第十三話 ケイとジーク

 大墓場の前までメルトに案内してもらい、一人で墓場の中へと入る。

 数多くある墓石があるなか目的の墓石はすぐに見つけることが出来た。

 それもそのはず。

 師匠の奥さんの名前が刻まれた墓石がある場所を師匠は晩年まで何度も口に出していたからである。


「これが師匠の奥さんの墓だよな」


 その墓石には刻まれていた。

「円卓騎士エクター=シュトロハイムの妻エメラ=シュトロハイムここに眠る」


「父は元気か


 懐かしき声が聞こえる。

 何年も会っていないと言うのにその声を聞いただけで、少年時代兄のように慕ったあの感情が蘇ってきた。


「久しぶりですねケイ。師匠は……あなたのお父さんは少し前に亡くなりました」


 服装こそあの頃、小さな村で暮らしてきた村人の着る服とは全く違っていたが確かにそこにいたのは師匠の息子にして共に剣の腕を磨いてきたケイ=シュトロハイムだった。


「そうか亡くなったか……」


 アルと一緒にユタ村を離れてから一度として会うことの無かった人物がそこにいた。

 なので彼は父親が死んだことを今知ることとなり、俺の前で少しだけ顔を歪める。


「はい。師匠は命尽きる最期まで二人のことを思い続けていましたよ」

のこともか……?」


 不安げに聞いてくる求めに対して俺は頷き答える。

 それもそのはず、何故だか理由は分からないがケイとアルが村を離れる前日師匠とケイの間で何か揉めていたからだ。

 

「そうか。その言葉だけでも嬉しいよ」

「でもどうしてこの場所に?」


 師匠が亡くなったことをケイに伝えることは、いずれにせよ目標の一つとしていた。

 だがこれほど早く再会出来るとは万が一にも予測していないことであり、また今日の出会いが偶然とはどうしても思えない。

 ケイの瞳を視れば分かること。


「少しばかりズルをしたから、今日この時間ジークがここにいることを知っていた。だからこそ俺は現れた。ちなみにアルはこのこと知らないぞ、俺の独断だ」


 最後の妙に含んだ言い方は俺にある考えを過らせるには十分な要因であった。


「このことはって、もしかして俺が王都に滞在しているのをアルは知っているのか?」

「おそらく知っているはすだ。ユタ村出身のジーク=アストラルという少年がカルランに参加しているという事実を、試験官を務めたベディヴィエール卿から一緒に聞かされたんでね」

「あぁ~驚かせてやろうと思ってたのにな」

「相変わらずだなジーク。全く変わってないよお前は」

「それは誉め言葉として受け取っておくよ」

「生意気言いやがって」


 懐かしの再会だというのに、すぐに昔の頃のような温かさを感じる。

 ケイの次の言葉は、師匠の稽古の中で育まれた兄弟子と弟弟子の関係が戻ってきたように思えた俺に、錯覚だったと突きつけられることとなった。


「何が目的だ」


 冷淡な声に加え、鋭い眼光から押し寄せる、俺自身体験したことがない圧力。

 ユタ村に住んでいた頃の兄弟子とは違う。

 そこに佇むの象徴とも呼べる覇気が全身の毛を逆立たせる。


「アルともう一度話をしたい」

「俺が知りたいのはその先だ。アルと話をしてお前はどうしたいんだ?」


 アルと別れたのも、突然のことでちゃんと話が出来ていない。

 一方的な別れを告げられただけに過ぎず、あの言葉が彼女の真意だったのかすら計り知れなかった。

 だからもう一度会いたい。

 それが俺の望みである。


「彼女を連れ戻したいか?」

「それは……」


 もし王に就いたことが彼女にとって不幸な運命だというのなら、嫌がったとしても無理矢理連れて村に帰したいとさえ考えていた。

 それがたとえこの国全ての者からの敵意を向けられたとしても。

 覚悟は村を出るときからしていた。


「無理に言わなくてもいい。その目をみれば分かる」

「過酷な道なのは充分理解しているつもりだ」

「ならばアルがいる場所まで上ってこい。それでしか彼女には会えない」

「分かっているそのつもりでカルランに参加した」


 それだけを告げ俺は前を向き歩み始めた。


「ならばその道を進め」

「勿論そのつもりだ。すぐに追い付いてみせるから待ってろケイ」


 激励が俺の背中を押す。


 なんだよケイ、それが励ましかよ


 雰囲気が異なり、円卓の騎士としての彼は昔と変わってしまったのかとさえ思えてしまったが彼の内は変わっていないのだと気づかされる。

 俺は二度と振り向くことなく、歩みを止め

ず大墓場を後にした。

 入り口の前では変わらぬ姿でメルトは、俺が戻ってくるのを待ってくれていた。


「何か嬉しいことでもあった?」

「かもな」


 指摘されるまで気づかなかったが、口元に手を当てると笑っていた。


※※※


「可笑しな話だね。アーサー王の秘密を知る者を王都から排除するために僕に力を貸して欲しいと頼んできたのは君のはずだったのにね」


 ケイとジークの会話を、幻影魔法を使い密かに聞いていた人物が術を解除しケイの前に姿を見せた。


「マーリンやはり見ていたのだな」

「まぁ~ね。それよりも彼なんだい?」


 マーリンの心は、先程までここでケイが対峙していた少年に奪われていた。


「だから頼む時に説明したと思うが、俺とアルが育った村に暮らしていた少年だって」

「本当にそれだけかい?」


 その問いがどのような意図を持ってのものなのかケイには推し量りかねる。

 なにせ少年の魔力がだと、近くで見ただけで判断出来るのは恐らく彼ぐらいであろう。


「あぁ間違いない。ただの村人それが彼の印象だったが?」

「確か君とアーサー王が暮らしていたのは王都から北の方角だったよね」

「その通り、北の国境近くにあるユタ村って田舎村だ」

「これはたんなる偶然だと言えるのかい?」

「おいおいマーリン、俺にも分かるように説明してくれ」

「いや憶測の内に話すのはどうにも気が乗らない。そういうわけでまたね」


 再びマーリンは幻影魔法を発動し姿を眩ませてしまい、ケイは途方に暮れてしまった。


「一体これはどういうことなんだろうね」


 マーリンが人知れずポツリと洩らした。

 十六年前暴王から逃げている最中に北の大地の方角に感知した、異質だが暖かい不思議な魔力。

 その魔力と少年の魔力が同質のように思えてならず、マーリンの知識欲を加速度的に駆り立てたからであり、人に興味を持たない彼が、ジークという少年を知りたいという欲求が生まれた瞬間だった。

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