第二話 カルラン舞台

「ジーク様、こちらですよ武器庫は」

「面目ありません……。」

「いえいえ、未来の従騎士候補とお話が出来る機会など早々ありませんから。私的にはラッキーですよ。まぁジーク様が従騎士になるとは思いませんけど、クスッ」

 

 広い王城内を道に迷い、指定された場所が分からずに、うろちょろしていると親切にしてくれた受付嬢が書類の束を持って歩いている場面に遭遇した。

 受付嬢は書類を置き、仕事を終えると俺を目的地へと案内してくれて今に至る。


「それはさっきの剣術or魔法の選択肢が、原因ですよね。はぁ~そこまで珍しいものなんですかね……」

「両方扱うなんて私は聞いたことがありませんよ!」

「ならば、うってつけの人材ですね。ちょっと試したいことがあるので、今回の模擬戦で使う剣を貸して下さい」


 俺が一番最後に来たらしく、武器庫にはもう誰も残っていなかった。

 だから今この空間には俺と受付嬢しか居ない。


「え、ええ」


 受付嬢は近くにあった、模擬戦で使用予定の支給剣を適当に一振り手に取って、ジークに渡す。


「じゃあ見ていて下さい。きっと驚きますよ」


※※※


 ジークからしてみれば武器庫まで案内する傍らの何気ない会話のやり取りだった。

 しかし受付嬢ラファ=メンロナは同世代の彼が不思議で堪らず、その会話の内容も新鮮さで溢れていた。

 ラファは実力が伴わず此度のカルラン参加は見送った者の一人であったが、それなりの腕を持っている。

 そこで、後学の為に、受付嬢として運営を手伝う代わりに模擬戦を観戦する許可を得ていた。

 そんな彼女が、会ってまもない、男が繰り出す見たことも聞いたこともない力に驚嘆し、声も上がらない程だった。


「何よこれ…………」


 ようやく振り絞って出た言葉がそれだけ。

 どの様に言葉に表せばいいのか、彼女自身よく分かっていなかった……。


※※※


 受付嬢とのやり取りを終え、未だに現実を上手く自分の中で消化できていない彼女と別れ、修練場と呼ばれる王城内に併設された騎士達の訓練施設へと移動した。

 修練場は広い場所で、天井は吹き抜けとなっており、晴天の空が顔を覗かせていた。

 だと言うのに不思議と、場内はこれから始まろうとするカルランへと向けられた熱気で、包まれていて身体が奮い起つ。


「ここがカルランの舞台かぁ。やっとここまで来れたんだな、待っていろよ。必ずお前に……」


 この場所に立てたことを今更ながら、感慨深く感じていると、いきなり五人組のどこにでも居そうなチンピラが現れた。

 

「おいおい、見ない顔だが、お前さん王立学院の生徒じゃねぇよな?」


 王立学院?、その言葉で俺は、リンさんが宿屋を後にする直前に教えてくれた大事なことを思い出した。


「いい、ジーク。私から忠告だけど、王都には騎士を育てるための専門教育機関、王立剣術学院・王立魔法学院の二つが存在するの。そして両校の生徒の特に優秀な腕を持つ者達がカルランに参加して来るかも知れないから気を付けなさい!」


 成る程ぉこれがリンさんが教えてくれた学院の生徒か。でもアイツ以外強そうにはねぇけど……。

 大男も取り巻き連中も同じ学生服を着ての出場らしいので、全員が王立学院の生徒なのだろうと容易に推測は出来る。

 ただ、がたいの良いグループの中心にいる大男以外、彼の取り巻き連中は大した強さを感じられない小者に見えたから少しガッカリしてしまう。


「ああその通り。俺は、ユタ村出身のジークだ。今回のカルランに参加しようと思って、村から出てきた口だ。よろしく頼むよ」


 ここで会ったのも何かの縁。

 グループのリーダーに握手を求めたが、その握手が成されることはなかった。

 リーダーの大男は、俺を指差していきなり笑い始めたのだ。


「おい聞いたかよ。野郎共、確かユタ村っていやぁーくっそド田舎にある村の名前だろ」

「坊っちゃん、貴様が来ていい場所じゃないんだよここは。ここには選ばれた者しか来ちゃならねぇのさ」

「ハハッハそうだぞ。貴様には田舎で、畑仕事をしているのがお似合いだよ」

「言えてるぜ。赤っ恥かかない内にお家に帰った方が得策だぞ」


 大男に続くように、俺を馬鹿にしてくる文言に、最初は仲良くなれたら良いなと思っていた俺が間違っていたと痛感した。

 自分が馬鹿にされるのを黙って見過ごすなんて、無理だ!

 乱闘を起こせば間違いなく、これから行われるカルランに影響を及ぼすと分かっていても、身体が止まらない。

 支給されたばかりの剣に指先が触れる。


「ラルト!そこまでにしろ。今ここで揉め事を起こしてみろ失格になるぞ。それでもやるというのなら僕も相手になるぞ」


 あと一歩遅ければ鞘から抜かれていた俺の剣は、介入してきた第三者の一声のお蔭で踏み留まり、鞘の中に収められたままとなる。

 介入した赤い髪の毛を後ろで束ねていて、大男達と同じ衣装を着ているその第三者の男は颯爽と近づいてくる。


「よおう、シルバ。相変わらず、その優等生ぶり吐き気がするぜ。興が削がれた。行くぞ野郎共、おいジークとか言ったな精々俺様と当たらないように祈るんだな」


 高笑いしながら、リーダー格の男は取り巻きを引き連れて消え去っていき、突然現れた赤髪の男により、場は収束した。


「悪かったな。あの取り巻きを束ねるラルトと言う男は、デュセルン子爵家の嫡男なのだが、平民を少し見下している節があり、田舎者だと知れば、余計に突っ掛かる性格なんだ」

「いや止めてくれたありがとう。あのままだったら奴に斬りかかっていたところだ」

「だろうな。話は聞かせて貰った。ラルトの事は申し訳ない、同じ学徒だった身として、僕から謝罪させてもらうよ」

「いやいや顔を上げてくれ。あんたは全然悪くないんだからさ」

「ふむ。ならば改めまして僕の名前はシルバ=トーマス」

「よろしく頼むシルバ。俺はジーク=アストラル、気軽にジークって呼んでくれ」

「分かったよジーク。ならば僕のこともシルバでいい」


 向こうから握手を求められ、手を伸ばすと今度はしっかりと握り返され満足する。

 しかし、何だ。何故だか視線が俺に向けられていて気味が悪い。視線の数が、シルバが近づいてから倍以上に膨れ上がった気さえしてきた。


「あの田舎者、シルバ様が誰だか知っているのか?」

「知るわけないだろっ。じゃなきゃああの様に会話なんて成り立たない筈だ……」

「勇気あるなぁ~、あの方と話すなんて気が参りそうだよ。俺は彼を凄いと思うが」


 こそこそとした話し声が耳に入ってくる。

 どうやらシルバは有名人らしく、周りの反応を見るに、先程絡んできた子爵家のラルトより、位の高い貴族の出ではないかと俺は睨む。

 似た形をしているが、シルバ達が着ていた赤を基調とした学生服と真反対の青を基調としている学生服を着ている、淡い蒼色の瞳とエメラルドグリーン色強い短い髪が特徴的な女性が歩み寄って来る。


「周りの目なんて気にしなくて良いわよ。シルバがだったとしてもね」


 颯爽と現れた彼女から爆弾発言をかまされてしまった、俺は一瞬だけ言葉が出なくなる。

 ただ今更口調を変え、礼儀を重んじて接するのと折角知り合ったシルバとの友情を天秤にかければ自ずと接し方も決まった。


「ふ~んシルバは王族なのかそれはすげぇな。でも心配するなって態度を変えるつもりはねぇからさ」

「アハハハ、いいねその反応。あっ私の名前はメルト=クラリス宜しくねジー君」


 初対面の彼女はかなり活発で、いきなり俺のことをあだ名で呼び始めてきたが、悪くないあだ名だ。

 

「こちらこそ宜しくメルト」

「でさぁ何でジー君はカルランに参加しようと思ったわけ?」


 当然の好奇心だろう。

 ユタ村、王都からかなり離れた場所に位置しており、馬で五日以上、徒歩だと二週間、それ以上かかる距離だ。

 そんな僻地から参加するのだからこそ、聞きたくなるのも無理はない。


「実は俺の故郷には、以前円卓の騎士団に所属していた人が隠居していたんだわ。 まっ、今は亡くなったが……。その人から色々戦い方も教わったし、村の外の世界を知らなかったから腕試しを兼ねて参加したってわけさ」


 嘘をついてはいない。

 だがこれは真実でもない。

 カルランに参加した本当の目的を、語るわけにもいかなかった俺は、肝心な部分を伏せて二人に話をした。

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