第10話『年賀の礼』

爺は病をおしつつも、傅役として年賀の礼に出席をした。俺は爺に抱かれて、大広間の上座へと着いた。


本来此処でしゃべる予定はなかった。しかし話すには此処の場面しか他になかった。懐から書を出すと、


「諸侯の年賀の礼の出席に余も礼をす。余は此処に居城となる大坂城改修の天下普請を命ず。また御掟、御掟追加の厳守を厳命をす。之を破る者あらば許される事なし。心せよ」


ともう直ぐ六歳児とは思えない言葉遣いをした。但し発音はどうも子供らしかった。書には漢字をしっかりと使用した。精神年齢は二十五歳……仮名文字では読みにくいから仕方がないのだ。


諸大名には動揺が走った。俺は神童とこそ呼ばれていたが、此処まで物事を言える程成長をしているとは思いもしなかったからである。


五奉行にも動揺は走っていた。寝耳に水の発言であったからだ。五奉行はこの年賀の礼の後俺の元に集まり、書を見ることとなりまた驚いた。


これについて知っていたのは、爺だけであった。ただ爺もこの様な事を書き留めていたとは思いもしなかったのだが……


それから十日が経ち、大坂城へ傅役利家と共に入城した。伏見城には三河狸が代わりに入城した。


当初は思い直す様にと勧めていたが、諸大名の前で宣言した為に、俺の命に従って、五奉行は天下普請の方針を纏め実行に移していた。


既に歴史は変わり始めた。俺の知る歴史とは変わる事であろう。


天下普請では大坂城南部の防備を高める為の出城の建設が行われた。之にあたるのが真田昌幸を筆頭に信濃の大名である。真田丸を期待して役割を当てた。


また二つ目の総郭を作ることであった。この新たに作る総構えは、東西南北に二km広く取り、ぐるっと大坂城を囲う物である。西のみに関しては、更に延長し、大坂湾迄延ばすこととなる。


この総構えは主に三河狸や伊達、上野国、常陸国の大名に当たらせた。他にも各堀に架ける橋の建設も命じた。


また新たに大坂城下となる大坂湾沿岸部に港を作らせた。これは上杉を初めとした、奥羽諸大名に命じた。


この天下普請の目的は主に朝鮮出兵に駆り出された西国大名と違い、過度な財政負担を強いていなかった為、特に徳川の国力を低下させる狙いもある。


どうにか徳川の反骨心を抑えたいところなのだが……

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