第十話 思惑

 時間は少し遡り、王城内にある離宮。


「なんだか、一緒に食すのは久しぶりですね。兄さん」

「基本俺は王都を留守にしがちだからな。こうして兄弟仲良くメシにありつくのはいつぶりだ?」

「一年ぶりですかね」 

「あれっ?もうそんなに経つのか……」

「はい。僕も忙しかったので兄さんと会っても二、三言葉を交わすだけしかしてきませんでしたからねここ最近は」

「それに関しては済まなかった。俺が責務を放棄しなければお前に負担を掛けなかったのかもな」

「全くです。まっ今更気にはしていませんし、そんな顔しないでください」

「そうか、お前がそこまで言うのならこの話は終わり。しかし、この離宮寂しくないか?」

「別に僕は殆ど学院で寝泊まりしていましたし、寂しいと感じたことはありませんよ」


 王族用に用意された離宮にある一室で、シルバは兄であるリチャードと久々の会席を行っていた。

 

「だけどどれもこれも旨いな」

「料理のスキルは上がったからね」

「次の王がこれだと、庶民的には嬉しそうだな」

 

 シルバが作った料理を口一杯に頬張りながら、リチャードは自慢気に語る。

 現在王家の血を継ぐものはたったの三人。

 現国王アーサー=ペンドラゴン。

 円卓騎士リチャード=トーマス。

 王位継承権第一位シルバ=トーマス。

 残りの王族は、先の内乱において全て亡くなっている。

 そして何故、リチャードではなくシルバが王位継承権第一位なのかと言うと、リチャードは自分には相応しくない。自分は円卓の騎士として今の王に一生遣えると豪語し王位継承権を放棄したからに他ならない。


「僕よりも兄さんの方が相応しいのに……」


 兄の陽気さに、シルバはつい本音を洩らしてしまう。


「言うなシルバ。俺はヴォーディガンを止められなかった」

「………………」


 自分が想像しているより、何倍も苦しいに違いないと頭では理解しているつもりになっていた。

 しかし今の兄を見て、兄の苦しみは、自分には推し測れないものだと考えを改める。


「それにシルバ、今はアーサー王がいるんだ。俺らが王になる時代は来ない。いいやこれじゃあ違うな、来させない」


 シルバも同じ気持ちだ。

 アーサーが、王の座に就いてまだ二年。

 それでも暴王の手により、混乱していた国の情勢は瞬く間に沈静化し、良い意味で成長している。

 リチャードの言葉は、漸く訪れた平和な時間を維持していく表れだった。

 大事な相談を今日するつもりだったことを、シルバは思い出す。


「兄さんには、内緒にしていたんだけど僕カルランを受けたんだ…」

「らしいなガラハッド卿からついさっき聞いた。別に良いんじゃないか」

「えっ…………!?」


 兄に黙って、カルランを受けたのは、もし事前に相談すれば反対されると当然のように思っていたからだ。

 

「どうした俺が反対するとでも思っていたか?」

「まぁ。だって一応王位を継ぐ可能性もあるし、僕はこの王都で暮らせと言うのかと…」

「んなこと言うか。お前はお前のやりたいように生きろ」


※※※


「ベディ、それでリチャード卿の意見は?」

「アーサー王の統治が続く限り、王族は不要だからシルバには自由に暮らして欲しいだって」


 戻ってきたばかりのベディヴィエールに、ガラハッドは質問する。

 対してベディヴィエールは、リチャードから聞いた内容をそっくりそのまま口頭で説明した。


「了解したわざわざ聞いてくれてありがとな」

「いいや、それは構わない。それよりもランスロット卿はこの人選をどう思われますか?」

「シルバ殿下のことは良しとするとして、お前達を信用しているとはいえ、これだけの学徒を選んだのは何故だ?」


 カルラン試験官であるベディヴィエールとガラハッド以外に、部屋にいたのはランスロット=グレイ。

 その男は、円卓の中でも最高峰の一人に並べられる最強の一角にしてガラハッドの父親だ。

 ベディヴィエールが、選考の場に同席していたガラハッドの父親に意見を求めると、彼は選考結果を見て素直に感じたことを述べた。

 確かに以前の円卓騎士団を知る数少ない人間の一人であるランスロットからしてみれば、今の騎士団の状況は芳しくないとはいえ


「なぁ~に親父、簡単な話だ。それだけの逸材がいたんだよ。特にこのジーク=アストラルって男は正直底が知れねぇ少年だ」

「その少年が、先刻お前が話した特異な能力を持つ少年だな」


 ガラハッドが席に着いた父親に真っ先に目を通すように促した書類に書かれていた男の名前はジーク=アストラル。

 生まれはユタ村という王都からは遠く離れた田舎。

 その田舎にいながら、誰も見たことも聞いたこともない未知の力「魔力剣」を持ち、潜在力を持つであろうこの男の扱いにベディヴィエールは戸惑ったためランスロットを召喚し検討を重ねるべきだと考えたのだ。

 なお同じく選考をする身分にあるガラハッドは、力があるからとの理由だけでジークを合格しようとさせる暴走ぶりを見せたのでランスロットを呼んだのはストッパーの役割も担っている。


「ああ親父も一目見たほうが良いぜ。なによりアイツのカルランに賭ける情熱は相当なものだと俺は感じた」


 お得意の直感という奴振り回されるこっちの身にもなってみろよ。

 と言いたい気持ちをグッーーーと堪え、冷静に状況を整理する。


「私も彼の力を間近で目の当たりにしましたが、彼はあの場で全力は出していないと思います。しかし相手を圧倒していました腕は確かです。だからこそ身元のハッキリしない彼を円卓騎士団に入れても良いのか判断が下せません」

「ならば直接ユタ村にお前ら二人が調査しに行けばいいんじゃないのか?」

「ですが一人の従騎士候補のために円卓騎士が王都から二人も離れるのは、如何なものかと……。今は帝国の動向も気になるわけですし」

「ベディヴィエール安心しろ。今は帝国もすぐには行動に出ないだろう。なにせ新たな領土の統治作業に忙しいだろうからな、それに移動ならマーリンの魔法を用いれば一発で行ける」

「決まりだなベディ」


 満面の笑みで決定を喜ぶガラハッドと対局で、ベディヴィエールは少し不安な感情を身に宿す。

 その後旅立つ日程とカルラン合格者の発表日の兼ね合いから、一時的にジークを合格者扱いすることが決まった。しかし一時的な合格のことは本人には伏せた形でだ。

 もしも彼が危険な因子なら、即刻捕えるためで、そうでないのならそのまま従騎士として役割を背負ってもらうためだ。

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