第3話 めぐみんは嫉妬する
日が西に傾き始めた頃、俺の肉体労働は休憩時間を迎えた。左官の才能を今日も遺憾なく発揮するアクアを尻目に俺は木陰に逃げる。引き籠もりに夏の直射日光はキツい。引き籠もり万歳。俺が呆けていると漸く休憩時間に気付いたアクアが俺の方に来て、
「さすがは引きニートね! すぐ休憩するんだから! この私を見習いなさい!」
などと叫んでいる。その声を聞きつけた大将がアクアを「じゃあ休憩時間返上で働いてもらおうか」と引き摺っていった。喚き声をいいBGMに俺は汗を拭く。そうしていると俺と同じように大将に雇われたらしい少女が全員に冷えた水を配っているのが目に入った。順番で俺の方にも来る。どうやら俺が最後のようでお盆を抱えたまま俺に話しかけてきた。
「あなたって……カズマさんですよね?」
「そうだけど?」
肉体疲労と暑さのせいでついつい返事がおざなりになってしまう。
「大丈夫ですか? さっきから辛そうですが……」
やはり疲労は出ていたようだ。
「今まで肉体労働をしてこなかったから響いてな……」
「それは厳しいですね……。もっといい仕事ができることをお祈りします」
そこから俺とその少女とは休憩時間が終わるまで話し込んでしまった。可愛い女の子と話すとは(欠点の多いあいつらを除いて)なかなか無いのでニヤついてしまっていなかったか心配である。
至福の時間を終え、俺は照りつける日差しの下で作業を再開する。ピッケルを握る俺の手はマメが潰れて日本にいた頃には想像もつかない程汚くなってしまった。腕はピッケルに更に鉛でも付けたかの如く思い通りに動かず、上半身の惰力を使うしかピッケルを上げる方法は無かった。暑さと共に肉体的に限界を迎え始めたその時、先程の少女と目が合った。間もなく、少女の唇が動いた。
(あと少し、頑張ってください!)
小さな腕によるガッツポーズと共にスキルでそう聞こえた。何故か体に力が漲ってくる感覚がする。あと少し、それなら頑張れる、と。
俺は最後の力を振り絞り、ピッケルをを振り下ろし、土砂を運び、働いた。今日の労働も終わり、お楽しみの給料の時間が来る。
今日もよく働いた。家に帰ってゆっくりしよう。
「わーーー! お昼休憩も働いたのになんであんな引きニートと同じ給料なのよーーー!」
駄女神が喚いているが気にしない。帰路に着く前に俺は後ろを見た。やはり少女と目が合う。明日も頑張ろうと俺は心に決めた。
◆◇◆◇◆
家に着いて、ベッドにダイブする。やはりお布団は裏切らない。
──コンコンコン
俺の部屋がノックされた。また駄女神が文句を言いに来たのだろうか。
「カズマ、カズマ、ちょっといいですか?」
声の主はめぐみんだった。
「めぐみんか? どうした?」
そっとドアを開けてめぐみんが入ってくる。今日の疲れでも癒してくれるのだろうか。
「今日カズマが働いてる時に話してた女の子、誰ですか」
想像と掛け離れた言葉に俺は唖然とする。
「へ?」
あまりにも意外すぎて言葉を失ってしまった。
「ですから、昼間話してた女の子ですよ。随分とニヤついていましたが」
「初対面だよ、たまたまバイトが同じだっただけだろ?」
事実をありのままに伝えたがなんだかクズ男になった気分だ。
「本当ですか? 本当に初対面なんですか?」
めぐみんが身を乗り出して尋ねてくる。狼狽えて、壁側に逃げた隙にめぐみんが距離を詰めてくる。
「本当だって!」
迫り来るめぐみんを宥めつつ、俺は答える。
すると、めぐみんは急に頬に血色を浮かべ、いじけた様に斜め下に視線を逃した。
「……カズマの魅力をちゃんと理解出来るのは……私だけなんですから……」
蚊の羽音よりか細く、俺の耳に入るのがようやくの大きさの声でめぐみんが言う。俺はハッとした。こんなにも愛おしいめぐみんという存在が居るのにも関わらず、俺は昼間何を考えていただろうか。確かに俺は初対面でもあの少女が俺を知っている可能性は高い。ベルディアの一戦から俺たち四人は少しずつ有名になりだした。それを聞いて俺に惚れる
「ごめんな、めぐみん。悪かった」
俺は素直に謝った。そしてめぐみんを抱きしめる。力は入れず、優しく、そっと。めぐみんも応えて腕を回してくる。時は緩りと流れる。しかしその時は慌ただしい足音に遮られる。
ドタドタドタドタ、バァンッ!
アクアが礼儀もへったくれもなくドアを開け放つ。
咄嗟に俺たちは離れたからか、アクアが鈍感だからか、俺たちは九死に一生を得た。
「カズマ! この麗しい女神様がお金に困っているんだから手を貸しなさい!」
昼間の給料をもう使い果たしたのだろうか。今本当にどうでもいいことを言ってくる。
「昼間の給料あるだろ。それで何とかしろよ」
「昨夜飲んだツケで全部取られたのよー! カズマが意地悪言うー! わー!」
「お前のせいじゃねえか!」
訳の分からないことを叫んで来るので正論で返し、部屋から蹴り出す。
ようやく邪魔者も居なくなったところでめぐみんが俺に寄ってくる。
「カズマ、ちゃんと私だけを見てくれますか?」
「もちろん」
その言葉の出た刹那、めぐみんが飛び込んできた。たった布二枚を隔てて温もりが伝わってくる。じんわりと、ふんわりと。腰に回された腕の力が少し強くなる。壁にもたれ掛かる俺に跨っている形なのでめぐみんを包み込んでいるようだ。
「今夜は沢山甘えたいです」
「分かった」
満月がちょうど南を過ぎ、西に傾き始めた頃、めぐみんが物音を立てないように俺の部屋に入ってくる。暗闇に紛れ、俺のベッドにするりと忍び込んで俺の胴に腕を回す。月明かりのみを頼りに耳元に顔を近づけ、「きす、いいですか?」と蕩けたような表情で囁いてくる。断る理由もなく、ゆっくりと首を縦に動かす。この異世界の月は明るく、影がよく見える。つまり、影が重なるのがよく見えるということも言うまでもない。穏やかで淡く、甘い時間が長く、しかし速く流れる。ただ二人だけの秘密の時間だ。誰にも邪魔はされたくない。薄らと瞼を持ち上げれば今にも爆烈しそうな程、桃色染まっためぐみんの顔がそこにある。愛する人の愛おしい姿に俺はめぐみんを抱き寄せる。めぐみんが何か期待を孕んだ眼差しでこちらの瞳を捉えて離さない。離すまい、という強い意志さえ感じさせてくる。期待に添いたかった。しかし俺はヘタレだった。最後の最後にヒキニートが発動する。めぐみんは横向きの重力の中首を傾けている。期待を溶かし蕩けた目で。
(ごめんな……)
心の中で幾度となく謝罪を陳列するも足りない、その上無意味だ。
俺は鈍いフリをして、もう一度だけ、そっと優しく唇を触れさせた。めぐみんは少し視線をずらし、不貞腐れる。誤魔化すように幼児を寝かしつけるように頭をポンポンと撫で、共に寝落ちようと試みる。蕩けていためぐみんの目は睡魔にも溶け始め、軈て小さな寝息とともに瞼を閉じた。それを確かめ、俺も夜の闇へ意識を落とした。
◆◇◆◇◆
翌朝、目を覚ませばまだ横にめぐみんが寝ている。昨夜と同じように頭を撫でていると少しずつめぐみんも目を開く。
「おはよ」
短く挨拶をすれば、めぐみんもはっきりとした意識を徐々に取り戻し、
「お、おはようございます……」
と、小さく返してくれた。
「昨日のこと、ちゃんと覚えていますか?」
と問われたので、ちゃんと覚えている旨を伝える。それを聞いためぐみんは、
「これからはもう、他の人に目移りしちゃいけませんよ?」
と釘を刺してからリビングに降りていった。
爆裂した愛のカタチ 赤羽 椋 @RYO_Akabane
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