第二十一話 歓迎、ガハラ砦
「またこれかいな。はぁぁぁ~パサパサし過ぎやねんこれ。もっと美味しい物が食いたいわ」
「分かります。私も流石にこれは……」
「だな。これが兵糧として採用されているなんて、もっとマシな物が俺もいいぜ」
ニコンが大きく溜め息を吐きながら手にする料理を眺めながらパサついたサンドイッチのようななにか……食べ物に毒づき、それにサイカとミハールが激しく同意していた。
そんなやりとりが今日も繰り返される。
それほどまでに不味い。
「私のお店が兵糧を作って卸したら、いくらの収益に……。いやその前に何日も蓄えられる兵糧の開発にどれだけ投資すれば、採算はとれるかしら」
両手でしっかり握られた料理を目の前にシャーリンは、意識がここにないのだけは確かなようだな。
「うん、旨い」
「「「はぁ?」」」
俺は一噛り、自分が持っていた料理を口に頬張り、胃袋へと押し込めると同時に料理の感想を述べたわけだが。
その言葉に全員が、「嘘だろっ!」って反応で一斉に見てきた。
「てっ、ジー君何よそれ!」
メルトの言葉を他所に俺は熱々のスープを啜っていると、周りは慌てふためく。
「これか。宿を出る前に作って貰っていたのを拝借してきた料理だが」
「でも二日前の料理が、出来立てホヤホヤの美味しそうな見た目をしているの?それにどこに隠し持っていたのよ」
「ここだが」
空間収納魔法を発動し、突然現れた穴からカルランの時にはラファに預けた自分の愛刀を出して見せた。
紅く塗られた刀身に、黒い握り手。
とある魔獣を討伐した折入手した魔石を加工し、技法魔力剣にも耐えうるだけの力を持つその剣を、初めて彼らの目に触れさせた。
剣に注目がいくものだと思っていたが、その考えは間違っていた。
「どうして空間収納魔法を使えるのよ!」
「どうしてってそりゃ~魔法書を読んだから?」
師匠の家に置かれていた魔法書を読み、特訓をして身に付けたこの魔法のどこに驚くべき要素があるのか全然検討もつかず、ただ不思議な気持ちで皆が驚く様を眺めるしかなかった。
「魔法書を読んだだけだと…………。僕でもまだ習得出来てない魔法だというのに、この規格外!」
「おいおいシルバどうしたんだよ。そんなに怒って」
「シルバが慌てるのも無理はないわ。よく聞きなさい、空間収納魔法は最上位魔法に分類されていて会得するのも難しく、使えるのもごく限られた魔法師だけなの」
「マジ?」
いつの間にか、我に返り話を聞いていたシャーリンが放心状態のシルバの代わりに、説明してくれ更には俺の問いに頷き答えてくれた。
魔法学院で第二席だった彼女の言う通りなら、シルバに羨ましがられるのも無理はなくしかも魔力剣だけでも周囲を驚かせたのにそれに加え、習得困難な空間収納魔法まで使えるとなると規格外と指摘されるのもごもっともである。
「でも意外と簡単に覚えれるしなんならメルトも出来ると思うから教えてやるよ」
「ジー君、その魔法って私も使えるの!」
「なわけあるか。メルトも騙されるな」
「分かった。シルバお前以外にはこの魔法教えてやる、お前にはぜっったいに教えてやるもんか」
「……………………教えて下さい」
「えっ何だって?」
小言ではあったがハッキリと俺の耳に聞こえたシルバの請いを敢えて、聞き逃しもう一度言わせようとした。
俺の発言の意図を察したシルバではあったが、空間収納魔法を習得したい欲求が勝り恥ずかしくももう一度願った。
「くっ僕にもその魔法を教えて下さい」
「分かったよ」
「なら先ずはこれだな」
円を描いた紋様が刻まれた一枚の木の板を、人数分配るが、ミハールだけは拒絶し自分は覚える気が無いと言われて渋々一枚だけ自分の手元に戻す。
「木に魔力を通すって魔力が少ないウチらにはいきなり大変な難問やね……」
魔法を今まで勉強してきた魔法学院の生徒ならまだしも、剣を学び魔法の才能がない者が集う剣術学院の生徒には馴染みがなく戸惑うのも頷けるがここはクリアして貰わないとならない。
なにせここが肝心なのだから。
「そう言うなって。ここを越えればあとは簡単だ。それにこの木はサハラって言う魔力を通しやすい材質なんだぜ」
暫く経過観察していると、全員が円に魔力を流し円環の理を生み出すことに成功した。
円を形成出来たのなら次のステップだ。
今度は円を何もない大気中に作る。
突拍子もない話だったが、全員マジメに取り組んでくれる。
全員が成功していく中で、ニコンだけが遅れを取り円環を大気中に生成できないでいた。
「アカン!出来ん」
「落ち着けニコン。さっきの木でやった時と同じ要領でゆっくりとゆっくりとだ」
俺が補助をしてニコンを手伝い、漸く彼女にも円環が作れた。
出来た喜びではしゃぐ彼女。
そこまで出来たらゴールまであと少し。
完成した円環はその場に固定され浮遊している。
「その輪の中心に魔力を流し込め。但し一点に集中させるんじゃなく、広がるようにだぞ」
振り絞る魔力で円環の中央に渦が立ち込み、それが徐々に拡大し暗紫の穴が円環一杯に埋め着くす。
これで俺流空間収納魔法の習得終了。
ニコンは感激よりも先に行動する。
完成した穴の中に何の躊躇も示すことなく、右腕を突っ込み自分が発動した魔法を自らの手で、肌で感じている。
「え、え、底浅い……」
喜んで手を中に入れたニコンだが、イマイチな態度が顕著に現れた。
まぁ予想していた通りの行動をとったことを当然と思いつつ。
「やっぱりかぁ。そこが俺流の欠点なんだよ。だから我慢してくれ」
「ジークさん、我慢ってどういう意味ですか?」
「テールさんみたいに魔力が豊富な人間なら申し分ないだろうが、元々魔力保有量が少ない人間。例えばニコンやメルトみたいな人達のことを指すけど、この魔法は発動者の魔力保有量に応じた空間が中に生まれる。だから魔力が少なければ少ないほど、小さいってことだ」
「そんなぁ~アホな」
「成る程、デメリットもありつつ空間収納魔法として成立している。だから俺流と呼んだわけか。僕の知る空間収納魔法とは少し異なる」
結局残念がりつつも特別な魔法を使えるようになったことへの喜びが上回ってニコンはもう文句を言うことはなかった。
俺が教えた皆も共通で、これにて魔法高座はお開きとなり、食事を済ませた面々は各々のタイミングでテントの中へと眠りに行き、テールも日課の談話を楽しむために皆から離れる。
だが俺は違った。
眠気もそこまで沸き上がらなかった俺は、火の後始末をしようとしていたサイカの次の行動を阻止した。
「まだ眠くないなら付き合ってくれないか?」
「付き合うって何にですか?」
「ほら、さっきのアーサー王の話。その続きを教えてくれよ。気になってこのままじゃあ眠れなさそうなんだ」
「じゃあ私は寝るねジー君」
「メルはんが寝るならウチもやね」
「と言うわけだ僕もお暇させていただくよ」
残っていたニコン、メルト、シルバの三人は突然思い立ったかのように席を立ち自分のテントに逃げ込もうとする。
そんなシルバの腕を俺は掴む。
「どうしたんだそんなに慌てたりして?」
「後悔してももう遅いぞ。サイカにこの話題を振ったことは愚手だったと身を持って味わうことだな」
なにやら不吉な言葉を並べると足早に消え去った。
えっ、どういうことだそれ?
その答えを自らの身体で体験し、思い知ることになるのは翌日の朝のことであった。
「それでどこまで話しましたっけ?」
「アーサー王が『カリバーン』を抜いたってところまでだ」
「そうだった。アーサー王は選定の剣を抜いたあと自身が正当な後継者であることを示し、ヴォーディガンが持つ神具『ファブニール』に対抗できる神具『エクスカリバー』を携え反撃に転じたの。それからは各地に散らばった反乱軍も集結し、王都奪還、そしてついに暴王を倒したのです。そこまでに至る経緯も複雑でねぇ…………」
その経緯とやらを聞き終わるまでに小一時間はかかり、その間にテールがテントの入っていく姿も見つけたがよっぽど気づかれたくなかったのだろう。サイカにバレないよう音を立てず忍んで移動するのは見ていて面白かった。
漸く話も終わりを見え、俺も寝ようかと立ち上がろうとした時。
なんで立つの?
そんな疑問に満ち溢れた、素朴な目で俺を見てくる。
「どうしたのお手洗い?」
「いや寝ようかと」
「何寝言言ってるのよ。ここからはアーサー王が行った政策について教えるんだから寝かせないわよ」
「えっマジ?」
「嘘をつく必要はないでしょ」
この時俺に逃げるという選択肢は残されていないのだとハッキリ自覚した。
そして皆が逃げるように去って行った理由も明らかとなる。
「くそ、シルバの野郎覚えていろよ」
※※※
「~~~ねむぃ」
声にならない大あくびを上げながら、青空の下森を抜け目的地まであと少しと迫った街道を荷馬車が駆け回るなか、思わず口走ってしまう。
この眠気をもたらした
あれほど話倒したのによく元気だな。
昨日のことを思い返すとゾッとする光景のようにも思えたが、あの状態になった彼女は止まらないのだと、朝テントから顔を出したシルバが飽きれ混じりに教えてくれた。
「サイカがアーサー王の話を始めれば止まらないことは両学院共通事項だ」
なんだよそれ。
分かっていたなら教えてくれれば良かったのに。
だから皆逃げるようにテントに行っていたのか……、謎にも思えた行動の答えが分かり合点がいくと共に仕返しを喰らった気分に陥る。
「なら教えてくれたら良かったのに?」
「ふっ、僕をからかった罰だな」
「からかったってお前、あれは自業自得だ」
「それに野暮ってもんだろ。隠していたようだが、瞳の奥にあったぞ。だから無理に止めようとは思わなかった。それで知れたのか?」
隠していた気分でいた。
アルとの関係がバレたら、何が起きるか分からないから。それなのにシルバは、俺のちょっとした挙動から分かったというのか!
シルバは王族。
そして王位継承権を持ち、次期王に最も近しい立場にいる男。
些細な台詞、ちょっとした態度すらに意識を巡らせる、それは千差万別の思慮を志す貴族を纏めることに有利に働き、その力を持つことも王に必要な大事なもの。
もしそれを欠ければ過去、暴王が反乱分子を率いたあの悲惨な戦争が繰り返される。
シルバは一番そのことを考えており、だからこそそういう部分には誰よりも敏感なのだろう。
「さぁ~などうだろう」
「成る程教えてはくれないか」
こればかりは教えられない。
すまないとは思いつつも……。
※※※
高い外壁。
王都を囲む屈強な壁。それに引けをとらない立派な白く頑丈そうな建築物の上には砦町を警護する騎士団の者が、こちらを眺める。
砦町ニシャラ。
他国との貿易を中継する重要地点であり商人が行き交うこの町は、全部で三つの門があり商人や民間人が普段利用する北門と南門、そして町を守る騎士団が暮らす砦へと直行出来る東門だ。
俺らの馬車は、街道を通った先にある南を敢えてスルーし東門から砦町に入る。
そんな円卓の騎士団従騎士候補である俺達を一目見ようとの好奇心から彼らはこちらを眺めてきた。
馬車が止まり、全員が降りると、筋肉隆々で如何にもな身体つきをした筋肉男が仁王立ちで待ち構えていた。
「よく来たなヒヨッ子ども。俺様の名前はクリュス=アスタ。アーサー王よりこのガハラ砦を任され、剣術騎士第五騎士団団長を務める人間だ覚えておけぇーーーーーー」
距離があるというのに鼓膜が破けそうな勢いある声で、自身を紹介する筋肉男の隣には彼とは正反対の優男が立っていた。
でも何者なのだろうか。
隙がなく、ガハラ砦に勤務するただの事務官とは到底思えない。
「皆も気になるだろうこの優男は、俺の騎士団のセシリスク=ナダル副団長だ」
「初めまして皆さん。ただいま紹介に預かりましたセシリスクです。まずはこれから宿舎へと案内します」
こうして俺らの集団生活は始まる。
従騎士という限られた席を賭けた舞台の幕が開く。
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