第十五話 騎士団団員カミネ・ノートの記録
その日、王都の治安を守る剣術第二騎士団が構える駐屯所に衝撃的な一報が入った。
「緊急!王都にて屍人が出現。場所は貴族街、クラリス伯爵家」
王都にはアーサー王が居る。
それだけで途轍もない抑止力が働き、事件などはごく些細なものに止まり団員たちも多少とはいえ弛んでいたのは事実であった。
なので巷では、剣術第二騎士団をただの税金泥棒とさえ呼ぶ声も高い。しかし言い換えればとても平和な都だと呼ぶことも出来る。
そして今日も何も問題は起こらず平和な一時が過ぎるはずで一日が終わるものと誰もが確信していた。
伝達役の新人団員が、慌てた様子で騎士団の殆どが待機している大広間へと駆け込んできた。血相を変えてだ。
そんなぬるま湯に浸かっていたからこそ、大広間で万が一に備え待機していた彼らは冗談半分に捉えていた。
「ブハッ、冗談は止せってカミネ」
「そうだぞ屍人が王都に出没するはずがない。誰かの見間違えか誤情報だろう」
「自分も最初はそう思いましたが、しかし先輩方、クラリス伯爵家からの正式な連絡でして伯爵家がその様な嘘をつくとは」
「そうだぞブッシュ、ノエビア。それに正式なものなどではなくとも我々第二剣術騎士団は王都の不安を取り除くのが仕事だ」
新人団員カミネの後ろに、身長百八十センチはあり
「ブリジスタ団長……」
「その通り団長の言葉は正しいノエビア、貴様は少し弛み過ぎだ騎士団の誇りを忘れるな。ほらっ皆急いで用意しろ」
副団長のスリシアスが、ノエビアに説教をし立ち止まっていた残りに出発を促せた。
「カミネ団員」
「はいなんでしょうかスリシアス副団長」
「万が一に備え魔法騎士団にも、応援を派遣しろ」
「魔法騎士団にもですか?」
王都の東側を守るのが剣術第二騎士団なのに対して王都の西側を守るのは魔法第二騎士団。
二つの騎士団はすこぶる仲が悪く、連携なども普段からしたことなど一切ない。
「あぁ」
「スリ、お前の予感が当たったな」
「最悪な予感だよ全く……」
「まさかお二人はこうなることが分かっておいでだってので?」
カミネがそう思うのも至極当然のこと。
彼が屍人が出現したのを報告したときには、団長は支度を済ませていた。
それが何よりも彼の考えを肯定する後押しとなる。
「嫌な気配がここ最近感じることが度々、パトロール中にあったんでな。用心はしていたんだが、まさか屍人とは」
「カミネ、気を抜くな。気を抜けば死ぬぞ」
団長と副団長の言葉は、実践経験も乏しい新人団員であったカミネに重くのしかかる。
「はいっ!」
だがそこは騎士団に入った手前覚悟していたことだ。
カミネも出動の為、戦闘服に着替え街を守ろうと意気込み他の騎士団のメンバーと共に駐屯所を出ていった。
※※※
「ノエビア、お前は退け。足手まといだ」
「団長俺はまだやれます」
現状剣術第二騎士団はピンチだ。
この区画に一般人を入れないために、道の封鎖に半分を割き突破された時のことを考え三割を後方に控えさせ、残りの二割団長と副団長を筆頭に騎士団の強者が始めに屍人と接敵した。
しかし屍人の怪力は侮り難く、奴等の拳は地面を引き裂くほどの力を有していて精鋭たちも半分が動けなくなっていた。
「その傷では駄目だ。カミネ、ノエビアを頼んだ」
「分かりました」
後方に控えていた戦力を投入しても状況は好転せず、遂には街道の封鎖に回していた新人団員までもが支援に駆り出され始めていた。
「はぁーーーーーー」
団長の大剣が屍人を斬るのではなく、刃の平面で叩き潰す。
がその打撃すらも跳ね返され、団長は伯爵家の壁にめり込む。
「魔法騎士団は?」
副団長が後方に尋ねたが返答がない。
カミネはちゃんと指示された通り通信用魔具を使って応援を呼んだそれなのにいくら待っても来る気配がなかった。
これは後から分かったことではあるが、魔法騎士団はこの日王都郊外に現れた魔物の群れの討伐に出ていた為に身動きが取れなかったそうだ。
このままでは騎士団の壁は突破され市民に 被害を与えてしまうとカミネの頭に最悪のシナリオが浮かんだその時、こちらに駆けてくる足音が聞こえてくる。
「あっ僕の剣」
少年の登場に場が乱れ騎士団は屍人の猛攻を受け蜘蛛の糸一本程度で保っていた均衡があっさりと崩れてしまう。
襲われる先輩騎士に足が竦んでしまい、その場に身体が固まってしまっていると少年がカミネの武器を奪い突撃していく。
「凄いでも彼は何をしようと?」
カミネは少年の動きに感嘆の声を上げた。
一瞬で団長さえもが苦戦を強いられた屍人の一体を制圧してしまったのだ。
みるみる内に屍人の身体から外へと黒い瘴気が排出され、そのもやもやが少年の手先へと集約し黒い玉へと化す。
「よしっまずは一体。いける!」
屍人化した人間は元には戻らない。
それが鉄則であり絶対、常識だと言うのに目の前の彼は不可能とされた屍人化した人間を正常な姿へと戻してみせた。
それに気づいているのは自分しかいないのだと周りを見渡せばすぐに気づいた。
「僕の名前はカミネ、何をすればいい少年」
強張り竦んだ足が勝手に進み、自分が気づいた時には少年のもとへとカミネは足を運ばせていた。
「助かります。ならカミネさんはこの人を頼みますそれと周りの騎士さんに下がるようにお願いを」
「分かった」
少年の目は曇りのない真っ直ぐな瞳をしており、この危機的状況をものともせずといった顔つきをしていた。
彼ならきっと……。
カミネは言葉に従い行動すれば解決すると断言出来るが、それでもどうすればこの状況の中で他の騎士に下がるように言えるだろうか。
新人の自分の話に耳を貸してくれるはずがないのにと悩んでしまう。
「カミネ、彼なんて言っていた?」
「団長平気なんですか!」
纏った鎧が攻撃で負った傷口から溢れ出た赤い血で染まって足元が覚束ないなか、団長がよろめきながらも立っていた。
「俺のことは気にせんでいい。それよりも我々はどうすれば、彼の役に立てる?」
カミネは少年から託された頼みを団長に説明すると、団長は小さく頷く。
「すぅ~~~~、剣術第二騎士団の全団員退けぇーーーーーーーーー」
息を名一杯吸い込み、大声で叫ぶ。
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