第25話『第二次上田合戦〜終結〜』

上田城を囲んだ徳川に対して、真田はこの前とは違った。今度の真田は奇襲してくることがなく、三日経ったのである。


〜秀忠本陣〜


「真田の奇襲に備えておりましたが、全く動きが見られませぬな」


「あぁ……正信。あの安房守の策には嵌まらぬと心に決めておったが、如何にすべきか」


「僭越ながらこの本多忠政。一つ策がございます」


「よし。申してみよ」


「此処は一つ。田を刈っては如何でしょうか?安房守は我らが退却していた間に田の刈りを進めていた様子。まだ終わっていない物を刈ってしまえば自ずと打って出るでしょう」


「左様か。兵も常に警戒している為に、疲弊してきておるしな。その策を採ろう」


真田に対して秀忠は、翌日に刈田を強攻することを決定した。


〜上田城内〜


「前権中納言殿はどう見るでしょうか」


「源次郎彼奴は必ず儂の策に乗ってくる。儂に間違いなどないわ」


「左様ですね。手筈は整っております。どれ程被害を出せるか……」


上田城より南部にある田畑の刈りは中途半端に残っていた。この中途半端に残された稲達は、当然のように昌幸の策略からであった。


秀忠らはまんまと罠へと足を踏み入れて行くこととなった。


翌日の早朝、陽が登り彼方が輝く中、早速徳川兵が刈田をしていた。


城内では多くの農兵が『我らの汗水垂らして育てた稲を勝手に刈られては堪らん!!』と暴走、将兵の静止を振り切って、徳川兵へと攻撃を仕掛けるまで至った。


勝手に飛び出た農兵ら三百余は、警戒していた徳川兵からの攻撃に遭い、蜂の巣にされてしまい瞬く間に殲滅された。


油断大敵とはよく言うことである。敵を簡単に殲滅せしめ、『真田って意外に大したことない?』と勘違いした雑兵やほんの一部の将兵らが浮足立っている頃、千曲川上流で動きがあった。


この時の千曲川は数日前の大雨により、水位が氾濫ギリギリに迄上がっていた。千曲川といえば暴れ川である。今回の大雨では奇跡的に氾濫することがなかった。しかし、更に水嵩が加われば、いつ氾濫するのかも不明瞭な程である。


この際上流には、昌幸が千曲川を意図的に氾濫させる為に、一部水を堰き止めていた。其れを真田家家臣出浦盛清に決壊させたのである。


それは既に氾濫しかけていた千曲川にとっては致命傷であった。水の轟音が上田一帯に響き、その後少し経ってから土石流が、刈田をしていた徳川兵の多くを飲み込んだ。


当然逃げられる訳も殆どなかった。秀忠本陣にて軍議を行なっていた諸侯は直ぐに異変に気づいた。


濁流に飲み込まれる雑兵の悲鳴。地面や濁流から鳴り響く音は、なんと例えるべきか分からぬ地獄の様相であった。


「退くぞ……飲まれる前に退けぇぇええ!!!」


と秀忠の怒声が本陣に反芻し、将兵は秀忠を外へ出すと、我先にと外へと出た。


真面に兵を纏めぬまま千曲川から遠く、台地に向かい避難していると、前方から軍勢が一つ現れた。


これは岩櫃城から退避し、上田城援軍へと回ってきた軍勢であった。


当然混乱した指揮系統。散り散りとなった軍団。そして逃げるのに必死であった雑兵や将兵。これでは単なる喰われる側の生き物に過ぎなかった。


喰う側の生き物たる真田増援は、一気に秀忠らに襲いかかった。またもや真田安房守昌幸の罠に簡単に引っかかった。


此れは当然大雨による増水などという幸運もあった。しかし、少し考えれば策を警戒する物であるが、上田城下での合戦が足を引っ張りまたしても、策に引っかかったのである。


浅はかとしか言いようがない。


こうして命からがら小諸城へとまたもや逃げ帰った秀忠は、兄結城秀康に上田城攻略にと、八千余りの兵力を譲り、上方へと進軍することをこの後採る。


秀忠の進軍後もまた上田城籠城は続くものの、秀忠の退却を以って第二次上田合戦の終結と後世ではされている。これは二千年代に入り見直しが進められているものの、まだ第二次上田合戦の終結は秀忠退却が主流である。


後年信繁により執筆された昌幸記しょうこうきにはこう記されている。


『我が軍大いに勝ち、徳川の死傷算なし。秀忠は退きて、秀康にその戦を譲る』


また徳川方の将校の書いた文書に於いてもまた、『我が軍大いに敗れ、死傷算なし』と残っている。

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