エピソード⑷二人だけの時間

授業は進み、ついに午前12時の鐘が鳴る。


「さあ、急がなくちゃ」


花は立ち上がり、とある教室まで走った、この時間部活の長は、一つの教室に集まり今後の方針を話し合うのだ。


しかし、花は部長ではないので集まる必要は無かった。


教室にたどり着くと、そこには玲が待っていた。


「花、来たか」


「うん」


「じゃあ早速抜けだそう」


玲は、フェンシング部の副部長だ。本当はこの教室で話し合いに顔を出さなければならない人物だ。

しかし、玲はこの話し合いにメンツのために軽く顔を出すだけであり、その後は抜け出しているのだ。

花は、あるとき先生からの頼まれ物で偶然、抜け出そうとする玲に出くわし、久しぶりの再会をよろこんだのである。


それから二人は共犯者となり、玲が抜け出す際は、合流し、人が探しに来れない、使われていない東の旧校舎の踊り場で時を共にするのが常々だ。


きっと玲の友達でしっかり者のフェンシング部の部長である、

椎名 秋人は、カンカンであるに違いない。

秋人は、赤みがかった短髪で毛先はきれいにカットしており、玲と同じくらい背が高くこちらも中性的で端正な顔立ちをしている。玲が見目麗しい方であれば、秋人は少し目つきが鋭い方だ。


そして、二人が決まってするのは、他愛のない話だ。


最近のこと、友達のこと、部活のこと、クラスの担任の愚痴や、授業のこといろいろな話をする。


しかしとある日、昔のことを思い出した玲は、昔ごっこをやろうと言い始めた。


昔よくしていた遊び、それはおとぎ話ごっこだ。

継母の元さげすまれているお姫様、でもどんなことがあっても王子様が助け出し、二人はお互い幸せに暮らす。


お姫様は花で、王子様は玲だ。お互い昔を懐かしみながら演劇のように役を演じるようになっていた。


いろんなパターンがあり、狩人によって、手助けされたお姫様が、王子様に気持ちを打ち明けハッピーエンドになるという物語を演じたりもした。


玲は、誠実な王子を演じたりもして見せたが、時におちゃらけて笑いを誘って見せた。


お互い昔のように真剣にではなくふざけあって、ストーリーの結末を自由に変えながら物語を作っていった。


「こうしていると、昔を思い出す。花、楽しかったな」


「うん!」


王子役を演じる玲は、たくましく、もともと中性的な顔立ちがさらにまして魅力的に見えた。


-昔、その記憶は花にとってとても大事な記憶だ

それは、同じ桜の降る季節、淡い花びらが積もっていた公園でのこと


(玲はもう覚えていないのかも知れない-)


花の表情に陰りが浮かんだ。


「花、どうした?」

玲は花の表情が変わったのを読み取り聞き返した。


「ううん、なんでもない」

花はすぐに踵を返した。


「そうか」

玲は、花の表情の変化に腑に落ちていない気はしたが、短くそう返した。


「そういえば、もう最後の学年だね」

花は、場を変えるように他の話題を振った。


「ああ、そうだな」

もう、二人は高校三年生最後の学年となった。この校舎を巣立てばお互い新しい道を進むだろう。


「卒業したら何をするか決めてる?」

花はうつむいて訪ねた。


「さあ、決めてないな。でも新しい場所で新しいことがしたいな。どこか遠くにでもゆこうか」

玲は、あっけらかんとそう答えた。


花は、ちくりと胸が痛むのを感じた。


(そうか、卒業したら離ればなれになるんだ、この思いはもう届かない)


「ただ・・・」

玲は一言言葉を発した。


「ただ?」

花は不意なことに首をかしげて聞き返した。


「いや、なんでもない」

玲はしばらく何かを考えたあとそう踵を返した。

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