するぐらいに留まった。


 これで三体、残りはアイツだけだな

 

「「「重力陥没グラヴィティ・フォール」」」


 数人の声による魔法詠唱が頭上から響く。

 目をやると、魔法騎士団が上空を飛んでおり今のは彼らによるものなのは明白。


「済まないブリジスタ。救援が遅れてしまった」

「よく来てくれたヒュームレイ」

「なぁ~に、これが仕事だ。それよりもこの有り様大分苦労したようだな」


 空から降りてきた騎士は青いローブをはためかせ、キザったらしく着地し怪我をしていたおそらくこの騎士団のリーダー格とおぼしき男にすり寄りってきた。


「しかし現状を分析する限り屍人一体だけでここまでのことを起こすとは、今回の個体は出現理由も謎だが力も相当なもののようだな」

「だよな、これを見れば一体だけだと思うよな普通は」

「団長っ!あの少年がいません」


 ブリジスタの部下が必死の形相で駆けつけ、その行動は動きを封じた屍人が封印を解いたのかと焦るが様子が少し違う。

 それどころか目を疑う出来事が屍人が居た場所で起きていた。

 重力魔法を行使していた魔法騎士団が全員腰を抜かし倒れており、重力魔法で押し潰された周囲の地面の中心には怪我を負っている少年がうずくまっているだけだ。

 目を凝らしても変わらない。


「どうして子供が?」

「さっきの少年を探せ!」

「は、はいっ」


 頭の処理が追い付かない魔法第二騎士団団長ヒュームレイは混乱を極め、そこに漸くブリジスタが助け船を出した。

 事の経緯を簡単に要約し伝えた時にヒュームレイが浮かべた驚きの顔は、凄まじかったとだけ覚えておこうとそっと胸に刻むブリジスタである。

 その後件の少年を捜し出し剣術・魔法両騎士団が屍人化を解いた術を聞き出そうと辺り一帯をくまなく調べるも、その痕跡は一切なく途方に終わるのであった。


※※※


「これは驚いた。まさか屍人を人間に戻すとは」


 遠視の魔法を用いて一部始終を離れた位置から覗き込んでいた人物が王城の中、宮廷魔法師の部屋で男が高笑いを上げていた。

 

「あの系統は、魔法の類ではない。おそらくはルーン魔術の系統、しかしルーンをケルトの民以外に継承するとはあのが許すとは到底理解出来ない。やはり興味深い存在だジーク=アストラル」

「マーリン、入るぞ」


 旅の衣装に着替えていたガラハッドとベディヴィエールが部屋へとやって来た。

 折角の興味対象を観察するチャンスを断絶した二人を恨む眼で覗けば、一息溜息を吐き彼らの衣装に注目すれば、この部屋を訪れた目的も当然理解する。

 

「準備は完了したみたいだね」

「しかしマーリン殿がお手伝いしてくれるとは、正直驚きです」

「人嫌いの男が、王からの頼みでもないのに俺らに協力とは天地がひっくり返ってもあり得ないと思っていたが本当に手助けしてくれるんだな」

「そこまで言われるとは心外だなぁ。ほらっ陣に乗った乗った」


 マーリンは部屋に予め用意していた魔法陣の上に二人を誘導する。


「あっ付け加えるけど、転送先に馬を準備してあるから帰りはそれでね」

「分かったよマーリン。やってくれ」

「了解したよ」


 転送が完了すれば部屋は再び静寂に包まれ、マーリンが取り残された。

 そして彼は考える。重大な問題の解決方法について。そも例の少年が何者なのかより余程こちらの方が対応すべき事柄。

 

「僕の結界に干渉することなく、屍人を発生させたというのだろうか……」


※※※


「キャキャ、ツマンナイの。折角これから面白くなりそうだったのにさ何だよあの子供」


 無邪気な顔で、残念がる少年は路地裏へと入ると手頃な形の石を蹴り上げ歩みを止めない。


「でもこれ、本当に便利だね」


 純黒の宝玉をご満悦といった具合で、嗤い楽しみながら掌で転がす。


「満足してくれたのならば私には本望です」

「うん気に入った。約束通り、今度皇帝に紹介してあげるよ。まっ僕からすれば仮初めの皇帝だけどねニッシッシッ」

「しかし子供とは。円卓騎士が屍人への対処をなさったのでは?」


 二人組の計画では屍人に対し、王都に在住する通常騎士団では対処出来ず円卓騎士が出張ると予想していた。

 そこで今の円卓騎士の実力が垣間見れれば良いとの認識だけ共有していたのだ。

 つまり見聞その為だけに王都を混乱させようと企てた。


「ううん違う。君は陽動で居なかったから知らないだろうけど僕の屍人を倒したのはなんか青臭そうな餓鬼だったんだ」

「餓鬼ですか……」

「これがあれば、きっと面白いことが出来る。はぁ~今からワクワクするよ」

「そろそろ“プリエラ”様行きましょう。“ルウシィ”様との集合時間を迎えます」

「だね、バイバイキャメロット」


 黒いローブを纏った二人組が、長身の方が出現させた黒い穴へと飛び込んで姿を眩ませた。

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