第32話『天下分け目の戦い〜利家の死〜』

関ヶ原に既に布陣していた西軍ではあったが、それは盤石なものでは決してなかった。


というのも、西軍の総大将前田利家が大坂城にて秀頼はじめ、大坂城に残る多くの武将に見守られ亡くなったのである。


続々と関ヶ原に布陣する中伝えられ、西軍の戦意は減退をしてしまっていた。これと同時に西軍の総大将は利家の子、前田利長に代わった。


尚この一報は二日後に駿府城を取り囲む江戸征伐本隊にも伝えられた。


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〜利家逝去当日の大坂城内〜


十時頃より利家が目を覚ますと、利家が休む一室に多くの武将が見舞いに訪れていた。


「前田殿どうかご回復を」や「前田殿が再び前線に出られる事を期待しております」など十人十色様々な言葉がかけられた。


昼過ぎには俺が強く希望して爺の見舞いに訪れた。


「爺よ!余に再び槍術を教えよ!再び元気を見せよ!」


とこの身体に転生し、長い間爺と接する中、爺に様々な思いを抱いていた。涙を堪えつつ涙声で呼びかけた。


爺は弱りながらに、何か口ずさみ手招きし俺を呼んだ。爺の側へと寄ったおれは、利家の口元に耳を傾ける。


「拾丸様の傅役となれた事……とても嬉しゅうございました。貴方様を守る為、家康を征伐する最中のこの醜態どうかお許しください」


「……そんな……そんな事を言うではない!爺は良くしてくれた!よく働いてくれた!」


「儂の命もいよいよ少なくなり、此れが拾丸様への最後の言葉かと思いまする。貴方様は幼なげのないご様子で時には驚くべき思案や漢字をお覚えとなられた。その才覚を持ってすれば必ずや豊臣を益々繁栄させれましょう。自信をお持ちになられ、毅然と勇ましく御成長なられる事をお期待しておりまする。爺の言葉が分からぬかも知れませぬが、どうぞ自信を持つだけはお忘れなきよう……それと棚の引き出しに書を認めしたた入れており…ます……どう…ぞ一度……ご覧に……なら……れて……下さい……爺は少し疲れました……」


「あい分かった。よく休むが良い!」


最後の言葉までをしっかりと言い切った爺は介抱され再び眠った。その日の夜俺は再度願い爺の下へと向かった。


爺は幸せそうに熟睡していた。側へと寄り爺の事を見つめた。爺は史実であれば半年以上前の時点で亡くなっていた筈なのだ。しかしどうだろう、俺の為に老骨に鞭打って西軍総大将となり、精魂振り絞り長く生きた。


俺は爺の様子を見て違和感を感じた。余りにも静かに寝ているのである。違和感を拭えなかった俺はすぐに脈を確認した。


「……息をしておらぬ……」


俺は動揺し、「爺!爺!目を覚ませ!再び余の為に……余の為に……誰か!誰かおらぬのか!爺が息を……」遂に涙腺が崩壊した。


直ぐに家来がやってきた。


「秀頼様如何なされ……利家殿!」


「医者だ……医者を呼べ……早く爺の治療を……」


「はッ!」


ダダダダダと駆けて行く家来を尻目に爺の胸元に顔を押しやり、唯々泣いていた。


暫くして利長や医者らがやってくると、爺の容態を見た医者が「永眠にございます……」と口にした。


俺は更に他の者の静止を聞かずに泣き続け、遂に深夜に入り泣き疲れ眠った。


翌朝になり、多くの者が花向けに爺の下へと訪れた。


俺は爺の言葉を思い出し、棚の引き出しの書を出し開封した。書には達筆な草書で大凡こう書かれていた。


『この書が開封されたことは、私めが既に亡くなっていることと思い候。私め亡き後、我ら軍勢は総大将を欠き、その団結に狂いが生じ必ずや、此れ分解す。願わくば、秀頼公の下知を以てこの戦に終止符を打ち、内府との融和を計が吉と思い候。この様な形で拾丸様と別れるのは、拾丸様にとって痛く辛いことであると思い候。今後の活躍を爺は期待して候』


俺は書を涙で濡らし、爺の言付け通り片桐且元を呼ぶと書を代筆させた。


『利家の逝去につき、之葬儀を執り行う。故に直ちに終戦し、上方へ参られよ』


等々書かれた書を西軍東軍問わずに、諸大名に送った。既に利家死亡の報せは戦っている者達へ送られている為、二日遅れて送られることとなった。


尚この報せが江戸征伐副隊に伝わるのは、関ヶ原の戦い終結後であった。

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