第15話『田辺城攻撃』

伏見城が落ちるのと同時期に、丹後国田辺城もまた包囲されていた。


田辺城を守るのは東軍に属した、細川幽斎と忠興の弟幸隆、幽斎の甥の三淵光行みつぶちみつゆきらであった。


細川幽斎は息子忠興とは異なり、利家と対立した際に、家康屋敷に参陣していた。その会合の際家康が江戸で挙兵する意志を固めると、幽斎は己の下に参上した僅かな手勢と共に田辺城に籠城したのである。


丹後国田辺城を守るのは細川幽斎率いる兵、僅かに七百。


一方で攻める方は丹波国福知山城城主小野木重次、同国亀岡城主前田茂勝など、丹後、但馬の諸大名や、毛利高政、木下延俊ら豊後の諸大名率いる大凡一万八千であった。


当初西軍は開城要求を行なっていた。しかし幽斎は城を枕に討ち死にする覚悟を示し、之を拒否した。


「敵兵は僅かに七百。これであれば一週間程にて落とせよう」


「前田殿、長すぎよう。四日で落とそうではないか。そうは思わぬか小野木殿」


「前田殿の策を採りたいが、今は木下殿に同意ではある。どちらにしよ、総攻撃を敢行する他なし。なるべく早よう落とそうではないか」


この軍議の日の夜より、田辺城に対して昼夜問わずに砲撃が行われた。






一方で総攻撃より数日経った頃の京では……

後陽成天皇の御前の下に、八条宮智仁親王、三条西 実枝さんじょうにし さねえだ中院通勝なかのいん みちかつ、烏丸光広らが談議をしていた。


「前田方が幽斎率いる田辺城を囲うた模様どす。しかも総攻撃も仕掛けたと」


「実枝殿真か?余は数日前、幽斎に開城を勧めたけど、討死覚悟と謝絶され、『古今集証明状』を余に贈り、『源氏抄』と『二十一代和歌集』を朝廷に献上すと……」


「なんと智仁殿下の令旨を謝絶すとは……」


「通勝殿、残念ながら余は謝絶されてもうた」


「幽斎は当代一の文化人……実枝殿より古今伝授を相伝されとります。失うのんはえらい惜しいこと……」


「光広の申す通り朕も失うのんは惜しい。実枝、通勝、光広……勅使として前田方と幽斎に伝えよ」


当代一の文化人でもある幽斎は三条西実枝より歌道の奥義を伝える古今伝授を相伝されていた。


弟子の一人である秀頼の義兄八条宮智仁親王や後陽成天皇は幽斎の討死と古今伝授の断絶を恐れていた為に、こうした措置が取られたのであった……

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