03

「友達」の響きに酔いしれて



 お茶会から、早くも2週間が経とうとしていた。


「イリヤ」

「はい、お嬢様!」

「……え、来るの早くない?」

「呼ばれると思い、昨晩から待機していやしたァ!」

「……そう。勤務時間外にごめんなさいね」

「いえ! お嬢様の寝息を聞けるとても素晴らしい時間でした!」

「……もうやめてね」

「はい!……え?」


 イリヤは、相変わらずテンションが高い。

 なんて言うのかな、ツッコミが追いつかないの。それも、徐々に慣れてきたけどね。

 今だって、呼び鈴を鳴らすと同時にやってきたわ。反射神経がすごい。


 まあ、イリヤはさておき、この数週間で色々変化があったわ。

 まず、車椅子は欠かせないけど、ベッド生活から抜け出せたの。上半身を起こしておける時間が延びた、という言い方が正しいかも。昼下がりは、お昼寝も兼ねてベッドへ戻るから。


 今も机に向かって、アインスから貰ったフォンテーヌ家の決算書や領地の基本情報の記録を読んでいたの。

 この机は、お父様お母様からのプレゼントだって。届けられた時は、とても嬉しくてベッドから落ちそうになっちゃった。もちろん、その前にイリヤがキャッチしてくれたけど。


「それより、パトリシア様がそろそろご到着するから出迎えお願いね」

「承知しました! まさか、お嬢様があのご息女を手懐けるとは思いもしなく」

「そんな言い方、失礼よ。仲良くしてくださっているの」

「そういうことにしておきましょう」


 そうなの。

 周囲の人間関係も、ここ数週間で大きく変わったわ。


 まず、あのお茶会に呼んでくださったパトリシア様が私に好意的になってね。

 事あるごとに、屋敷に遊びに来てくれるようになったのよ。「城下町まで足を運ぶから」「近くを通るから」なんて理由なら、そうなのねって思うのだけれど、「地盤調査のため」「美味しい果物が採れたから味見をしてくれ」とかちょっとなんで私に頼むの? みたいな用事でも来るようになったの。

 この間なんて、「神のお告げで」とか言い出したわ。ただ来たいだけなら、そう言えばいいのに。相変わらず、素直じゃないお方。可愛いけど。


「私も、この本読み終わったら行くわ」

「お嬢様が勤勉になられて、イリヤ感激です」

「そんな大それたものじゃないわよ。お手伝い程度しかできないし」

「そんなことありませんよ。旦那様方が狂ったように大喜びしていますもん」

「……狂ったように」


 それに、お父様お母様との接し方も変わったの。


 あのよくわからない親バカ的な感じは変わらないけど、私がお仕事に興味を持ったから大喜び。よくアドバイスなんかをもらいに来るようになったのよ。

 お父様もお母様も、私の話を真剣に聞いてくださるの。アリスの時とは大違いね。私も嬉しくなっちゃって、アリス時代に得た知識まで引っ張ってきちゃった。怪しまれてはいないけど。


「このままお嬢様が勤勉なさってくださるなら、お仕事の一部を任せるお話も出ております」

「そうなの? 嬉しいわ!」

「もちろん、体調第一ですよ。授業やお稽古など、長時間スケジュールになるものはまだまだお預けですが、お勉強やお仕事など身体の調子を見てちょこちょこできるものはやってOKらしいです」

「アインスが?」

「ええ、アインスが言ってました」

「やったわね!」


 嬉しい!

 どんなお仕事をわけてくださるのかしら? いつ?

 今から待ち遠しい!


 って、私こんな仕事人間だった!?

 自分でもびっくりだわ。


「ということで、イリヤはパトリシア様のお出迎えに行きます」

「頼んだわね」

「はいっ!」


 私は、自分がフォンテーヌ家の役に立てるのが嬉しいの。こうやって、私のことを受け入れてくれるだけじゃなくて、温かい言葉や態度で接してくれるから。グロスター家では、あり得ないわ。


 ……今、誰が私のお仕事をしているのかしら。

 アランの話によるとまだ伯爵の爵位があるみたいだから、誰かがやってるってことよね。


「……お父様とお母様がやる気になった、とかだったらちょっと嬉しいな」


 生前にやる気出して、一緒にあーだこーだしてみたかったけど。


 私は、途中になっていた決算書の続きを読んでいく。とても丁寧にまとめられてるから、読みやすいわ。




***




 私は、客間でパトリシア様とお茶をしていた。

 今日は、ザンギフが作ったアップルパイもあるのよ。数日前まで食べられなかったけど、やっぱりスイーツは心の癒しだわ! パトリシア様が持参してくださったアッサムとよく合う。


「ベル嬢、以前渡した香油はどう?」

「とても髪に馴染んで、使いやすいです」

「でしょう!? 私のお気に入りなの。原料が安いから、領民たちのところまで下ろしたいのだけれど……」

「ラベンダー油でしたよね。量産するとなると、今育てている場所の3倍のスペースがないと途中で終わってしまいそうです」

「そこなのよ! 地方によって種類が違うし、全てのラベンダーでこうやって効果が出るとは限らないし」


 前回、パトリシア様は私に香油を持ってきた。ご自身でお作りになられたとか。「使ってみて」って渡されてね。使い心地がとてもよかった。

 この国に良く咲いているラベンダーを、こうやって商品にするって発想、とても素晴らしいと思うの。一部の地域では、ラベンダーが増えすぎちゃって伐採チームが出来たくらいだし、こうやって活用できるってわかったら大きな発見だわ。


 でも、ラベンダーの種類によって効果が違うみたいで。花が咲く種類と咲かない種類で効能が違うことまでは、パトリシア様が見つけたのだけれど……。


「1番良く生えているラベンダー一本に絞って商品化するか、いろんな種類を作って商品化する……の、どちらかですね」

「ええ。私もそう思ってるわ。でも、お父様とお母様があまり力を入れてくれないの」

「どうしてですか?」

「香油は、あってもなくても良いから。それを量産する暇があるなら、良く売れる必需品を作りたいって」

「それも一理ございますね。でも、領民にだって娯楽は必要です。私は、このパトリシア様が作った香油が売れると思いますよ」

「そう言ってくれるのは、ベル嬢だけだわ」


 どうやら、家族にはシブられているみたい。

 まあ、娯楽系の商品は売れにくいから、気持ちはわかる。私も以前、香水を入れるスプレー式の瓶の案を出したけど却下されちゃったな。懐かしい。


「でね! 今日は香油を数種類持ってきたから、貴女の体調が良ければ城下町で配ってみようかなって思うのだけれど……」

「いいですね。生の声が1番、商品化には必要です。イリヤ」

「はい、お嬢様」


 私が呼び鈴を鳴らすと、すぐにイリヤが客間に入ってくる。

 ……またドア前で待機してたわね。まあ、寝息は聞かれてないからいいか。


「私も城下町行きたいの。許可を取ってきてくれる?」

「承知しました。であれば、外食の許可も取ってきますか?」

「いいわね! ベル嬢、大衆食堂行きましょう。あそこなら、いろんな食べ物あるし、たくさんの人が出入りするもの」

「パトリシア様は、大衆食堂で宜しいのですか?」


 大衆食堂とは、領民が多く集まって食べるレストランのこと。城下町の真ん中にあって、活気がすごいのよ。……と言っても、私は入ったことなくて外観だけしか見たことないけど。

 とりあえず、パトリシア様のような伯爵令嬢が入るような高級レストランではない。


「ええ。よく昔お父様と行っていたから、抵抗はないわ」

「それなら、私も行きます。イリヤ、外食の許可もお願い」

「かしこまりました」


 イリヤが立ち去ると、パトリシア様がクスクスと笑い出す。


「あの侍女、面白いわね」

「ええ。とても良く動いてくれるのよ」

「なんだか、サヴァンに会いたくなる」


 サヴァンとは、パトリシア様専属の侍女。あのお茶会でも、細かいところまで良く目が行き渡っていて感心したわ。

 彼女の表情を見る限り、私とイリヤみたいな気の許す仲なんだろうな。


 私は、その言葉でアップルパイを一欠片口に入れる。

 ジュワッと甘味が身体を駆け巡ると、自然と笑顔になっちゃう。またザンギフに作ってもらおう。


「お友達と大衆食堂行くなんて、夢にも思わなかったわ」

「……パトリシア様」

「私、物事を白黒つけないと嫌な性格だから、合う人がいなくてね。ベル嬢は一緒に居て楽しいわ」

「光栄ですわ」


 友達……。

 その響きは、アリスの時にはなかった。

 そうなのね、これが友達。友達なのね。


 嬉しい、嬉しい。

 私は、照れ隠しを込めて口元をナプキンで拭った。


 大衆食堂、どんなところかしら?




***




「アレン!」

「サレン様、どうされました?」


 隣国のご令嬢は、この国が気に入ったらしい。

 本来ならば先週で訪問が完了したのだが、追加であと数日滞在するとのことだった。自分の国を気に入ってもらえるのは、俺も嬉しい。


 シエラと2人で皇帝の城を歩いていると、前から来たサレン様が話しかけてきた。どうやら、俺を探していたらしい。


「あのね、行きたいところがあるんだけど」

「いいですよ、お付き合いします」

「お仕事は?」

「貴女を守ることですよ」


 本当は、シエラと一緒に次回の貴族会の場所取りをする予定だったが。こいつ1人でもできるだろう。


 俺は、シエラにいくつか指示を出して、サレン様の方へと向かう。すると、シエラが耳元で「惚れられてるな」と言ってきた。……別に、良いじゃんか。好かれて嬉しくない奴はいない。


「どちらへ行かれますか?」

「城下町の大衆食堂! そこのスイーツが美味しいお話を、皇帝陛下から聞いたの」

「……陛下、またお忍びで行ったな」


 その話を聞いたシエラは、苦笑しながら先に歩いて行ってしまった。


 俺は、サレン様の手を取って門へと向かう。


「大衆食堂なので、結構ひしめき合っているような場所ですがよろしいでしょうか?」

「ええ。この格好なら、違和感なく入れるでしょう?」

「まあ……。そうですね」


 いつもより細身のドレスを着たサレン様は、その場でクルッと周り俺に格好を見せてくる。どうやら、準備万端で俺に声をかけたらしい。

 なら、お付き合いしよう。


「行きましょう、大衆食堂へ」




 

 

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