第三話 円卓会議

 ブリテン国、王都キャメロット。

 その中心に構えている王城レギオ。その城の一角にあるのが、円卓の間。その部屋の中央には円形のテーブルが拵えてあった。

 そのテーブルを囲むようにして、八人の円卓の騎士が座っていたが、未だ空席が五つだけ存在しており部屋は静かで更には緊迫した空気が漂う。


「遅くなって済まない」


 奥の扉から、冠を被り騎士の象徴とも呼べるような格好をしている人物が入室してきた。

 その者の登場は、場の空気をもう一段階引き上げる。

 なにしろ彼の者こそ、国の守護者である円卓の騎士が敬い仕える、ブリテンを統べるアーサー王本人であったためだ。

 アーサー王は登場するなり、真っ直ぐ自らの席に向かうと座った。


「それでは王も参られたことですし、これより円卓会議を執り行いたいと思います」


 会議の進行役を務め、円卓の騎士の中でも最も年老いた高齢の騎士、アグラヴェインが周りを見渡して会議を始めようと一言皆に声かけをする。


「お待ち下さいアグラヴェイン卿、まだベディヴィエール・ガラハッド・トリスタン・ガウェイン卿の四名が来ていません」


 席に座っていたリチャードは、空席となっている席に本来いるはずの者達を名指しして、質問するが、アグラヴェインにとっては折り込み済み。


「問題ない。ベディヴィエールとガラハッドはカルランの審査役を任せているので欠席だ。また今回の焦点になっているエルテーミス帝国の動向を見張るため、ガウェインは国境にあるコキトア城塞に。トリスタンは通常任務である西の魔獣戦線を守護する役目を担っている、彼を呼び戻すのは流石に見送らせてもらった」

「なんだよ!全員集合がモットーじゃなかったかこの会議は」


 最も若い新参者である円卓の騎士が不満げに撒き散らす。


「モードレッド静かにしろ」

「ランスロット、お前さんは良いよな。なにしろ城の警護担当だからさ、しかし俺は呼び出しがかかったから任務を急いで終わらせて急行したってんだ。なのに数人が欠席だと!苛つくに決まってるだろ」

「そこまでにしないか、モードレッド卿」

 

 現在の円卓の騎士において、古参の一人であるランスロットに円卓の騎士に就任して、日が浅いモードレッドは物怖じせずに食って掛かる。

 そんな暴れ若獅子にケイが忠言すると、ヘイヘイとチャラけた態度こそ取ったがそれ以上は何も言わず大人しくなった。

 

「余計な口を挟んでしまい申し訳ない。アグラヴェイン卿話を続けて欲しい」


 静まり返ったと同時にリチャードが話を元の路線に修正すべく、進行役に話を振る。


「議題は先刻も申し上げたエルテーミス帝国の動向についてだ」


 モードレッドのせいで緩みかけた空気が一瞬で変わり、誰もが彼の話を一言一句聞き漏らすことのないように構えた。

 それもその筈。エルテーミス帝国は大陸随一の国土を誇る大国であり、ブリテン国とは北の国境を挟んだ先にある隣国でもある。

 彼の国は長年に渡り、友好的な関係を築き上げてきていたが、それも今となっては過去の話。帝国は近年侵略行為を行い、領土を広げつつあり、その魔の手が次に狙う可能性として挙げられるのが、このブリテン国であった。


「確か、伝聞だとマニラが墜ちたと聞きましたが?」

「ああ、これで北国は全滅。おそらく次は南の国々を支配するために動くだろう」


 モードレッドと同じく普段は王都キャメロットに常駐せず、王の勅命により、国内外を渡り歩いているパーシヴァルが円卓会議の召集を受けた際、伝達者から聞いた内容をそのままアグラヴェインに問う。

 パーシヴァルが挙げたマニラ小国は、国土こそブリテンの半分にも満たないが、優秀な魔法師が数多くいる魔法国家との呼び声も高い国。

 ブリテンとは帝国を挟んで対称の位置にあるため、直接の交流は無かったが、その魔法国家が帝国の手に墜ちたとなれば、次に帝国が眼を付けるのは隣接するブリテン国だろうとの予想が立つ。


「来ても俺様が迎え撃ってやる!」


 簡単に息巻いているモードレッドだが、事はそう上手く運ばない。

 帝国は圧倒的な軍事国家の側面を持ち、ブリテン国内が安定し始めてきたのもごく最近のこと。今の状態では帝国と戦うだけの余力が無い。

 その後は、帝国の動向を国境で監視しているガウェインが会議の為に纏めた報告書を読みながら、会話を続け今後の国としての動きを確認して会議は終了した。


※※※


 円卓会議は予定していた時刻よりも、早めに終わり、各円卓の騎士は自分の仕事へと戻り、激務続きであったアーサー王は身体を少しでも休めるべく自室に戻ってきていた。

 アーサー王は、部屋に戻り鍵をかけると胸の辺りが特に分厚くなっている鎧を脱ぎ捨て部屋に散乱とさせた。

 鎧の下から現れたのは、円卓の間にいた凛々しい男姿とは似ても似つかない真逆。光輝く煌びやかな黄金色が特徴的な短髪を靡かせながら、身体を伸ばし、その引き締まったボディラインは見る者が見れば美しき女性を想起させるだろう。

 彼女は、鎧の傍に置いていた膝丈まである白いワンピースに着替えると、そのまま自分のベッドに横になった。


「休んでいるところ申し訳ありません。ケイです、入っても宜しいでしょうか?」


 ゆっくりと休息を取っていると、部屋の外から二度扉をノックした後に、声が聞こえてきた。

 少女は扉の前に立つと、覗き穴から通路を見たら立っていたのは先程顔を合わせたばかりだった円卓の騎士の一人だけ。

 

「ケイ卿、一人だけですか?」


 姿は少女でも、立派な王の像を彷彿とさせる声色を使って部屋の外にいるケイに聞こえるように質問した。 


「ああ」

「なら入って」


 そっと扉を半分ほど開き、ケイを王の寝室へと招き入れた。

 本来なら有り得ないことだ。臣下が王の寝室へと入るなどと、いくら国を守護する一角を担う者とはいえ万死に値する所業。

 しかしながら彼だけは許される。

 円卓の騎士が一人ケイ=シュトロハイム。

 先々王ウーサー=ペンドラゴンに仕え、彼の王の右腕と称されたエクター=シュトロハイムを父に持つ。

 そんな父がいるケイは現王の幼少期を知る数少ない人物である。

 そして王の秘密を知る数少ない者の一人。


「中々似合ってるぞその服、アルが女の子らしく見える……」

「うるさいぃケイ義兄にぃのバカ」


 義兄に向けたしかめっ面からは、幼き少女のあどけなさが伝わってくる。

 しかし、少女のあどけなさがケイの心を強く締め付けた。それでも彼はその感情を彼女の前で顕にするわけにはいかなく、表には出さないよう、グッと堪える。


「だけどアル、お前も段々と王様が板についてきたな。まだあれから二年しか経ってないというのに」


 アーサー王が即位してから、二年の月日しか経過していない。それでも王は先王の手で、荒れていた国を元に戻すべく奮闘している。それをケイは一番近くで見てきていた。

 

「ありがとね、ケイ義兄のお蔭だよ」

「いやいや、お前の手柄だよ。俺は特に何かしたわけじゃない、お前の言われたことを俺は為したまでさ」

「ふ~んまっ、そう言うことにしといてあげる。ところでどうしたの?」

「そうだった。帝国の動きに関して、どうしてもお前に相談しようと思ったことが合って来たんだった」

「私に?」

「国境付近は、これから危険度が増していくだろう。なら彼処よりも安全なこの王都に、を招くべきじゃないかと考えたんだが、良かったらアル、久々に彼と会ってみないか?」

「………………、それは出来ないわ。私は個人の感情で動いちゃ駄目なの。もしも実行したいのであれば、ケイ義兄だけでやって。私は彼には会わない」


 冷たく突き放すように、少女は言った。


!王の責務を果たすことは大事だ。だけど、王という偶像に囚われていないか。お前はアーサー王であると同時にアルトリア=ペンドラゴンでもあるんだぞ」


 珍しくケイは激昂する。義妹の言っていることは正しいのかも知れない。しかし王であることが、個人の感情を優先してはいけないことと同一視されるのはおかしいとケイは思っている。

 だがその感情が、彼女の地雷を踏み抜く。

 あどけなさが残るアルトリアと言う少女から一変、王としての彼女、アーサー王へと切り替わる。


「ケイ卿、私はこの部屋でだけは昔の私として生き、貴公とも家族として接すること、私をあだ名でならば呼ぶことを許可した。しかし私の過去の名前は駄目だと言ったはずだ。もしもそれを守れないのなら、家族であったことも無かったことにする」

「済まなかった、アル。ただしこれだけは覚えていろ、お前は俺の義妹だ。そして彼のことも。それがあの頃のお前を残す思い出なのだから」


 お互いに黙ってしまった。

 アルトリアは、義兄の想いが分かるからこそ何も言えず、ケイはこれ以上この話を続けられなかった。

 沈黙を先に破ったのはケイの方だった。


「ところでアル。お前今暇だろ?」


 先の話は終いにし、別の話題を切り出すべくケイは尋ねた。


「ええ暇だよ。ケイ義兄に睡眠を邪魔されて、もう寝る気にもならないし」


 敢えて語尾を強調して言った。

 そのやり取りは、不自然なくらいにこの部屋にケイがやって来た時のものに近しい。


「それは悪いことをした。どうせ暇ならカルランを見学に行くのはどうだ?お前が行けば士気も上がるだろうしさ」

「分かった。着替えてくるから、外で待ってて」


※※※


 着替えをするからと、部屋から追い出されたケイは通路の壁にもたれ掛かってアルが出てくるのを待つ。


「二人っきりだと昔と変わらないように見えるんだけどな」


 部屋での彼女の振る舞いと、二人が昔暮らしていた辺境にあるでの生活を重ねる。

 だからこそ辛い物がある。

 さっきのやり取りだって、無理矢理話を終わらせたようなものだ。これ以上義妹を追い詰められない。あの狭い空間でだけは、彼女は自然体で居られる。ならば、ケイはそれを

維持させたかった。


「国を守る為、己を犠牲にしていると言うのに俺はアルを救うことも出来ず、ただ傍にいるだけか!」


 情けない自分への怒りをぶつけるように、壁に拳を叩きつけた。


「済まない、君との約束を俺は守れていない」


 脳裏に、ユタ村で仲良くしていた少年との別れの時に交わした約束が過った。

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