アイロニカルアリス&ベル
「これが、覚えている限りでの私の最期のお話」
「……そう」
「あー、恥ずかしい! 黒歴史すぎる」
話し終えたベルは、再び私の隣に座ってきた。
思った以上に情報量が多く、私の頭は爆発寸前。横に居るベルの表情なんか気にしてる余裕はない。
思った通り、サルバトーレはベルを嫌ってはいなかった。むしろ、好いていたのね。
バーバリーが飾ったお花は、オレンジのチューリップ。それは、「照れ屋」という花言葉を持っているの。もしかして、バーバリーは隠れて人間観察をするのが趣味なのでは?
それに、アインスがサルバトーレを疑っていた理由もわかったわ。目の前で渡されたペリエを飲んで倒れたんですもの、そう思って不思議じゃない。あれから、何がどうして態度が急変したのかはわからないけど。
それに、以前言っていたベルと私の共通点って、死因じゃなくて毒の種類だったってことで良い? てっきり、ベルも他殺なのかと思ったわ。
でも、話を聞く限りそれはない。命の危険があるのは、ベルじゃなくてサルバトーレだったのね。
「失望した?」
「どうして?」
「だって、自己陶酔して突っ走って死んだのよ。残された人たちのことも考えずに。今思えば、とんだ親不孝者だわ」
「結果はそうだとしても、その場に居なきゃわからないことはあるわ。私だって今思えば、どうしてあんな怪しい朝食の場所を不審に思わなかったのかってなるもの。私も、生きてることに疲れていたのかもしれないって考えちゃうわ」
あの日、いつもとは違うことに気づかなかった私ではない。
自室で朝食を食べるのが日課だったのに、その日だけ着飾って家族と朝食だなんて。しかも、お客さんも来ない状態で。
グラスだって、いつも透明なのにあの日は青い半透明のものだった。あれは、毒を隠すためって考えたら自然だわ。
それに、あのドレスは私の死装束だったのね。私ったら、アレンに「お似合いです」って言われてはしゃいでた。
いえ、待って。ということは、アレンも私を殺す計画に加担していた? その可能性だってゼロじゃない。ハンナもジェームズも、……料理番のメアリーだって全員。特に、メアリーなんて毒を入れるのに最適な立ち位置じゃないの。
「……私って、家族と領民だけじゃなくて、使用人たちにも邪魔だと思われていたのかな」
「どうして?」
考えれば考えるほど、あの出来事は家族だけがやったことではないと思える。
だって、お金にしか興味のない人たちが、毒を購入する? 誰かにもらったとしても、それを売ってお金に変えるくらいのことはするような人たちよ。きっと、使用人も関わっていたに違いない。もしかしたら、領民長だって。
私は、その考えをベルに聞かせた。すると、
「うーん、確かにね。でも、アレンはあんたの名前を必死になって呼んでいたのでしょう? こっちに向かって走ってきていたし」
と、まるで最期の光景を見たかのように返事をしてきた。
「……え?」
「え? 何よ」
「え、ま、まさか、私の記憶覗い、た、り……」
「ああ、言ってなかった?」
「聞いてない!」
「痛っ!?」
ベルは「ごめんごめん」なんて言いながら、私に向かって手を合わせてくる。そんなんで許すと思っていたら、大間違いよ!
拳を固めた私は、勢いよくベルの頭を狙った。
「暴力反対! 別に良いじゃん。あんたが起きてる間は暇なんだからあ」
「え、もしかして、寝てる時は身体入れ替わってたりする?」
「しないしない。魂の入れ替えなんて、そうそうできないわ。私の居場所はここだけ。誰の身体にも入れない、彷徨う魂でしかないの」
「良くわからないけど、そういうもんだって信じるわよ。でも、覗きはダメ」
「元々、それ私の身体でしょう? 家賃だと思って、諦めなさい」
「……それを言われるとなにも言えないわ」
「同じ毒を飲んだ同士、仲良くしようよ」
「嫌な同士」
「まあね」
この空間に居ても、痛覚はあるのね。ないと思っていたから、ちょっと申し訳……いやいや、勝手に記憶を覗かれるのだって結構大打撃。心が痛い。
私、自分の婚約者に結構恥ずかしいお手紙出していた気がする。「一緒にハーブ育てませんか?」とか今思えば将来の侯爵相手に言って良い内容じゃなかったわ。もっと甘いささやきでも残しておけば……いえ、それもなんだか違う!
そういえば、私の婚約者って今何をしているのかしら? 破談になって、別の伯爵令嬢とよろしくやっていれば良いのだけれど。
「まあ、とにかくその辺は確かめてみたら? イリヤが調べてくれるわよ」
「あまり危険な目に合わせたくないわ」
「良く考えてみなさい。この世に毒の種類がどれだけあると思ってるの。その中で、私とあんたは同じ毒を摂取してる」
「……偶然ってこともありえるわよ」
「そういえば、あんたのお兄さん。鉱山を発掘したとか? 領地の外れで、人が住んでいないところだとか」
「な、何が言いたいのよ」
ベルは、またしても何かを知っているのに口を開いてくれそうにない。彼女と話していると、国史のお勉強でもしているような印象を受けるわ。伝承だけで、何があったのか知れって言われている気分。解釈は自由って言いたいの?
私が質問をすると、いつも通りのニマニマした表情に戻った。さっきまでのシュンとしたベルは、どこに行ったのやら。本当、皮肉屋ね。
「あんたの父親を見た時に、「騙された!」って叫んでたのよ。鉱山がどーのって。これって、何かのヒントにならない?」
「……どうしてそういう大事なことを黙ってるのよ」
「あまり話しすぎると、この世界と現実世界の釣り合いが取れなくなって私が消滅するの。でも、今回は私の話を茶化さずに聞いてくれたから、そのお礼ってことで」
「え、消え……?」
「反応するところそこなの? 変なの」
「だって、消えたら寂しいもの。終わったと思ってた人生を繋いでくれた貴女のこと、これでも感謝してるのよ」
「……知らなくて良い現実を知ることになっても、あんたは私に感謝し続けられるの?」
「え? ……あ」
来た、この感覚。
重心が下に向き、それでいて、上を目指しているかのような錯覚を起こしてくる何かが来たわ。
それは、酷い馬車酔いをした時にとても良く似ている。
嫌だ。まだ、ベルと話していたい。
ずっとずっと、ここでベルと。他愛のない話をして、笑って。
「……私、あんたのこと全部わかってるつもりはないけどさ。それでも、あんたが誰よりも他人のために行動して未来を変えようと必死に生きてたあの時間、私は否定しないから」
「ベル……」
「あんたは家族を愛しすぎてる。だから、言いたいけど悪口は言わないでおいてあげる。私も、家族を悪く言われるの嫌だから気持ちわかるし。……無理はしないでね、アリス」
「ベル!」
一瞬だけ、ベルの後ろに大きな影が見えた。
でも、それは本当に一瞬だけ。そう思った瞬間、私の視界は大きく歪み光の中へと誰かに押し込まれていく。
「……ベル」
ベルが私を呼んだ理由は、パトリシア様のことだけじゃない気がした。
なぜか、そう思ったの。
***
「……?」
目を開けると、いつもの天井が見えた。シャンデリアのような派手なものはついてないけど、真っ白で安心する。ということは、誰かが寝室に移動してくれたのね。悪いことをしたわ。
サイドテーブルの時計を見ると……あれから、数時間しか経っていない。
上半身を起こすと、予想通り寝室だった。
でも、流石の私でもこれは想像できなかったわ。「フォンテーヌ家だものね」では済ませられない。
「……何これ」
首を動かし見渡す限り、部屋中にバラの花が敷き詰められていた。
それも、目が覚めるような真っ赤なバラが。
赤いバラが好きな私でも、流石にこれは引くわ。というか、こんな量のバラをどこから調達してきたの!?
「!?」
その光景に呆れていると、入り口の開け放たれたドアから陶器の割れたような音が響いてきた。驚いてそちらを向くと、私を見て固まっているサルバトーレが居る。何を落としたのかは……バラの花で見えない。
サルバトーレは、肩を震わせ片手で口を覆い、それでも、視線はバッチリこちらを向いていた。よくもまあ、あそこまで目を見開けるなあと感心していると、その瞳から大粒の涙がこぼれ落ちてくる。
「え、ちょ……サ、サルバトーレ様?」
「ベル……。お、起きたのか。起きたのか、ベル。え、夢? 起き?」
「お、おはようございます。サルバ、トーレ、様……」
「うわあああああああ。グラ゙リ゙ズぅぅぅぅぅ」
「!?」
と思ったら、その場で号泣し始めてしまったわ。
声を出して泣きながら、侍女の名前をダミ声で呼んでいる。……と、同時に、クラリスとイリヤが猛スピードで部屋の前までやってきた。遅れて、アインスも。何この、ハイスピードな展開。
その奥からは、「ベルウウ! パパとママも居るからなああ!」と「旦那様、奥様! お仕事が溜まっております!」という声も聞こえてくるわ……。
しかも、イリヤとアインスは、このバラの大群を物ともせず部屋の中に入ってくる。どこかに、隙間でもあるの? 目をこらしても、それは見つからない。
「お嬢様、ご体調は!?」
「だ、大丈夫……。その、ごめんなさい。運んでいただいたようで」
「無事ならなんでも良いのです。脈だけ測らせてください」
「お願い、アインス」
よく見ると、アインスの手にはいつも通り白湯の入ったグラスが握られている。
最近は、白湯が一番好きだわ。これを飲むと、生きてるって感じがして。
ちなみに、脈を測っている最中も、ドア前でメソメソとするサルバトーレが視界の端にチラチラと入ってくる。結構気が散るわ、あれ。
そう思いつつそちらを見ると、サルバトーレと目が合った。心配してくれてあの態度なのかなって思って、ニコッて笑って見たのだけれど。余計泣いてしまわれたわ。逆効果だったかも。
その下では、いつやってきたのかフォーリーが粛々と彼が落とした何かを拾っている。無論、バラでよく見えない。
「脈は正常です。お熱も……ございませんね。どこか、調子の悪いところは?」
「特に。寝たらスッキリしたし、手足も動くわ」
「左様ですか。しかし、本日はこのままお休みになられてください。直近で色々ありましたし、身体がお疲れになられているのかと思われますので」
「わかったわ、ありがとう。サルバトーレ様とお話する分には構わないかしら」
「ええ。ガウンか膝掛けを羽織ってくだされば、いくらでも。お寒いでしょう」
その言葉と同時に、イリヤがサッと真っ赤な膝掛けを羽織ってくれた。温めていたのかな? って思うほど、それは温かい。
それに、なんだかイリヤの態度が柔らかいわ。サルバトーレが居るのに。
私が眠っている間に、何かあったの? 貴女も、彼が無害だって理解したの?
「サルバトーレ様、お嫌でなければここでお話しませんか?」
「い、良いのか?」
「ええ、どうぞお入りください。ご心配をおかけしまして、申し訳ございません」
「こ、婚約者だからな! 心配くらい……心配、くらい」
「な、泣かないでくださいまし! 私は元気ですので!」
サルバトーレは、いまだに入り口でメソメソと泣いていた。
もっと早く気づけば良かったのだけれど、私の許可がないから部屋に入らずそこにいたのね。ポーカーフェイスのクラリスと並んでいるから、余計サルバトーレの泣き顔が目立つ。
私はただ、ベルとお話していただけ。体調が悪くて倒れたわけじゃない。
なんて、理由が言えないから余計申し訳ないわ。
「なお、以前ベル様がお倒れになり目覚めなくなってから、サルバトーレ様は少なくとも2週間泣き続けました。基本泣き虫でいらっしゃいますので、どうぞお気になされませんよう」
「うううううるさいぞ、クラリス!」
「……そうなのですか?」
「あ……。い、今の聞いていたか?」
「ばっちり聞いておりましたわ、サルバトーレ様」
「……」
「ふふ」
初めて会った時は、こんな男! って思ったけど、こう見るとそこまで嫌うのも可哀想に見えてくる。彼はきっと、ベルに冷たくされてどう接したら良いのかわからなかっただけなのかもしれない。
だから、私の胸ぐらを掴んでしまった……いえ、あれはどう考えても許せない! でも、謝罪してこられたのだから、水に流しましょう。次はないけど。
サルバトーレ……サルバトーレ様は、顔を真っ赤にしてクラリスに食ってかかっている。それも、見方を変えれば可愛いまであるわ。
私が笑うと、こちらを見てボーッとしだした。顔は赤いまま。どうしたの?
「……サルバトーレ様?」
「ハッ! あ、い、いや。その、お邪魔します、失礼します、えっと……どうやって入れば良いのだ?」
「……そうですね。ところで、この花はどうされたのでしょうか」
「ベルが好きだと、イリヤに聞いてな。急いで取り寄せた」
「そう……。フォーリー、今日はバラのお風呂に入りたいわ」
「かしこまりました。用意いたします」
「あと、ドライフラワーも……そうそう、香料に関するお仕事もいただいてるから、この際だから使いたいわ。サルバトーレ様、よろしいでしょうか?」
「あ、ああ、好きに使え。ただし、条件がある」
「条件とは?」
サルバトーレ様は、入り口のバラを手に取りながら私に話しかけてくる。その距離は、5メートルってところかしら?
みんなが静かに見守る中、彼はこんな条件を出したの。
「……お、俺様のことを、その。えっと……サ、サヴィと呼んでくれないか」
「……」
「いい、い、一回で良い! 一回で……」
真っ赤な顔してそんなことを言うから、私まで顔が熱くなってきた。これは、何? サルバトーレ様の顔がまともに見れない。
男性を愛称で呼ぶなんて、初めて。どんな顔して言えば良いの?
イリヤとアインスを見ると……笑ってるわ。イリヤはちょっと怖い笑いだけど、それでも口を挟んでこない。
「……えっと」
「や、やっぱり良い! バラだけ受け取って「サヴィ様」」
「え……?」
「サヴィ、様」
「……っ」
それから、20分は2人で見つめ合っていた……と言うか、固まっていたみたい。時計を見て驚いたわ。
それに、周囲のバラがなくなっているじゃないの。いつの間に?
なんなら、部屋のドアは開け放たれているけど、サヴィ様と2人きりになっていたし。ベッドの隣に椅子が置かれているし。……イリヤたちはどこに行ったの?
私は、コツコツと靴音を鳴らしながら近づいてくるサヴィ様の足元を見ながら、「今日の夕飯もパーティでしょうね」と確信をするだけの余裕はあった。でも不思議と、それ以外のことは覚えていない。
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