第21話『第二次上田合戦〜伊勢崎城の戦い〜』

城の明け渡しが約束されていた前夜、伊勢崎城には信繁の姿があった。


「此の砥石一帯の守備を申しつかった。あの前中納言秀忠を一泡吹かせねばならん……しかし同族の打ち合いは避けよとは……なんとも……」


月明かりに照らされながら、戦時の装いをした信繁は一言呟いた。




昌幸が秀忠を挑発した翌日の夕方、日の入りぎわの頃、地平線に太陽が半分だけ顔を出し、橙色に輝いている中、約一万の軍勢が伊勢崎城に接近していた。


「申し上げます!敵勢大凡一万の軍勢が近づいております!」


「敵将は何が見えるか?」


「はっ!信幸様に榊原、本多と思われます!」


「やはりか、兄上が先陣とな……左もあらん。では本多、榊原に対して夜討ちをかけよ。その後に城を放棄し、上田へと向かう」


櫓の上に立っている信繁は、兄の部隊が真っ先に迫り、大軍勢の敵兵が近づいてくる中、訳もわからぬ命を下したのだ。


家来たちが咎めるように問い詰めてきたのは尤もである。


「何故伊勢崎を、容易にお捨てになされます?」


伊勢崎城を捨てることは、今後外部から上田の本城を助成できないこととなり、また上田城攻めが始まれば、最も頼みとなる遊撃部隊となるのである。

 

この伊勢崎城の部隊がいる為に、徳川勢は上田には容易に攻め辛い。其れを体現するかの様に、一万もの兵を割いてまで、伊勢崎城攻略を敢行した程に、重要な拠点であった。

 

信繁は反対を唱える者達に対してこう続けた。


「兄上と戦する訳にもなるまい。しかし犠牲なしに捨てるのも癪だ。夜討ちを仕掛けた後は直ぐに上田へと引く。急げ」


夜討ちにより榊原、本多勢に打撃を与える事に成功した信繁は、迅速に兵を纏めた。


「山の尾根伝いにを抜け、上田へと参るぞ!駆けよ!」


信繁らは、既に上田へと引いていた部隊を追う様に急いでいった。この信繁が何故真面に戦わずして兵を引いたのか……先ず徳川方と戦うことに依り、真田側の戦力を必要以上消耗したくなかったことであった。元より徳川と真田の戦力差は圧倒的でありまともに戦い勝てる訳がないと言う訳であるり

 

とはいえ、最も最重要な理由は、徳川に於ける信幸の面目を保つ為であった。徳川家臣団の中では『家名を残す為、親子兄弟が敵味方に別れたのだ』と蔭口をしていた徳川の武将たちも多くいた。


其れが一転、伊勢崎城は無血開城とはいかないものの、夜討ちに会った数百の兵が犠牲になっただけで済んだのである。


之には、予想以上に少ない被害だけで、伊勢崎城を落としたことに、秀忠はたいそう喜んび「真田伊豆守はよくやっておる。素晴らしい」と褒め称えた。


また忠政も「さすがに、伊豆守殿じゃ」と姉聟の信幸を称賛してやまなかった。


こうして信幸は徳川内で多いにその実力を見直されることとなった。


尤も信幸は戦わず、被害は全て徳川家臣団であった。故にこんなので面目躍如になったのが、信幸には理解はできていなかった。

 

結果はいずれにせよ、上田攻略に向けた重要拠点、伊勢崎城は徳川の手に落ちたのである。

 

徳川勢は間もなく真田も降伏するであろうと、安直に考えるばかりであった。

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