第一章 カルラン編

第一話 王都キャメロット

 その景色を例えるのならば地獄と呼ぶのが相応しい。

 地面には夥しく、数えきれない程たくさんの遺体の山で溢れかえり、死臭で鼻が潰れそうになった。死屍累々を俺は掻き分けながら、歩いていると、ある場面に遭遇する。

 丘の上では、剣を振るう騎士と槍を扱う騎士とが取り組み合い命を削る死闘を繰り広げていた。


 止めろ!このままでは彼女が死ぬ


 心の中に、叫び声が訴えかける。だが傷だらけの俺はこれ以上速く動くことも出来ないほどに消耗し切っていた。

 それでもあと少しまで近づく。だがこれ以上足が動かせない。

 

「ア……ト……」


 名前も知らない騎士の名前を、立ち尽くすのみの俺は、ただひたすら叫び続けることしか出来ない。

 そしてそれはあっという間だった。

 槍の騎士の一撃が、剣士の肉体を一突きし、鎧を貫いた。


「やめろぉーー」


 俺の意識はそこでプツリと途絶える。


※※※


「ハァハァハァ……」


 夢から現実へと引き戻された俺は、見知らぬ天井とベットの隣で膝を床につけて座り込んでいる女性がいた。


「もぉ~驚かさないでよねぇジーク」


 女性は服の裾についた埃を払い除けるような仕草をとりながら、立ち上がり近づく。

 

「あれっえっとぉ……誰?」


 寝惚けていた俺は、目の前にいる女性が誰だったのか全く思い出せない。

 だから尋ねただけなのに……。

 何故か彼女は怒っていた。

 向けられる怒りの感情が、ひしひしと伝わり、危機感を感じた俺は直ぐにでも思い出そうとするが、幾ら頭の中で考えた所で浮かんでこない。

 すると煮えを切らしたのか、女性は溜め息を吐き落胆したことをアピールすると突き放した言い草で喋り始めた。


「寝惚けるのもいい加減にしてよね。ここはブリテン王都キャメロットに一番の宿屋、マザーハウスよ。おぉー客様。それと私はリン=フォンこの宿の看板娘、二度と忘れちゃ駄目だから覚えておきなさい」


 宿屋の娘は胸を張って答えた。

 名前を言われて初めて俺は、昨夜の出来事を思い出した。

 昨日、王都へと続く街道の途中で、偶然出会った俺と彼女はそのまま一緒に王都へと入り、宿を探していた俺にこの宿を紹介してくたのが彼女だった。

 まさしく恩人だ、と言うのに俺はそのことをすっかり忘れてしまっていたとは情けない。


「お客様、部屋の外まで呻き声が聞こえてきましたが大丈夫ですか?」


 さっきリンさんは、俺の名前を呼んでくれたのに何故かお客様と呼び方が変わってしまっている。

 会ってまもないが、昨日は友好的だったはずだ。徐々に甦る記憶を頼りに俺はその考えに至ったわけだが。


「あっ大丈夫です。迷惑をかけてしまい、すみませんでした」

「そうですか。では朝食のご用意が出来ていますので、一階にあるレストランフロアまでお越し下さいませお客様」


 言い残すと入ってきた際、開けっ放しになっていた扉を、勢いよく閉めるとリンさんは去っていき俺は取り残されてしまう。


「やっぱし駄目かぁ」


 身仕度を整えながら、次あった時リンさんになんて説明するのか悩む。

 寝間着から持ってきていた別の服に着替え終えた俺はふと先程視た夢を思い出す。


 なんだか、久々に視たな

 夢の中で俺は、一人の騎士として戦場を駆けずり回りひたすらある人物を探して奔走している内容だ。しかし漸く見つけたその人物が、胸を槍で貫かれる場面で、意識が遠退いていき現実へと連れ戻される。

 あれをたんなる夢だと切り捨てることは難しかった。紛れもなく、あの体験はあの場では本当の現実かのように思えてくる。

 それほど現実的リアルで、感情が激しく揺さぶられてしまう。

 俺はその夢を、幼き頃より何度も何度も視る。何故同じ夢を何度も視てしまうのか、俺には分からない。

 それに、、、夢の中でなら、俺が叫ぶ人物の名前がパッと出てきているはずなのに、起きた今の俺には全く名前が思い出すことも出来ない。

 だからこそ不思議でならなかった。

 一体この夢が俺に何を意味するのかと。


※※※


 夢のことは、この際考えても始まらないことと切り捨て、部屋を出た。

 俺が泊まった宿屋マザーハウスは、二階が寝泊まり出来る場所として貸し出されており、一階には宿の客以外も利用が許されているレストランが併設されている。


「朝から賑わっているな」

「お客様、私も隣座っていいかしら」


 食事を手に取り、空いているテーブルに腰を下ろし、辺りの状況を見てぼやいているとリンさんがトレーに料理を乗せて立っていた。

 ここで選択を誤るわけにはいかない。

 無言で首を何度も縦に振る。


「そうなら良かった。座らせて貰うわね」


 黙って食事を始めるリンさんを前に、俺は居ても立ってもいられなくなる。

 悪いのは俺なのだから。


「先程は大変失礼しました。寝惚けていたとはいえ、ごめんなさいリンさん」

「ふぅ~もういいわよ。ジークをからかうのお姉さん愉しかったもの、だから許してあ、げ、る。それでジークはカルランに参加するために王都に来たんだよね?」

「ええそうですね。その為に鍛練を積んで来ましたから」

「そっかあの実力なら頷けるわね。きっとなれるわよ、私が保証するから頑張りなさい」


 どこからその自信が湧いてくるのか、疑問だが誰かに応援されるのは嬉しい。


「それと荷物はそのまんま置いといていいよ。どうせ連泊することになるだろうから」


 よく意味が分からないが、リンさんの好意に感謝して、宿屋マザーハウスを後にするとリンさんがくれた地図を頼りに王城を目指す。

 王城へと続く道を歩いていて思ったが、人の往来が激しく、故郷とは段違いだと思い知らされた。

 そして目的地に到着すると、王城に入る正門の横に、カルラン参加者を募っていると思しき受付嬢が待機していた。


「あのぉ~カルランに参加したい者なのですが、受付はここですか?」

「はい。ではこちらの書類に必要事項をご記入ください。記入が終わりましたら書類を私にお渡しください」

「分かりました」


 渡された書類に、一緒に貸し出されたペンを使って空欄を埋めていく。


円卓従騎士採用試験カルラン参加申込用紙]

・名前ージーク=アストラル

・出身地ーユタ村

・剣術(武装)or魔法(魔法の場合得意属性を付加せよ)ー

・経歴(騎士団に過去、所属していた場合はこちらに記入)ーなし

・年齢ー16歳

・性別ー男


 一通り記入を終えたが、一ヶ所だけどのように書けば良いのか不明な部分があった。

 多分普通の者だったら、簡単なことなのだろう。後から来た周りの者たちはすらすらと紙に記入して、受付嬢に手渡していく。


「どうかなさいましたか?」


 俺の手が止まっていたことに気付いた受付嬢が、書き方が分からない俺に聞いてくる。


「えっと、ここに書いてある、剣術と魔法ってどちらかしか選べないんですか?」

「基本的にはそうですね。ジーク様の適性が何かをこちらが把握した上で、試験内容である模擬戦に取り組んでもらいます。そこで試験官が判断すると言うわけです。また嘘の記述を書かれますと、それが判明した時点で失格となりますので、ご注意下さい」

「そうですか、教えて頂きありがとうございます」


 空欄だった箇所に、どちらも出来ると記入し、親切にしてくれた受付嬢に手渡すが、彼女は二度、三度と今渡した申込用紙に眼を落とし確認していた。


「あのぉ~確認ですが、本当にこちらでお間違いないのですか。訂正するのなら今しかありません」

「間違ってないです」

「分かりました。ならばこちらからは口出しはしませんが、失格になっても知りませんよ」


 渋々受領したが、その顔は疑いの二文字がくっきりと浮かんでいて、俺は申し訳なく思う。

 村から出たことがない、俺だが、俺を鍛えてくれた師匠の話が正しければ、受付嬢の反応は至極当然。だが嘘をついているわけではないので仕方がない。


「ええ、大丈夫です」

「それでは申込用紙受け取りました。こちらからの注意事項としては、魔法具による戦闘行為は禁止。剣術、槍術、斧や弓といった武器での戦闘行為に関してはこちらで用意した物のみとなっています。これは公平性を期す為の処置、原則なのでお持ちの武器はこちらで預からせて頂きます。それではカルランへようこそジーク=アストラル、貴公に円卓の騎士の加護が在らんことを祈ります」


 最後に受付嬢がお決まりの口上を述べると、その手は門へと向けられていた。

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