第十四話 屍人と狭間の記憶


「あっミハールこれ何の騒ぎ?」

「メルトか、それが俺にも分からないんだ。用事を済ませてお前の家に行こうとしたらこの有り様だ」


 メルトの邸宅へと続く道路を、騎士団が封鎖していてその場は見物客でごった返していた。

 状況を把握しきれずにいると、近くにミハールも居たのでメルトが状況を尋ねるも欲しい答えは返ってこなかった。


「メルト令嬢ですね」

「はい」


 封鎖を任されていた騎士団の一人がこちらと偶々目が合うと、何故だか人を掻き分け俺らの方に近づいてきた。

 そしてメルトに声をかけた。


「良かったご無事でしたか」

「無事って何かあったんですか?」


 朝から出かけ今に至るまで、この近くに立ち寄ってすらいないメルトにとっては自分が何故心配されたのか心当たりが思い付かなかった。

 それがメルトの不安を掻き立てた。

 メルトの問いに騎士団の男は、口を噤んでしまう。

 その時怪我をした騎士団の人が、封鎖された柵の向こう側から仲間の肩を貸してもらいながら運ばれてくる。

 その異様な空気は、物珍しさに駆けつけた見物客を身震いさせた。


「実はメルト令嬢の邸宅を、暴漢が襲撃中。未だ鎮圧には至っていません」

「おいおい騎士団が居ながら、どうな暴漢だって言うんだ」


 情けない報告に横にいたミハールが口出しをするが、事情を説明してくれた騎士団の男は言葉を返せないといった表情だ。

 

「取り敢えず、私の家の者は?」


 男は首を横に振った。

 その振る舞いにメルトはあからさまに落ち込んでいる様子であった。


「すみません暴漢への対処で手一杯で、邸宅の中の様子はなんとも……」

「何、情けない顔してんだメルト。顔を上げろ」

「ジー君……」

「任せろ俺が助ける」

「君何を言っているのだ。ここは我々に任せなさい!」


 俺は騎士団の制止を振り切り、柵を軽々と飛び越え石造りの街道をひた走る。

 周りの目など気にしない。

 

「いたっ、アイツら。てっおいおいどう見たってありゃ~屍人グールだよな」


 騎士団と交戦している暴漢は全部で四人。

 暴漢と騎士団が言っていたから、てっきり彼らが手を焼く強者の類いだとばかりの認識しか持たずに走ってきたわけだが、それは違った。

 人だった頃の面影こそあれど目の前にいるのは、明らかに屍人と呼ばれ人から怖れられる存在で、化け物だ。

 そして何故人間が屍人になるのか、その原因は未だに掴めておらず恐怖を倍増されることに一役買い、屍人は恐れられている。

 だから市民を怯えさせないため騎士団は屍人ではなく、暴漢と呼んだのだろう。


「しかもあの服は……」


 屍人は独自の体型に変化しているが、彼らが着ている服は今朝俺とメルトに突っかかってきたラルトの取り巻きと瓜二つであったことから勘違いであって欲しいと願った。


「グァァァーーーーーー」


 “助けて欲しい”

 俺にはただの雄叫びがそう聞こえた。

 それが俺に確信させる。


「誰だ君は!」


 騎士団は屍人たちと一定の距離を保っており、その場に忽然と俺が現れたのだからその反応も無理はない。

 張り詰めた緊迫感だったが、俺の登場は騎士団に悪い影響を与えた。

 というのも彼らが俺に目を奪われ、その隙を突く形で屍人が一気に自分らの敵である騎士団の面子にそれぞれ襲いかかった。


「そこの人借ります」


 すぐに行動に移す。

 身体強化の魔法を全身にかけると、地面を一歩一歩蹴り上げる度、加速度的にスピードを速めていく。

 その動作の中で一番手前にいた男が持っていた剣を強奪したのである。

 そして屍人に噛まれそうな騎士の一人を守るために、襲いかかっていた屍人の両腕を切断し脱出を試みたが、そう簡単にはいかなかった。


「油断するなっ!」


 俺に抱えられていた騎士が叫ぶ。

 斬られた両腕が瞬時に再生し、抱えていた騎士の足首を掴もうと伸ばしていたので、近くにいた別の騎士に抱えていた彼を放り投げる。

 屍人の手は見事に空を切り標的を俺へと定め直すが、俺は持っていた借り物の剣を捨てると身体全体を使って屍人を地面に押し付けた。


「これならどうだ?」


 そして他の屍人が押し寄せるよりも速く、指先を動きを封じた屍人の胸の位置にやると魔力の流れを探る。


※※※


「ババァ、俺はなんて使わねぇで充分だ。この槍さえあればな」


 キメ顔で槍を高く上げ男は宣言しながら、しつこく追ってくる小人から逃げ回っている姿は見ていて滑稽に思えてきた。

 そんな俺の視点は、逃げ回る男の傍に生えていた大木の枝に居座る年上のお姉さんぐらいの雰囲気がある女性の丁度中間だ。


「戯け魔魂マギも創れぬの男は半端者と決まっておる」

「魔魂なんかなくても俺は戦える」


 お互い譲らないといった具合で、拉致が明かない。

 小人も追い疲れたようで肩で呼吸をしながら、俺の横でゼーゼーと声を荒らげていた。


「なぁポポ」

「なんですかジーク殿?」

「ルーン魔術と魔術結晶ってどう関係するんだ。ケルトの魔術って俺らが違う魔法と何か違うのか」

「それは当然違いますよ」


 プンプン可愛らしい怒り方を小人は魅せた。

 

「先ずですねぇ…………あっ!」

「ちっ残念」


 何かに気づいたのか口を押さえてしまう。

 その行動にケルトの秘密の一端に触れられると思った俺は悔しがって小さく舌打ちをする。


「仕方ない、ジークこっちへ来い」

「おいおいコイツを呼んで何をおっ始めようってんだい」


 俺を呼ぶ声が、枝の上つまり頭上から発せられ招かれた。


「魔術について貴様にもレクチャーしてやろうと思うてな」

「いいんですか!」


 願ってもないことだ。

 心の底から嬉しさで溢れてくる。


「ケルトの秘技を外部へ流すなんてどうかしているぞ!」

「構うことはない。これも我が弟子の不徳の至りなのであるからな」

「わ~かったよ、学べばいいんだろ学べば」


 結局逃げ回っていた男が折れる形で、喧嘩は収まったが俺は魔術を学べる機会を失ってしまい残念…残念…。

 代わりに聞き耳を立て、秘技を独自解釈を加えた上で見よう見まねで魔術を覚えることしか出来なかった。


※※※


 時々夢に出てくる光景が目の前で暴れのたうち回る屍人を、倒すヒントを与えてくれた。一度だけしか見ていない。それでも。


 魔術結晶を生成する要領で、体内から不純物を取り除ければ助けられるかもしれない。


 一縷の望みに懸けるしか、屍人を元に戻す手立ては恐らくない。

 希望を抱き、屍人の体内に流れる魔力の流れを探ると殆どが淀んだ魔力が駆け巡っており足の指先まで全身が汚染されていた。

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