第七話 「魔獣殺し」の男

「あの人、とても強いな」


 模擬戦の後は、順調に運んでいてそれを観戦していたのだが、今舞台の上に立つ男は動きが群を抜き他を圧倒する勢いだ。

 まぁ男の相手である二刀流短剣使いもそれなりに奮闘していたが、それでも差があるのは歴然と言えよう。

 今日一、強さのありそうな彼を観察しながら眺めボソッと呟くけば、聞き耳立ていたシルバが拾ってくれた。


「それはカイル殿のことか?」

「ジー君も、動きみれば分かるよね。なんとあの方はブリテン西方にある魔獣戦線での功績から、『魔獣殺し』の二つ名を持つ凄腕騎士カイル=パドリック様よ」

「ニコンも頑張ってるみたいだけど、あの人相手だと……」


 ニコンとはおそらく、服装が一緒なところから察するにラファとメルトの二人と同じ学院の生徒なのだろう。

 ピンクのツインテールを揺らしながらの彼女の連撃は、徐々に激しさを増していき、凄腕騎士と称されるカイルを押し始めたかのように思えた。

 一瞬の出来事であった。

 一時的に消えたカイルが、再び現れた時には、彼女の懐下。咄嗟に防御の構えを取ろうとしたニコンだが、カイルの方が一歩素早かった。

 騎士の一撃は、対戦相手であるニコンを場外へと軽々吹き飛ばしそこで決着が着いた。


「次は、シルバ=トーレス、メルト=クラリス。舞台の上へ」

「呼ばれたか、ではジーク行ってくる」

「メルト、ニコンのことは任せて。それよりもあなたはシルバに勝ちなさいよ」

「そうよね。じゃあジー君、私必ず残ってみせるからその時は覚悟しておきなさいね。それとシルバ、あんたには絶っっっっ対に負けないから」

「それはこちらの台詞だ」


※※※


「そうだジークくんは来ないでね」

「えっ俺何かしたか?」 


 呼ぶ際にラファはすっかり様づけしなくなっていた。

 受付嬢と参加者の立場のままだったら、こうはいかなかったはずだ。だが武器庫での話のやり取りは、仲を深めるのには充分。

 

「ううん違うの。彼女結構ショックだろうから、多分カルランに合格するジークくんと会うのは可哀想だし、いきなり知らない人と話すのは嫌でしょ?」


 ラファの言うことは正しい。

 なので俺は取り残されてしまった。知り合いが誰も居なくなり、俺は黙って二人の模擬戦を観戦しようと決めた。

 シルバ達とすれ違うようにして、舞台から降りたカイルが真っ直ぐ俺に向かって歩いてくる姿に目を疑った。


「やぁ少しお兄さんとお話をしないかい?」

「………………………はい?」


 奇妙な挨拶に、返事が遅れる。

 向こうは満面の笑みで声を掛けてきた。だけども気味悪がるのは当然だと俺は言いたい。

 成人を迎えたばかりの十六歳なのだ。

 なのでこの歳になって他人から「お兄さんとお話をしないかい」などと言われて身構えないはずはない。寧ろ身構えない奴は居ないだろう。

 歳上であることは、彼の風格から醸し出されている気迫とシルバ達が敬った言葉遣いをしていたことから推察して出来た。

 

「あれれどうかしたかいアストラル君」


 反応に困り上手く言葉が出てこない。

 そんな俺の様子に気づいたのか、彼の方が再び質問を投げ掛ける。


「そのぅ大変申し訳にくいのですが、その喋り方どうにかなりませんか?むず痒くて堪りません」

「それは悪かったな。ちっリンの奴め、嘘つきやがってちくしょ~恥掻いちまったじゃねえか」


 口調が全くの別人と言っていい位に、変化した彼の口からはこの都市で数少ない俺が知る人物の一人の名が呟かれた。


「あれっカイルさんってリンさんとお知り合いなんですか?」

「アイツとは所謂腐れ縁ってところかな。俺が稽古をつけてもらっていた師匠の娘さんなんだ。まぁその話は置いておくとして、今朝アイツと偶然道で会った時に君のことを紹介されていたんだ。けど、その時に君と絡むようならさっきみたいな話し方じゃないと、無視されるって言われたんだ。事実は違うみたいだがな」

「ええ俺は今の方がしっくりきます」

「そうか、俺も可笑しいとは思ったんだ。成人している人間に対してさっきの言い回しはキツイものがあるよな。ああ~だんだんムカムカしてきた、後で覚えておけよ……」


 恥ずかしい思いで、一杯で、自分を騙したリンを後でどうしてやろうかと呟く彼に同情の念を抱く。

 カイルの態度に、俺は内心ホッとしつつこのあとリンさんが怒られるのは当然の報い。

 自業自得だと思うことにした。


「えっとカイルさんそれでお話とは?」

「その服装を見るに学院の生徒じゃないよな。どっかの騎士団にでも所属していたのか?」

「いえ、俺は今回のカルランを受けるために村から出てきた者ですよ」

「なるほど、こんな逸材が眠っていたとは末恐ろしいな」

「止めてください、照れますって」

「謙遜するな。君はカルランに参加してみて周りのレベルはどう思った。正直に答えてくれて構わない」

「本音で言うとこの程度かと思いました」

「何故そう思う?」

「カルランは国を護る最強の騎士団を募る場所って師匠から聞いていました。なのに俺が思うに強くない者もこの場にいる」


 それが俺の素直な感想であった。

 師匠から具体的な話は無くカルランについては簡単なことだけを教わったのみである。

 だからその感想しか出てこないのかも知れないとも思えてくる。それほどまでに想像にも満たないレベルの低い者が参加していたのだ。


「言えてるな。だがその感想が出るってことは今のカルランの本質を捉えていないと言えるかもだな」

「カルランの本質ですか……」

「ああだが円卓騎士団を語る上で、他の騎士団も必須だな」


 カイルは独りで完結しながら話を続ける。

 俺はと言うと余り詳しくは知らない騎士団について知る機会を与えてくれた彼に感謝しながら聞くことにした。


「この国の騎士団は三つに分けられる」


 剣を携え、戦場では最前線で戦う騎士が集まる部隊、『剣術騎士団』。

 魔法を扱い騎士をサポートし、主に戦場後方に構える魔法師の部隊、『魔法騎士団』。

 最後に国を守護する選りすぐりの面子のみで揃えられ、ブリテン国最強の柱円卓の騎士が団長を務めるのが『円卓騎士団』。


 カイルの説明を要約すると、このようになった。

 だけど矢張り腑に落ちない。


「尚更、参加する理由が分かりません」

「流石の君でも二年前まで起きていた内乱についてはある程度は理解しているだろう?」

「はい」

「その戦いで多くの優秀な騎士が殉死し、今のブリテンの国力は以前より下がったと言わざるを得ない状況だ。そこで最高の環境で鍛えるのが最も速い育成方法だとの結論に至った」

「なるほど、ここに集まっているのは磨けば凄い輝きを放つかも知れない原石ばかりだと言うことですね」

「いい解釈だ。まさしくその通り。まっ俺みたいに別の騎士団に在籍していたが、円卓騎士団に加入したくて、今回のカルランに参加した人間もいるがな」

「じゃあ、カイルさんもどこかの騎士団に属していたんですね」

「ああ俺は、西の魔獣戦線駐屯、剣術第一騎士団に所属してた」

「うぉー流石は主席同士の戦いだな」


 カイルとの話に夢中で、すっかりと忘れていたが舞台上ではシルバとメルトの戦いが繰り広げられており、今の声は二人の模擬戦を観ていた者の歓声だった。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る