本題に入るまでが長いのが「フォンテーヌ家」
サヴィ様とのお話を終えた私は、イリヤに呼ばれて客間まで来た。
この一言に、どれだけの情報量が詰め込まれているのか。誰も想像できないと思うの。
例えば、サヴィ様とのお話がほぼ無言で結局何も発展しなかったこととか、その無言に耐えきれなくなった彼が急に「このバラはベルに似てる!」と部屋に残されたバラを手に取り良くわからないことを言い出したこととか。それに便乗した私が「では、この形の良い葉はサヴィ様ですね」とか、これまた良くわからないことを口にして「よし、このバラを持ち帰って栞にしよう」という流れになったとか。そのバラは今、クラリスの手に収まっているわ。
今思い出すと、恥ずかしい。あの時の私は、何を考えていたのかしら……。
まあ、とにかく私はイリヤとサヴィ様……どうしてもついていく! と言って帰らなかった……と一緒に客間へと向かったの。
「ラベル様、お待たせしてしまい申し訳ございませんでした」
客間では、ラベル様がアランとフォーリーに囲まれてお茶をお飲みになっていた。
聞いたところ、私が倒れてすぐ来たとか。今まで帰らずにずっと待っていたというのだから、申し訳ないわ。こういう時は、一旦お帰りになっていただいて、後日私からお伺いするのが筋なのだけど……。
「べべべべべべベル様っ!? あ、え、えっと、その、もも、申し訳ございませんでした!!!」
「……え」
ラベル様は、私の姿を見るとすぐに持っていたカップをテーブルに置いてこちらに向かってスライディングするように土下座を披露してきた。そのスムーズすぎる動きに、私の思考は完全に止まる。これは、どんな反応を求められているのかしら? 「べ」が多いって突っ込むべき?
良くわからない私は、イリヤとサヴィ様に助けを求めるため後ろを見た。すると、何やら不穏な空気が漂っているじゃないの。
「おい貴様、そこで土下座する意味をわかっているのか」
「え、えっと、ベル様の一番近くで謝罪の気持ちを……」
「そうか。騎士団の奴は、婚約者が目の前に居るご令嬢のドレスの中を覗くのが趣味なのだな」
「ヒッ……! そ、そんなことは!」
「ならば、今すぐ退け。半径10mは離れろ」
「ははははははははいぃぃぃ!!!」
「それじゃあお話ができませんから、どうぞお座りになってください。それに、謝罪をするのは、お待たせしてしまった私の方ですわ」
なぜかサヴィ様が、気迫に満ちた表情でラベル様へと突っかかっている。ドレスは床につくほど長いから大丈夫なのに。
それに、半径10mってどのくらい遠いの? 客間の端と端で、ギリギリ10mあるかないかってところかしら。
本当に遠ざかろうとするラベル様を慌てて止めるけど、あまり効果はないみたい。
「と、とんでもございません! 私が遅かったばかりに、ベル様が誘拐されてしまいまして……」
「どうして、ラベル様のせいなのですか?」
「あ、え、えっと……」
「私が勝手にあちこち行ってしまったので、ラベル様がお気になさるようなことはございませんわ」
「……ああ、ベル様の優しさは、先代まで語り継がせていただきます。ありがたや」
と、今度は合掌されてしまったわ。ラベル様は面白いお方なのね。
でも、とりあえずソファに戻って欲しい。じゃないと、私も座れないから。お客様よりも先に……それも爵位の高いお方を前に、私が先に座るわけにはいかないもの。
「そうだぞ、ベルは優しい。誰よりも優しい!」
「イリヤもそう思います、ふふん」
それに、外野もすごい。
特に、サヴィ様とイリヤがこれでもかというほど誇らしげな表情になっている。普通のことを言っているだけなのにな。……もしかして、ベルとしてだと普通じゃない?
自分の発言に不安になっていると、ラベル様が立ち上がってやっと少し距離を保ってくれた。でも、相当思い詰めた表情をしてるわ。彼が悪いわけじゃないのに。
なんて。そこで終わりじゃなかったわ。
「しかし、ベル様のそのお怪我は私にも責任があります。私も、伯爵家の長男。その時は、しっかり責任を取らせていただきますのでっ!」
「責任、とは?」
「はい! ベル様を私の婚約者としてお迎「そうかそうか、ベルが生涯困らず暮らせるよう金銭を包むというのだな? 感心だ。なあ、イリヤ」」
「そうですね。「責任」なんて言葉を使ったので、イリヤは指を詰めるのかと思いました。ねえ、ラベル」
「ヒッ!? え、あ……」
「と、とりあえず、座りましょう! そうしましょう!」
こんにゃく? こんにゃく芋のことかしら?
あれ、結構お腹が満たされるし、量産できるから良い食物よね。土もさほど選ばないし。でも、低温に弱いから冬はダメなの。保存方法をちゃんと決めておかないと、芋が大きく育たないし、美味しく食べられなくなるから注意が必要なのよ。
なんて思っていると、サヴィ様とイリヤがにこやかな表情……でも、目は笑っていないわ……をしながら脅迫めいた言葉を吐き出してきた。
こんなところで血でも見せられたらたまったものではない! 今のラベル様なら、やりかねないもの。
私が慌てて止めると、再度「ありがたや。この御恩は先代まで〜」って再度合掌されたけど、まあこのお方はそういう人なのかなって思いましょう。突っ込みきれないもの。
***
「では、早速ですが本題に入らせていただきます」
「お願いいたします」
本題に入ったのは、お互いが座ってから10分後だった。
その10分で、私サイドの威圧感が酷すぎたので数名退出していただいて、客間には3名……ラベル様とイリヤと私というメンバーだけになったの。
本当は、お茶係としてアランを残そうと思ったのだけど、イリヤが残りたいって言ってね。元々彼女がラベル様の上司だったことを思い出して、残ってもらったわ。今は、ソファに座る私の後ろで待機してくれている。
サヴィ様は最後まで「残る!」と言い張っていたのだけど、クラリスの「バラの栞を作るのでしょう? すぐお作りにならないと、枯れてしまいますよ」の言葉で「帰る」と言って本当に帰ったみたい。クラリスはすごい。
「最初に、ベル様はなぜ犯人……ジェレミーに遭遇したのでしょうか」
「お答えしますわ。外部対応窓口で順番待ちをしていたのですが、そこに花束を持った男性が横切りました。バラにかすみ草、それに、ジャカランダの花束です。そのチグハグな色合いが目に止まり、気づいたら中庭を歩いていました。その男性は、立ち止まることなく牢屋に入ってしまわれて……。私もその後を追って牢屋への階段を降りてしまいました。ごめんなさい」
「なるほど。しかし、牢屋には関係者以外立ち入りできませんよ。門番で止められるでしょう」
「いいえ。見た限り、門番はいませんでした。下まで階段で降りられましたし」
「え、下にも監視役が居るはずですが……」
「いいえ。収容されている罪人しかいませんでしたわ。一番近くの牢屋には、ジョ……グロスター伯爵の長男でした? あの、騒ぎを起こした方がいらっしゃって、私のことを「アリス」と呼んでおりました」
危ない危ない。この辺りは、本当のことを言ったら私の正体がバレちゃうわ。フォンテーヌ家に迷惑をかけるつもりはないから、ちゃんと辻褄の通るような嘘をつかないと。
私が話すと、記録を取りながらもラベル様の眉間に力が入っていくのが良くわかる。……嘘がバレていないと良いのだけど。
心配になっていると、後ろからイリヤが両肩を掴んでくる。その体温は、「安心して良い」と言ってくれているよう。何かあった時は、彼女がフォローしてくれるみたい。頼もしいわ。
「……そうでしたか」
「あの、何か」
「いえ、なんでもございません。それより、牢屋まで降りてその後どうなったのか教えてください」
「はい」
私は、階段を降りる途中で前に居た人物が居なくなっていたこと、グロスター伯爵の長男と会話をしていると急に鳩尾に痛みを感じそれから気づいたら身体が揺られていたことの話をした。
ジョセフお兄様との会話は話していないけど、聞かれていないから答えなくても良いわよね。
ラベル様は、先程の怯えが嘘のように真剣な表情になって私の言葉を記録していく。
「なるほど。牢屋に降りたことは感心しませんが、貴女の証言で牢屋の管理体制に関してガサ入れができそうです」
「お役に立てて光栄ですわ」
どうやら、その牢屋の管理体制に彼らも疑問を抱いていたみたい。私の話を聞いても驚かずに、深刻な表情をしているってことはそういうことよね。
私は、その後も差し支えない程度にラベル様からいただいた質問に答えていった。
ジェレミーとマクシムの容姿確認、性格、所持していた武器など、細かい部分まで聞き取っていったわ。幸い、ジョセフお兄様との会話を突っ込まれることはなかった。良かった。
これからは、ちゃんと大人しくしていないと。
「でも、注意してくださいね」
「はい?」
「王宮の係の者から、牢屋の管理体制は十分だったと反発されているんです。もし、ベル様が「居なかった」と証言すれば、反発している人たちは貴女を良く思わないでしょう」
「あ……」
そっか、そうだよね。
これから大人しくしても、こうやって証言した事実は残る。調査記録を見て、証人である私の命を狙う人がいるかもしれない。ラベル様は、それを言ってくださっているってことでしょう?
確かに、王宮を守る元老院たちは「証拠隠滅」すれば良いと思っている節がある。だから、彼らに逆らう人はいないし、そもそも裁判でもなんでも勝って当たり前と思うような人たちよ。アリス時代にも、それで何度苦労したことか。
見つからないようにしないと。
「大丈夫、イリヤが守る。それに、ラベルが情報を開示しなきゃお嬢様が証言したことはわからないでしょう」
「はいぃぃぃぃ。墓場まで持っていかせていただきますっ!!!」
「……そこまでは良いけどさ」
相変わらず、私の両肩にはイリヤの手が添えられている。そして、「守る」と口にしたと同時に、そこに力が入った。
でも、私は極力イリヤを前線に立たせたくない。だって、彼女には剣よりもフォークを持って甘いものを頬張っている方が断然似合うから。
私は、イリヤに向かって無駄に敬礼しているラベル様を見ながら、改めて自身の身勝手だった行動を悔いる。
***
「まさか……」
「おーい、シエラ!」
鉱山の発掘場に入って、数分間の出来事だった。
今まで、一番後ろを歩いていたシエラがいつの間にかいなくなっていたんだ。名前を呼んでも、もちろん返答はない。
入り口からここまで、一本道だった。途中で逸れることは、天地がひっくり返ってもありえないのになぜ……。
「居ないなあ」
「……馬車をくくりつけている場所に戻っているのかもしれない」
「きっとそうだな。あいつ、馬大事にしてたし」
俺とヴィエンは、互いの意見に頷きながら、早足で馬車のところまで戻る。
どうか、奴が居ますように。
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