第八話 カルランの夜

「こらぁ~そんなところいないで降りてきて正々堂々戦いなさい」


 地上にいるメルトは剣を振り回しながら、浮遊魔法で上空に浮いているシルバに向けて喚いていた。


「嫌だね。君の間合いで戦うのは愚策だよ。僕が負けるに決まってるからね。それにこれも戦術の一つさ」

「あっそう。でもこれじゃ決着がつけられないでしょうが」

「それもそうだね、なら再開するとしよう。『風断つ刀カマイタチ』」


 シルバの両手付近に渦巻いていた風の玉、から吐き出るようにしてうっすらと見える程度の無数の風の刃が地上にいるメルト目掛けて降り注ぐ。

 その攻撃を、すらりと蝶が舞うように簡単には躱していく。


「流石はメルト=クラリスと言ったところか」

「カイルさんはメルトを知ってるので?」

「国立剣術学院主席卒業生、それが彼女の肩書きだよ。でシルバ殿下は国立魔法学院主席。まぁ彼女の方もクラリス伯爵家のご令嬢だし、二人はよく競いあっていたからね。かなり有名人物達さ」


※※※


 私は空から見下ろしてくるあの男に、腹が立って腹が立って仕方がない。

 あの男はいつだってそう。

 慎重に戦っているように見えて、その本質、人を小馬鹿にしたような戦い方は気に入らない。自分は安全な場所から敵を追い詰めようとする様は、まさに私と正反対だ。

 だが何度戦っても勝てた試しがない。

 それが悔しくて、必死に修練を積んだ。

 それでも勝てないまま卒業を迎え、二度と戦うチャンスは無いものと諦めていたが、今日のこのとき私に訪れた機会に感謝していた。


 だから負けない!

 

 私は自分自身に誓う。

 シルバの風魔法を避けながら、密かに自身が持つ少ない魔力を消費させ魔法を放つ準備を整え終えた。

 あとは耐え忍び機会を窺った。

風断つ刀カマイタチ』の影響で、舞台には亀裂が入り、粉々になった舞台の素材が砂のようにして舞い、地上を覆い尽くした。

 

「『飛翔の陣フロスト』」


 丁度私が立っている位置の真下に、ひし形の魔方陣が浮かび上がると、私を空中へと押し上げる。

 その勢いは凄まじく、一気に上空で待機していたシルバの高さの更に上まで昇り積めた。


「もらったぁー」


 私の動きへの反応が遅れたシルバに慈悲などない。私はカルラン用に支給された刃が潰れた剣で、シルバを地面に叩き落とした。


「くっ、足が……」


 地面に落下したシルバの身体は、魔法で落ちる衝撃を和らげたが、それでも足にダメージが入る。

 そのすぐあとに、私も着地の際に少しだけよろめきはしたものの地面に降りた。


「そこまで!」


 痛みですぐに立ち上がることの出来なかったシルバを見て、試験官のガラハッドは模擬戦の続行をしない方針を取る。

 この戦いは決して勝敗が関係するものではない。各々の実力を判断するため、これ以上続けるのは無意味だと考えたからだろう。


「勝ったよジー君!」


 無論、私もそれは理解していた。

 それでもシルバに勝てたことは嬉しく、喜びを近くにいたジークにアピールする。


「驚いたよ、まさか君が魔法を使うとは」

「剣を活かすための魔法は覚えておいて損は無いからね」


※※※


「ア、アーサー王っ!お出でになられたのですか?」


 カルラン試験官の一人であるベディヴィエールは、一足早く全ての模擬戦を完遂させ、舞台を上から覗ける観覧席で、シルバとメルトの戦いを観ていた。

 不意に後ろから声を掛けられ、振り返るとアーサー王が配下であるケイを連れて二人で現れた為に、少し取り乱してしまった。


「ああ、円卓会議が思ったよりも早く終わって時間が空いたのでな。こちらに足を運ばせてもらった」

「そうでしたか」

「それでベディヴィエール卿、良い人材は見つけられたか?」

「直接僕が模擬戦を見たわけではないのですが、飛びっきりの少年が居ましたよ」

「少年?学院の生徒か……」

「いいえ、外部からの参加者です」

「貴公がそれほど褒めるのも珍しいな。私もその者の戦いを一目観てみたかった」


 珍しく興奮するベディヴィエールの姿に、アーサー王は彼が語る少年の戦いを観れなかったことを後悔する。

 

「外部からの参加者、では以前はどこかの騎士団に?」


 ケイの質問は、本来なら正しいが、今回ばかりは違った。


「それが、彼は騎士団に所属した経験が無いのです。事前に提出してもらった書類によると、今回のカルランの為に村から王都にやってきた少年です」

「それは珍しいな。それならば正式に円卓騎士団に迎え入れるのならば身元を確認する必要があるぞ。迎えた後で、その者が他国の間者だと分かれば危険だからな」

「当然、そのつもりです。彼を逃すのは勿体無いので、素性は調べるつもりです」


 至極当然のケイの対応にベディヴィエールも同意しつつ、自分の意見も添えた。


「ちなみにベディヴィエール卿が絶賛する、その彼の名は?」

「確か、彼の名前はっと……有ったこれだジーク=アストラルですね。えっと出身地は北の国境沿いに点在するユタ村ですね」


 書類の束の中から、お探しの人材を見つけたベディヴィエールは名前と彼の出身地をケイの質問に答えるようにして話した。


「???どうかしましたか……」


 アーサー王とケイは二人して顔を驚きの表情をしていたので思わず、心配になる。

 特にアーサー王の今の表情は、自分が王と共に戦場を駆けてきたなかで一度として見たことがないものだった。


「いや何でもない」


 王はそう言ったが、自分に何か隠していることは違いないのだと捉えるには十分な反応だ。

 だがベディヴィエールはそれ以上深く追及することはせずに、その会話は終了した。


※※※


「それでは私達は退席するとしよう。あとは任せたぞベディヴィエール卿、そうだガラハッド卿にも選任を楽しみにしていると伝えておいてくれ」 

「かしこ参りましたアーサー王」


 ガラハッドの方も残っていた数ペアの模擬戦が終了し、これにてカルラン全試合が終わる。

 観終えたアーサー王は、ケイと共に観覧席から退出していき、ベディヴィエールも下にいるガラハッドと合流すべく動き始めた。


※※※


 ベディヴィエールと別れたアーサー王とケイは、誰もいない廊下を歩いていると突然、涙を流し始めた。

 王の責務を負うと、決められたその日から彼女が泣く姿を見たのは、今日を除くと一度。ある少年との別れの時だけ。


「ねぇ、ケイ義兄。ベディヴィエール卿が言った、少年ってやっぱり……」


 兄妹としての生活は、アーサー王の部屋以外には持ち出さない。それが絶対的ルールであり、王がルールを破ったことは無かった。

 だが今、必死に取り繕っていた、アーサー王という仮面が剥がれ落ち、は涙を零す。


「だろうな。あの村にその名前は一人だけ。それに歳も合致する」


 アルトリアとケイが想像している人物は一致していた。

 だからこそ彼女の泣く姿に何と声を掛ければ良いのか、思いつくことも出来ずに暫く黙っていたのだが、彼女の問いに答える形で自分の考えを述べる。

 そして今から酷な事を言う自分に不甲斐なさを感じつつも、国の為に言わなければなら無かった。


「今の君はアーサー王だ!それだけは忘れるな。彼のことを忘れろとは言わない、ただ最後までやり遂げなければならない」


 誰が見ているかも分からない廊下で、みっともない姿晒しているアーサー王か周囲に露見するのを、恐れたケイが王に叱責したのだ。

 但しケイ自身もさっき王の私室で口に出した言葉と言っていることが支離滅裂で、義妹に申し訳なく思う。


「その通りよねケイ卿。もし彼が本物だったとしても今の私はアーサー王だもの。王の立ち振舞いを忘れるわけにはいかない」


 所々たどたどしく、アーサー王としての言葉と少女アルトリアが混じったような言葉遣いに多少の違和感こそあれケイは何も言わなかった。

 そしてケイの言葉に我に返ったアーサー王は、涙を拭き取ると、廊下を歩き始めたが、身体が時々ふらつきそうになり痩せ我慢しているのが目に見えて分かる。

 ケイには辛かったが彼にはどうすることも出来ず、王に付き添うことしか叶わなかった。


※※※


「これにて本日の審査は終了とする。カルランの合格発表は、三日後の正午だ。各自それまでは自由に過ごせ」


 カルランは閉幕。

 参加者は修練場から出て、城の外まで歩くと外は暗くなっており、既に街の街灯が明かりを灯していた。


「ジー君はこのあとはどうするの?」

「そうだな、王都でも観光しながら三日経つのを待つつもりだけど」

「ならさ明日の夜、ウチで食事はどうかな」

「いいぞ」

「決定ね、それじゃあジー君泊まっている宿屋の名前教えて。明日夕方頃に馬車を向かわせるわ」

「メルト、馬車はいらない。徒歩で向かうよ」

「駄目よお客様をもてなすのは、クラリス伯爵家の義務なんですから」


 好意を無下にするのも、メルトに悪いので俺は彼女の好意を受けることにしその日は別れて、泊まっている宿屋へと帰っていった。


※※※


「お疲れ、ジーク」

「リンさん、ただいまです」


 宿屋マザーグースの看板娘が、笑顔で俺が帰ってきたのを出迎えてくれた。


「リン!話はまだって……あれっアストラル君じゃないか、さっきぶりだね」


 リンの背後からいきなり男が一人現れた。

 その男と目が合った瞬間、彼が挨拶をしてくる。


「そうですねカイルさん」

「なぁ~にもしかして二人とももう知り合いなの?」

「その件だ!!俺は赤っ恥を掻いたんだぞ」

「本当にしたわけぇーーーーー。あ~だめ笑い死にしそう」


 腹の底から笑いを抑えきれない程、大袈裟に笑い散らかすリンさんの姿に、俺はカイルさんが可哀想でならない。


「糞ったれ。この借りはいつか返してやる!」

「まぁまぁいつになることやら。楽しみにしてるわ」

「そうだアストラル君の力を、垣間見たがリン。お前の言っていたこともあながち間違いじゃなさそうだな」

「リンさんは俺のことをどのように伝えていたんですか?」

獣熊グリズリーベア、十数体を一人で倒し、荷馬車を助けてくれた恩人と説明を受けていたから、俺も一人でそれだけの数の魔物を倒した少年に興味が湧いたんだ」


 リンさんとの出会いは偶然だった。

 彼女が乗っていた荷馬車が、王都へと向かう街道で魔物の群れに遭遇してしまい、その場に居合わせた俺が助けたのだ。

 

「あのレベルとは、何度も殺りあったから慣れっこです」

「ね、凄いでしょ。この子」

「だな。俺は口が裂けても言えないぞ」

「あれ、でも確かシルバの話ではカイルさん『魔獣殺し』って呼ばれているんですよね?」

「えっ何それ詳しく聞かせなさい!」


 目を綺羅びやかさせ、グイッとカイルさんとの距離を詰め寄ったリンさんが責め立てる。


「……と言うわけだ。これで満足か?」

「…………………………えぇ。良かったわね本当に」


 リンさんが嬉しくて泣いているのか、それとも悲しみで涙を流したのか俺には理由が定かでは無いが、二人の間に何か起きていたことは先ず間違いないだろう。


「レイナとは会った?」


 首を振る、カイルさんに対してリンさんは残念そうな顔をする。

 多分、二人の共通の知り合いなのだろうと推測出来るが、ここで話に割って入るのは無粋極まりないと黙ることにした。


「そっか。速くレイナにも会って謝りなさいよ、あんたはそれだけの事をしたんだから」

「ああ分かっている」

「ならこの話はお仕舞い。もっと明るい話をしなくっちゃね」


 こうして王都滞在二日目の夜は更けていき、いつの間にか俺は寝つぶれてしまうのであった。

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