2話,私の活動日誌

 「とうっ!」


 見事な乱回転で、ゴールポストの網へとサッカーボールが吸い込まれていく。

 太陽ががんがんと照らす中、体育のサッカーの時間だ。暑いのは嫌いだが、運動は嫌いじゃない。


 掛け声一番で先制点を決めた紬は、天に向けて拳を突き上げガッツポーズ。その戦果に女子達からの拍手が巻き起こる。


 「すごーい……!」「どういう運動神経してるのかしら?」「機敏きびんね……」「まるで男子の動きみたい」「凄すぎでしょ」など、多種多様な声が外野から上がっている。


 それに呼応するように、外野に向けてダブルピースして見せた。



 「運動神経だけは良いんだから」


 つむぎの試合が終わり、一時の休憩時間。その間でも、大親友の三日月城八宵みかづきしろやよいは話しかけてくる。

 不愉快だと思ったことはない。寧ろ、話すことができて嬉しく思う。


 しかし、運動神経だけは良いとはこれいかに。


 「えぇー、それじゃあ私が運動以外が出来ないみたいだよ?実際問題取り柄がそれしかないんだけどさ」


 「あっさり認めたわね」


 「逆に、やよちゃんは運動できないよねー。ま、まさか……胸のち・が・い?」


 噛み締めるように言葉を紡ぎ、八宵の豊満な胸を見やる。瞬間、敗北感が募りに募る。

 多分、下に視線を向けても地面は胸が邪魔で見えないのだろう。紬は余裕で地面が見えるけど。


 「身長は?」


 「百五十四……だったかな?」


 「ふーん……可愛らしいわね。その身長だったら、そんな胸でも気にならないわよ」


 「慰めてくれてるの?それとも私をけなしてるの?」


 頬を膨らませて、胸の論議に花を咲かす。

 その間にも試合は進んでいき、遂に八宵の番になってしまった。程々に頑張れと念を贈っておこう。


 胸の前で拳を握り締め、気合い十分といったところ。


 勿論、その後の試合はボロボロの泥仕合どろじあいとなった。



*****



 運動は好きな方だ。でも、勉強は好きになれない。

 先生の話している言葉全てが泡のように消えて無くなるからだ。決して聞き耳を立てていないわけじゃない。

 昔から、頭を使うことが嫌いで、自然と脳が拒否反応を起こすのだ。だから、仕方のないことと割り振っている。


 しかし、中三ともなれば高校受験が控えるわけで、勉強せざるを得ない。とても不服だと、常日頃から紬は思っている。


 「はぁぁ……疲れたよぉ。癒しが欲しいよぉ、やよちゃーん……」


 机に突っ伏した姿勢で、頭から煙が出ていた。助けを呼ぶのも納得のようだ。


 「はいはい、よく頑張ったわね。学校は終わったけど、まだ部活があるから、それも頑張りましょ」


 嘆息一つして、紬を宥める。

 これはもう、放課後の作業の一環として成り立っているレベルだ。


 「そういえば、なんで運動部に入らなかったの?」


 当然と言える疑問が浮上する。

 紬と八宵が所属している部活は、運動部ではなく文化部だ。八宵はわかるが、運動神経抜群の紬がどうして文化部に入ったのか。

 突如として気になり、紬に訊く。


 しかし、当の本人は首を傾げるだけで、無意味な見解を表示している様子だ。


 「私は運動は得意だけど、のめり込むくらいではないかなぁ、と思って」


 えへへ、と照れ臭そうに笑みを溢す。


 「それに、大親友のやよちゃんが入った部活だよ?皆に言ったら友達に合わせるなーとか言われるかもだけど、私はそれでも一緒に入りたかったから入ったまでだよ!」


 鼻息を荒くして、いつの間にか立ったらしく、眼下に紬の顔が近付いていた。

 放課後で、既に誰も教室には存在しない。もし見られていたとしたら、誤解されそうな距離感だ。


 「よし、お姉ちゃんが何か奢ってあげるわ!」


 「おぉ……!本物のお姉ちゃんみたい!」


 黒瞳をきらきらと輝かせ、姉み溢れる八宵に眼福する。


 「あ、先輩達ここにいたんですか?いつまでも来ないから探しましたよ。本当は探してませんけど」


 廊下に繋がる扉が意図なく開かれ、先輩と尊敬とも軽視とも言える言葉を発した彼女が入ってきた。

 茶色に染まった短い髪が印象的で、小柄な中学二年生の彼女は、猪坂永遠いのざかとわ。同じ部活動の仲間だ。


 「まさか、同性なのに教室で逢瀬おうせ……⁉︎」


 「そ、そんなわけないでしょう!まだ部活って、始まってないわよね?」


 「はい、そうですね。でも、今日は肝心の一年生勧誘活動ですよ?早くもう一人勧誘しないと、廃部になっちゃいますよ?NTS部」


 「あ、そうだったよ!こんなことしてる場合じゃない!今すぐ勧誘にっーーー」


 「もう一年生は下校しましたけどね」


 滂沱の如く走り抜けようとした矢先、永遠の発言によって動きが瞬時で止まる。まるで、一瞬で石像にでもなったみたいに。


 「くぅ……やられたぁ。こうなったらやけ食いだぁ!皆付き合って!」


 「また明日もあるんですから、気に止むことないですよ。私は本当に妬んでますけどね」


 「す、すみません」


 しょんぼりとする紬を放っておき、永遠は腕を頭の後ろに回し、教室を出て行く。

 下級生に言い負かされる三年生とは、上下関係が複雑極まりない。しかし、永遠なりの尊敬の眼差しがあるもので、廊下を歩く永遠の口角は上がっていた。


 「本当に、面白い人たちぃ」



*****



 「お、来てないと思ったら、新入部員来てたのか」


 校舎の東側の三階の奥の物置部屋とも呼べる教室。普通の教室とは一辺を隠し、半分程度の広さしかない。

 そこには申し訳程度の長机と、仕切り板が貼ってあり、思いの外狭く感じる。

 そして、椅子に座って眠りこけている女子生徒が一人。


 「寝てるし……なんなんだこいつ」


 「すぅ……すぅ……ん?……ふぁああ……私、寝てたかも。……いや、寝てないかな」


 「思いっきり寝てましたけど」


 目が認知できない程、黒い前髪が伸び切っている。髪を整える気がないのか、ボサボサで四方八方に毛髪が入り乱れていた。目尻は垂れ下がり、今にも眠ってしまいそう。

 リボンの色からして、一年生に違いない。


 「変な奴が入ろうとしてるなぁ。今に始まった話じゃないけど」


 「しっつれいしまーす!私、仁科紬!参上しましたー!」


 扉を豪快に開け、手を前に突き出して紬は自己紹介兼点呼の意味合いも込めて入る。

 その後ろには、会釈で挨拶をする三日月城八宵の姿もあった。


 「わぁ、勧誘活動してないのに、来る人は来るのね」


 「そう思って、私がポスター作成しときましたよ。本当に面倒くさかったですけどね」


 「やったぁ!もしかして入部希望?よろしく!私、仁科紬!こっちはやよちゃんで、こっちはとわちゃん!あなたは?」


 二人を後方に残し、勝手に話を進め出す紬に呆れるが、フレンドリーじゃないよりはましだろう。

 彼女は椅子に最大限もたれながら、話し出す。


 「どっちが先輩……ですか?」


 二人を見比べているようだ。その二人は勿論、紬と永遠。

 背丈は紬の方が小さく、天真爛漫な彼女から想起して、永遠の方が紬より年上だと思ったのだろう。


 「こっちが先輩。私、こう見えて後輩。中二。で、中三」


 指差しを交互に繰り返しながら、諭【さと》すように永遠が説明していく。


 「なるほどです。先輩とは思わなかったですねー……あ、はい。私の名前は相野光あいのひかりです。この部活に興味があったっていうか、名前が気になったので」


 三者三様の納得。なるほどと言わざるを得ない。なぜなら、他の部活動と違ってローマ字なのだから。


 「そう!それが狙いなのであーる!NTSは略称で、本当の名前は“何でも”“助けま”“す”なのだよ!」


 逡巡する三人を無視し、とても意味不明な部活動の名前を宣言した。


 

 

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私の吸血鬼ライフ! 黒丸あまつ @haya6214

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