騎士王と十三番目の円卓騎士

GOA/Z

プロローグ 

 時間と呼ばれる概念の外側、世界から隔絶された異界の地。異界には浮き島が一つあるだけでそれ以外は真っ白な空間が広がっている。

 浮き島の大地は花が咲き乱れ、緑豊かだが動物の姿はまるでない。そして島の中央には巨大な塔が一本建っているのみ。


「まさか君が訪れるとは驚きだよ」


 その驚きの声は正真正銘嘘偽りは一切なく、裏表のない率直な言葉を訪れた青年に向けた。


「俺には後悔がある。だから来た」

「それは僕も同じだよ。しかしそれは君にとっても僕にとっても過去の出来事。覆すことの出来ないものなんだ。それは君も重々承知しているはずだよ」


 この浮き島に住む唯一の住人にして、最高の実力を兼ね備えた魔法使い。

 それこそがボロボロに擦りきれた白衣のローブを見に纏っている男の正体だ。

 この地に魔法使いが来てから十年。誰一人として訪れることが無かったこの場所に今日、青年が現れたのであった。


「だが、貴方になら彼女を救う術があるのではないですか?」

「あると言ったら君はどうする。彼女を救うことはようやく君たちが築き上げた平和を無に帰す結果を生むことに繋がるかも知れない」

「確かに俺たちは世界を救いました。ただ俺には虚無感だけしか残ってない。俺は彼女と共に生きたかった。それだけなんだと今になってようやく気付かされたんです」

「そうかい。僕も彼女には大きな責務を負わせてしまったと後悔している。しかしあの時のブリテンには彼女の力が必要だった。あれは世界に定められた運命なのだと」


 魔法使いは悔しそうに下唇を噛み締め、口にする。魔法使いは、悲惨な最後を遂げてしまったその者を救う術を研究していた。しかし彼の類いまれなる魔法をもってしても、どうすることも出来ないと痛感させられ……。

 全てを嘆いた魔法使いは逃げるようにしてこの地へと足を踏み入れ、引き籠もったのである。

 それが誰も居ない土地に、隠居を決め込んだ魔法使いの成れの果てだ。

 

「俺は彼女を救いたい、もしもその術があるのなら教えて下さい」

「そこまでの覚悟があるのなら………」


 だが青年の訴えに心が揺らいでしまう。

 確かに彼女を絶対に救える保障はどこにもない。

 それでも可能性は存在する。

 緩やかにいつの間にか消えてしまったと思っていた感情が再び、青年の訴えに応えるように業火の如く熱く滾り始める。


「やっぱり何かあるんですね」

「この地、楽園アヴァロンの、特殊な性質を利用すれば、もしかしたらね。しかし可能性は百分の一、もしくはそれ以下だ。失敗する方が高いそれでも君はやるかい?」


「やらせて下さい」


 魔法使いは青年に覚悟を問うと、返事が寸分もせぬ内に戻ってきた。


「ならついておいで」


 花園を抜けた先、魔法使いが住まう塔の中に入る。塔の中は生活に必要な最低限の物しか置いておらず、古臭く、埃っぽい。

 青年は魔法使いに連れていかれるまま、塔の地下へと続く螺旋階段を歩く。


「これは魔法陣……?」


 螺旋階段を降り終えると、眼前には巨大な魔法陣が構築されてあった。

 魔法陣とは本来、術者が初めて魔力を通して、発動するものだが不思議な魔力を元々から帯びている魔法陣を、前に青年は戸惑う。


「その通り、この地の霊脈と密に繋がっている特別な魔法陣さ。これを使えば君を過去に送れる」

「俺を過去に……」

「勘違いしないで欲しいのだが、過去に送ると言っても君の想いだけ。そして今の君の想いは、過去の君へと受け継ぐ。それがどう過去に影響するかは僕にも分からない。そして今の君はこの世から消滅する。それでも意志は変わらないかい?」


 最後の確認だった。

 しかし青年の意志は変わることはない。

 魔法使いは全てを諦め逃げるようにしてこの地に来たと言うのに、一つの可能性を見出だしてしまう。

 この土地だからこそ、成せる可能性を。

 然れど魔法使いに勇気はなく、諦める道を選択した。

 その可能性の魔法を今発動する時が来た。


「お願いします」


 迷いなき眼で魔法使いを一心に見る。

 そして魔法使いも決意を固め、青年に魔法を施すべく詠唱を始め出した。


「廻れ、廻れ、廻れ。運命は流転し、世界の理を欺き、今運命を覆そう。『少年よ世界に抗えアゲインスト』」


 詠唱を終え、魔法陣を起動した瞬間、膨大な魔力の渦が魔法陣から溢れだし、青年の身体を包み込みだす。

 不思議な感覚だ。

 温かな太陽の光に包まれるみたいに。

 青年はその光に全身が覆われた瞬間、意識を失いそうになる。


「あの絶望からアーサー王を救ってくれ」


 偉大なる魔法使い、マーリンは青年に懇願する。自分の想いを託したのだ。


「違います。マーリン、彼女の名は、俺が愛した女性です」

「成功したのか……?」


 次の瞬間だった。

 魔法陣の中央にいた青年は、姿を消しそこには誰も居なかった。魔法使いは確信する。

 それこそが成功した証なのだと。

 魔法使いは、再び異界の地に一人っきりとなる。しかしその表情は今まで思い詰めていた後悔が晴れたのか、元気そのものであった。魔法陣を、発動し終えたその足で魔法使いは書斎へと向かう。

 彼はそこで筆を持ち、開かれた一冊の本に目を向けた。


ーーーーーーーー

 アーサー王が死んだ。

 彼女は善き王として、天寿を真っ当出来たのか、否僕たちのせいで悲惨な最後を迎えたのではなかろうか。

 僕たち大人の責任だ。

 一人の少女に国という重荷を背負わせ殺してしまったんだ。

 その罪を僕は一生背負おう

ーーーーーーーー


 そこには魔法使いの後悔の言葉が永遠と書き綴られ、字が所々、書き記した際の涙で滲んでいる箇所が存在した。

 その本に新たな文字を、書き加えていく。


ーーーーーーーー

 彼と再会した。

 あの時の少年と。彼は言った。「彼女を救いたいと」僕も彼女を救いたかった。

 だが僕は臆病で人のクズだ。

 ならば彼に託そう。

 しかしこれは世界に運命付けられた一人の少女、世界に刻まれ『特異点』と化した者の人生を覆すことに他ならない。

 だが、彼女の居なくなった世界で、英雄と呼ばれ、世界から逃げ出した僕を見つけ出した彼ならきっと…………やってくれる。


 頼んだよ英雄、ジーク=アストラルくん 

ーーーーーーーー


 暗闇の野原、そこは月光だけが照らしているだけ。その野原の中を、三頭の馬が縦並びで疾走している。

 他には何もない広大な土地。


「んっ、この魔力は一体?」


 列の先頭を走っていた馬がいきなり、立ち止まった。

 何事かと後方の馬も続くようにして停止するが先頭を駆ける乗り手は辺りを見渡すだけ。


「どうしたマーリン。ヴォーディガンの追っ手が来たのか」


 一番後ろを走っていた馬に騎乗していた、青銅の大鎧を着ている男が声をかけたが、返答はなかった。

 先頭を走っていた馬の乗り手である白衣ローブを着た優男は、遥か北の大地の方から感じた異質だがどこか暖かい魔力を感じ取り、思わず立ち止まった。

 しかし今はそれどころではない優男は、直ぐに頭を別の思考へと切り替える。


「いえ、エクター卿。お気になさらず、それよりもそろそろ頃合いかと手筈通り二手に別れましょう」

「そうだな、後は任せたぞエクター」

「畏まりました。ウーサー王よ。我が命に懸けて必ずやヴォーディガンの手の届かぬ地へとお連れいたします」


 最後の別れを惜しむように、ウーサー王は自分が片手に抱える我が娘の眠っている幼き姿を目に焼き付ける。

 そしてウーサー王は、彼の右腕であり円卓の騎士の一人である青銅の騎士に娘を託す。


「ではお気をつけて」

「お前もなエクター。マーリン、行くぞっ」


 こうしてウーサー王は、娘と別れこの国を乗っ取ろうとする実弟ヴォーディガンを止める為に、反乱軍と合流すべく馬を走らせ、南の方角を目指す。

 一方幼子と共にエクターが乗る馬は、二人とは真反対方向、北の国境付近へと向けて馬を駆けていった。

 エクターは知らなかった。

 マーリンは北の大地で何か不思議なことが起こったかも知れないと勘づいていたが敢えて教えなかったことを。

 それが吉と出るか凶と出るかは、分からなかったがマーリンは直感的に、エクターが北へ向かうのは必然なのだと感じていた。

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