第十一話 日常と不穏な影

 貴族の館に似つかわしくない真剣がぶつかり合って起こる音が、早朝から鳴り響く。


「お嬢様、朝食の用意が整いました」


 庭園にある開けた場所で、俺は何故だかメルトと剣を交える羽目に合い今に至る。今し方、クラリス家を預かるメイド長のシエラが朝食が完成したことを告げに来たわけだ。


「ありがとうシエラさん。じゃあもう一本だけ、頼むわよジー君」

「だとさジーク、メルトお嬢様に付き合ってあげなよ」

「他人事だと思って好き放題言いやがって」

「アハハ、そう言うなって」


 二人の勝負を少しだけ離れた場所で、座って眺めていたミハールが笑いながら答えた。

 俺とミハールは、高級ベッドでの優雅な睡眠を謳歌していると早朝家主代理のメルトに突然叩き起こされこの場所に案内される。その理由は至極単純なもので、俺と勝負したいとのことだった。

 勝負の内容は木刀を使った戦闘。

 先に相手の胴体を木刀で叩きつければ勝ちとのことで、今までの戦績は俺の五勝零敗。

 

「あとでミハールも私の相手してね」

「えっ……」

「まぁ頑張れ色男。それじゃあメルトこれで最後と行こうか!」

 

 この勝負に魔法は一切なし、純粋な剣の腕が勝敗を決める。

 俺の一太刀目を華麗に横移動スライドで躱す。


 流石に目も慣れるか。


 この五試合を通して何度も俺の太刀筋を見せてきた。

 だからこそ対応出来た、否違う。

 俺の太刀筋は普通の人が振るう剣速より速いことは、一昨日のカルランを通じて理解していた。

 何度見たところで力の無い者には、対応など出来るはずもないそれだけの自負が俺にはあったのに、彼女はそれに対応した。

 ならば認めるだけだ彼女には実力があるのだと。

 俺の突進からの一太刀目を躱したメルトはすかさず俺の横を取ると、一気に木刀で止めをかけにくる。


 ならば!

 前かがみになっていたのならそれを生かすまで。


 木刀を地面に刺し、それを軸にして身体を空中で安定させると振り下ろさせる木刀を右足で蹴り飛ばそうとする。

 しかし彼女の木刀は、防御の構えを取りびくともしなかった。 

 

「ジー君ならそうすると思ったわよ」


 勝ち誇った笑みを浮かべ、既に蹴り上げようとした反動でバランスを崩しどうすることも出来ない自由落下する胴体に一撃を加え俺は敗北を期した。


「やりぃ~ジー君に勝ったぁ~」


 本当に嬉しいのだろう全身で喜びを顕著にはしゃぎ出し、傍で見守っていたシャーリンに抱きつく。


「アル……」


 太陽を背に喜ぶ姿が記憶にある幼なじみの女の子との剣勝負で初めて俺が負けた時の情景と重なり懐かしく思える。

 そう金色に輝く髪を後ろで結んだポニーテールが跳び跳ねる度にピョコンと舞うのが、無性に可笑しかったあの頃を。


「どうかしたかジーク?」

「いんやなんでもない。それより腹へった」

「だな朝食とするか」


 一際盛り上がっている女性陣の一方、ミハールだけが俺を気遣うべく近寄ってきた。

 その彼と先にシエラさんに案内されて朝食の席に向かう。その最中すらもメルトの笑顔が絶えることは無かったことは言うまでもない事実である。


「このあとは皆はどうするんだ?」


 あとから合流した女性陣を含めた全員が朝食を食べ終え、食後の休憩をしていたタイミングで声をかける。


「良かったらカルランでは皆の活躍見れなかったし、どうだ手合わせでも?」

「俺は午後からなら良いぞ。取り敢えず午前中は、孤児院に帰るつもりだったから」

「ごめん私も、これから騎士団の面接があるの」


 ミハールとラファが相次いで断りを入れる。


「騎士団ってどこの?」

「剣術第一騎士団。あそこは年中募集しているし、それに修行に持ってこいの場所なのは皆も知っているよね」

「それはそうかも知れないが……」

「安心してとは言わないわミハール。それほどまでに過酷な環境なのは重々承知の上なんだから」


 剣術騎士第一師団って単語を、王都に来てからどこかで聞いたことがあるはずなのにそれが思い出せない。

 しかしそれを今聞ける雰囲気などでは到底なく、両人は互いに納得してしまった為にこの話は、これにて仕舞いとなった。


「ごめんなさいジーク君。私たちもやるべきことがあるので、失礼させてもらうわ」

「えっ、シャーリン本当にするつもり」


 子鹿が熊に睨み付けられたかのように、身体をガクガクとテーブルの端の席で縦に揺らして、怯え涙目のテールがそこにはいた。


「そう言うこった、すまんなジークはん。そして覚悟しなはれテールはん、ウチらが鍛えてやるさかい」

「そうね、ここまで放置した私たちにも責任はあるからね」

「ヒッ………………」


 シャーリンの企みに賛同するサイカとニコンの訝しげな笑みに益々テールは肩身を縮こませてしまう。


「なので、ジーク君。そこのメルトだけが、暇なので彼女に街でも案内してもらいなさい」

「そう言うこった、じゃあなジーク」


 告げて真っ先に立ち上がったのはミハールで、それに続くようにしてメルトが住まうこの屋敷に遊びに来ていた面々が帰っていく。


「いやだぁ~~~助けてぇメルぅ~」


 訂正だ。

 一人だけ動かないことを決め込んだように居座ろうとするテールをサイカとシャーリン、そしてニコンの三人がかりで最後の抵抗を見せつつも無理矢理連行していった。

 

「彼女、意外とあんな声も出せるんだな」

「テールの心の内に入るくらい親しくなれば見れるわよ。あっちが素だしね」

「そっか」


 観念したのか、姿が見えなくなる頃には叫び声も収まり静かに連れ去られて行くのが見えた。

 

「さてこれからどうする。さっきの続きでもするか?」


 居なくなった六人を含めても、大きすぎた部屋に今は俺とメルトの二人だけになりイマイチ落ち着かない。

 

「う~ん流石に止めとこうかな」

「なら王都を案内してくれよ。元々最初は王都の観光をしようと思ってたわけだしさ」

「私にドーンと任せなさい!」


※※※


「お待たせ」

「そんな服も持ってたんだ」


 一昨日のカルランの時は、学徒時代の制服姿。そして昨日俺を馬車で出迎えた時にはどこから見ても貴族の令嬢だと分かる衣装を身につけており、平民が着るような服を身につけている姿を見なかった。

 なので平民が街で着るような服を持ってないものだと、勝手に頭の中で認識していた。

 だからこそ今のメルトの姿は意外だった。


「失礼ね、私がこんな服持ってたらダメなの?」

「ダメってわけじゃないけど、昨日俺を出迎えた時とは違うし家の中でも如何にも令嬢様って格好だったじゃないか」

「それは貴族の体裁があるから、仕方なく着てただけ」

「へぇっ?」

「お父様とお母様は領主の仕事でこちらの邸宅には居ないけど、それを知ってか知らずかたまに両親を訪ねる客が来るのよ。そんな突然の訪問にも対応出来るように、あんなヒラヒラした服を着てるわけ。ほらっ行きましょ時間が勿体ないわ」

「行ってらっしゃいませメルトお嬢様とご友人殿」


 玄関ホールでメイド長に見送られ、正面門から外に出ると家紋が付いた馬車がいくつも行き交っている。


「貴族様って何してるんだ?」

「ジー君はそれも知らないんだ。まぁ当然よね、ユタ村付近は帝国の国境に近いから貴族に領地が当てられていない珍しい地域なわけだし。貴族は基本王から与えられた領地を管理し、王家にその年に採れた農作物を上納するのが義務とされているわ。その他の仕事は王都で国の財務処理をしたり、法律を作ったりと国の基盤を支えるのが貴族の役割よ」

「ふ~ん」

「質問を投げ掛けておいてその反応って、ちょっと酷くない?まっ貴族が国の基盤を支えたところで、他国の侵略や国内の魔獣問題など戦闘面では歯が立たない。そこで創設されたのが騎士団、受かれば私たちの仕事よ」

「なるほどな。ところで感じるか?」

「ええ、バッチリと」


 馬車が隣を何度も通り過ぎるなか、道路の端を歩いていたわけだがメルトの屋敷を出た時から拭えない嫌な視線を感じる。


「走るぞっ!」


 道を駆け始め、路地の突き当たりを左に曲がる。


「お前だったかラルト」


 曲がった角で屈んで姿勢を低くして待っていると、後ろから現れたのはラルトを含む取り巻き連中だった。


「よくも兄貴に恥かかせてくれたな田舎もん」


 何の前触れもなく目が合った瞬間、取り巻きの一人がいきなり俺の胸倉を掴もうと腕を伸ばす。

 

「うわってめぇやりやがったな」


 ただで殴られる気もなく、上手く攻撃を躱し足を出して突っかかって来た男を躓かせ転ばせた。


「おい街中で魔法を使うつもりか!」


 転ばされた男は怒りが頂点に達し、周囲の環境などお構い無しに魔法を発動すべく詠唱を唱え始めようとする。


「止めろ」

「こんなところで魔法を使えばどうなるか分かっているの?」


 俺とメルトが取り巻きの男に魔法の発動を止めようと言葉をかけるが止まる気配が微塵もない。しかしある男の次にとった行動が信じられなかった。

 なんとラルトが魔法を発動しようとした取り巻きの行動を制止し頭を下げさせたのだ。

 俺やメルトだけでなく、魔法を俺らに向けていた取り巻きまでもが動揺を隠しきれないでいる様子で慌てる顔を俺は拝むことになる。


「俺はただ貴様に謝りたくて、タイミングを見計らっていただけだ。コイツらの出過ぎた行いは申し訳なかった」

「何か俺に謝罪することってあったか?」

「ああ貴様の育った村を侮辱した。今日顔を出したのはそれだけが理由だ。貴様と今度は対等に会えるように俺様もこれから精進していくではまたなユタ村のジーク=アストラル」


 それだけ一方的に言い残せば、あとは立ち去るのみのラルトの後ろ姿は前会った時よりも一回り大きく見えた。


※※※


「ラルトの兄貴も腑抜けちまったな」

「あああんな田舎もん、俺らの手にかかれば一殺イチコロだって言うのによ」


 ラルトの取り巻きたちが、誰の目にもつかない路地裏で固まって陰口を叩く。


「ちょっと良いかな兄さんたち」

「なんだ坊主?」


 そこにどこから現れたのか、黒いローブを着て顔がフードの影に隠れてよく見えないが背丈と声色から少年だと取り巻きは判断する。


「兄さんたち、強そうだね。そんな兄さんたちに僕の玩具貸してあげる」

「何言って…………ぐわぁ~」


 生意気な餓鬼の服を脱がして顔を拝んでやろうと手を出すが、何が起きたのか手が捻れ尋常ではない痛みが男を襲った。


「良い実験材料になってよ兄さんたち」


 笑顔で笑いかける少年に恐怖を感じ始めたが、時既に遅く彼らはもう逃げることは不可能であった……。

 

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