第九話 彼らとの出会い

 「ジー君迎えに来たよ」


 宿屋マザーグースの前に、荘厳な装飾が施された馬車が一台停車し、中からメルトが顔を出した。


「迎えに来てくれてありがとな。それよりもこれ豪華な馬車だな」

「流石はクラリス伯爵家。立派な物を持っているのね」


 伯爵家所有の馬車を、共に宿屋の前で待っていたリンさんがまじまじと見上げ呟く。


「そちらの方は?」

「俺が泊まらせてもらっているこの宿屋の看板娘だそうだ」


 彼女の振る舞いを見るに、自称看板娘ではないのかと疑いたくもなる。まぁ看板娘でもそうでなくともどちらでもいいので敢えてリンさんには触れないのだがな。


「そっか。初めまして、ジー君の友達のメルト=クラリスと申します」

「どうもリンよ」

「こんばんわリンさん。それじゃあジー君、私の家に招待するから、馬車に乗って」

「あっジーク、今日は帰ってくるの?」

「分からないです」

「りょーかい、部屋は残しとくから何日でも泊まってきなさい。伯爵家なんてそうそう立ち入れるものじゃないから」


 リンさんに別れを告げ、馬車は進み出す。


※※※


「この先に見えますのが、クラリス伯爵家でございます」


 王都の北側に位置する貴族街は、俺が滞在する西側の街並みとは全然異なり大きな屋敷があちらこちらに建ち並んでいた。

 馬車の向かう先にはそのなかでも、一際大きい屋敷があり立派な門が構えてあった。

 門をくぐり抜け屋敷の入り口の前には、既に二台馬車が停まっている。

 二台の馬車の内、一つには俺が乗ってきた馬車にも彫られていたクラリス伯爵家の家紋があったがもう一台には別の家紋が彫られていた。


「お帰りなさいませメルトお嬢様」


 先に停まっていた馬車の後ろにつくようにして、俺とメルトが乗っている馬車は移動を止める。

 俺はメルトに続くように、馬車から降りると、大勢のメイドが待ち構え出迎えてくれた。


「ただいまシエラさん」


 出迎えの先頭に立つ女性に向けて、メルトが返事をする。

 後からメルトに聞いた話だが、彼女シエラ=シュタットは、クラリス伯爵家のメイド長を務めている老婆で、メルトの父の代からこの屋敷で働いているらしい。

 

「ご学友の方々は既に皆、到着しておりますので部屋へと案内しておきました」

「ありがとうね。そうだこちらが昨日話していたジーク=アストラル君」

「メルトお嬢様からお話は存じ上げております。お見知りおきをアストラル様」

「どうも宜しくお願いします」


 メルトに案内されるがまま、屋敷の中に入りすぐ右手にある扉を開ける。

 その部屋の中央には、色とりどりの豪勢な料理の数々が置かれていた。

 そして料理があるテーブルを囲うようにして、俺やメルトと同世代の五人が座っている。


「やっと来た!主催者が遅刻なんて」

「ごめんねシャーリン。ちょっとジー君の迎えに時間がかかって遅くなっちゃった」

「それでそっちの男が、カルランで常識はずれの所業を犯したあのジーク君で合ってるわよね?」


 常識はずれの所業を犯したって少し言い過ぎだろ。

 そう思いつつも強ち間違っていないのではと不安が過ったので、メルトと言葉を交わしていた茶髪ロングの彼女には何も言えなかった。


「ジー君が常識はずれって失礼だよ。彼はただ規格外、んっ?それとも世間知らずなだけかな」


 必死に庇ってるように思えて、その実、メルトの言葉が一番俺の心を抉った。


「それが一番酷くないかメルト?」

「うそっそうかな」


 部屋にいたメルトの学友達が、首を揃えて俺の意見に賛同してくれて、少しだけホッとした。

 そして宴が始まる。

 食事の席についているのは、俺とメルト。

 そしてメルトの友人を含めて八人。

 そのなかで見知った顔触れは、俺を招いてくれたメルトを除くと二人だけ。

 カルランで、俺を助けてくれたラファと、カイルさんと途中までは良い戦いを繰り広げた純白ツインテールの女の子。

 まぁツインテールの女の子の方は、ラファに釘を刺され、話せなかった為、初対面と言っても過言ではないが……。


「それよりも自己紹介といこうか。なにせ初対面の者もいるようだしさ」


 チラリと俺を見てきた男が、音頭を取り自己紹介をする流れへとなる。


「じゃあ、私から名乗らせてもらうわ。名前はシャーリン=メイ、国立魔法学園、次席卒業、得意魔法は防御系統よ」


 先程、俺を常識はずれ呼ばわりした茶色の長い髪が特徴的な彼女が先陣を切り話を進めた。


「なら次は私ね。メルト=クラリス、国立剣術学院、主席卒業改めてよろしくジー君」

「国立剣術学院、第四席、ラファ=メンロナ。ここにいる皆と違ってカルランには不参加だったけど、仲間外れにはしないでよジーク」


 メルトとシャーリン、ラファの紹介が終わると、俺と対面する席に座っていた三人が立ち上がる。


「じゃこっちは俺からいかせてもらうぞ」


 真っ先に声を上げたのは、音頭を取ってくれた俺を除けば唯一の男性参加者だ。


「俺の名前は、ミハール=マルチネス。国立剣術学院、次席。君の隣に座っているメルトに負けて次席の地位に収まった不甲斐ない男だ」


 自分を卑下したように語るが、闘志が消えているとは思えない言葉の覇気。

 そして先程まで鍛練していたであろう跡が見受けられたその姿には、熱意を感じた。


「ハロー、ウチの名前はニコン=リプリー。国立剣術学院、第三席やよろしゅうジークはん」

「ニコンはカイルさんと戦っていた双剣使いで間違いないよな?」

「アハハ…………」

「無神経だよジークくん」

「ラファの言う通り、それはどうかと思うよジー君」


 覇気の無い虚しい笑い声で応えるニコンに対して、メルトとラファが俺に冷たく突き放すように自然と言葉を吐く。

 そこで、ラファのカルラン会場での発言を思い出した俺は、しまったと後悔するが遅く……。


「すまない気に触ったか?」

「もぉーージー君は黙ってて!」


 メルトの叱責が飛ぶ。

 

「大丈夫や、メルはん。何も円卓騎士団だけが騎士団ではないんやし、ウチは次を頑張るだけや。さっ次や次」


 湿っぽい空気に成り掛けていたのを、ニコンが正してくれた。


「じゃあ次はワタクシの番ですわ。サイカ=コミケトルと申します。国立魔法学院、第四席、得意魔法は隠密系ですかね。これからよろしくお願いしますジークちゃん」


 順番的には、サイカの隣に座っている、眼鏡をかけ、灰色にくすみ掛かった薄暗い緑色の髪を持つ女の子の番だと言うのに、彼女は身体を震わせこちらを見向きもしない。


「次はテールさんの番ですよ」

「わ、わ、わた、私の名前はテール=ライアンドって言いま……フゥアァァ~~もうだめぇ~」


 サイカが促して初めて、口を開いたが喋っている途中で、突然謎の奇声声を発するとそのまま床に倒れてしまった。


「やっぱり駄目だったか……。これは本格的な特訓が必要みたいね」

「明日は一日連れ回し決定です」


 事情を知っているらしいシャーリンとサイカが気絶しているテールを、部屋の隅っこにあるソファへと移動させ横に寝かして戻ってくる。


「彼女は大丈夫なのか?」

「テールは極度の人見知りで、初めて話す人と大抵さっきみたいに倒れるのよね」


 席に戻ったシャーリンが教えてくれた。

 そしてテールがソファで寝ているのを他所に、食事は再開される。


※※※


 宴も終盤に差し掛かった時、部屋で起きていたのは俺と、ミハールだけだった。

 女性陣は、食事の席だと言うのに寝ている。ちなみに気絶したテールは今に至るまで、一度も目を覚ますことはなかった。


「なぁジーク、少し外の風浴びないか?」

「あぁいいけど、コイツらどうする……」

「もう少しそのままにしといてやろう。どうせ余り眠れてないだろうし」


 ミハールはそう言うと、テラスへと向かう扉を開き、屋敷の建物の外に出る。

 月明かりが照らされたクラリス伯爵家の庭園は、緑が青々としていて、庭師が剪定した木々や花が美しく調和をもたらしていた。


「改めてよろしく、ジーク」

「こちらこそミハール」


 差し出された手を握り返して応えた。

 宴の真っ最中は、女性陣からの執拗な質問攻めに会った俺は、それに答えるので精一杯で、殆どミハールと会話出来なかったのが心残りであった。


「いやぁ~でもほんと、ジークが来てくれて良かったよ。男は俺一人だけだったから」

「それだよ!なんでシルバは居なかったんだ?面子的に居ても不思議じゃないのによ。…………まさかハブったのか!?」

「冗談は止せ。シルバが来なかったのは、予定が入っていたからに過ぎない」

「なぁ~んだ、メルトが呼ばなかったのかと勘違いしちまった」

「アイツらはたまに衝突するが、それでも仲は良いんだぞ。今日はありがとなお前のお蔭で、皆楽しそうだった」

「だな」


 部屋で、熟睡している彼女らを見ながら、幸せそうにミハールは語った。

 彼の言葉に同感した。

 俺自身、途中まで気づかなかったが、最初の内はどこか空元気で喋ってるのだと彼女らと段々話をしていて気づかされた。


「実は皆、不安で寝てなかったんだろ。まっ俺もだがな……」

「不安?」

「其々に円卓騎士団に入団したいという意思がある。一応は育成も兼ねて力の無い者も選ぶとされているが、自分らが選ばれるかは分からない」

「そっか……そうだよな。俺にも入る理由があるように、ミハール達にもそりゃ~あるよな」


 自分が参加した目的は、再び彼女と再会したい。

 その目的と同様に、狭き門を無事抜け合格し円卓騎士団に入りたいと思うミハールらもまた動機があるのだろう。

 

「差し支えなければ聞いても?」

「俺は、孤児院の出身なんだ。円卓騎士団って実は給料が良いんだよ。そしたら、孤児院で暮らす兄弟妹に仕送りが多く出来るってわけ。アイツらには苦労を掛けたくないんでな」

「そんな事情があったんだな……」

「まぁ人それぞれ理由はあるさ、お前の話も聞かせてくれよ。どうやってアノ強さを手に入れたんだ?」

「それは話長くなるぞ」

「かまやしねぇって夜はこれからだからな」


 その後会話は途切れることなく、俺は村の近くの森で魔物を狩っていた時の出来事を話し、ミハールは学院での出来事を交互に喋っていき時は刻まれる。


「お二方、お嬢様方に手は出しておられませぬよね」


 ひょっこりと老婆が、睨み付けるようにして俺たちの間に割って現れたのは一段落ついた絶妙なタイミング。まるでこっちを見張っていたかのように……。


「シエラさん!」

「ミハール様、ジーク様もう一度お聞きしますが眠っているお嬢様方にを出していませんね!」


 強烈な圧を感じた。

 俺は数多くの魔物や魔獣と戦ってきたが、そのどれとも違う圧力だった。


「してません!」

「よろしいっ。ではお二方の寝室を用意しておきましたので、あちらのメイドに付いていってくださいませ。私はお嬢様方を運ばないといけませんので」


 案内された寝室のベッドは、今泊まっている宿屋や、暮らしていた自宅の物とも一線を画した物で横になるやその気持ち良さに圧倒いう間に俺は眠りの世界へと誘われていった。

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