18.「圧倒的理不尽」


「……ピストル?」


 その圧倒的暴力は、目の前にある命をいとも容易く蹂躙する。


「……どうせ……はぁ、死ぬ運命なんです……あなた方も…一緒に逝ってください……」


 男は気怠げに、無常に引き金を引く。命を奪うことをなんとも思っていない様子で、命を冒涜するその武器で。


「漆の意識がない……今なら!」


 男と目を合わせる。この男の意識さえ停止させれば、こちらの勝ちだ。


「効きませんよ……あなたの、能力の情報は……もう、届いています……」


 思考を停止できない。気怠げな男は、気怠げに一発真紘の足にお見舞いする。


「……私は、人間ですので……」


「ッあああぁぁあぁあ!!!」


 絶叫する。感覚のない足に、再び痛覚が戻ってきた。

 熱い熱い痛い痛い痛い。何が何だかわからず、悶える。足の内側から、何か侵食されているように激痛が走る。


「……この弾は……少し……特殊でして……、混骸が……作り出した……骸刀の一部から……作られております……」


 打ち込まれた弾が混骸の血を得て元の形に戻ろうとしているのだ。


「趣味が悪いことしやがる……!」


「私も……ただの……人間なので……何も持たずに骸と戦うのは……少々恐ろしい……です……」


「その手から銃を離してください」


 三澤が前に出る。


「女性……を……殺す趣味は……ありませんが……困り……ました」


 男は、銃を三澤の額に押し付けると、眉頭を少し上げて呟く。


「私は……金さえもらえれば……いいので……お嬢さんを殺しても……殺さなくてもいいですが……」


 言いかけた刹那、銃口を左に向け発射する。発射された弾は、上半身を起こしていた漆の肩を抉る。


「ガァァアアァァアアァ!!」


「漆くん!!」


「あなた……から……殺しましょう……か……」


 男は、銃口を漆の額に向けた。


 バァン……


 弾が、発射された。


 ***********************


 腹が痛む。あぁ、そうか。俺は撃たれたんだ。一瞬見えた影。始末係の黒岩浅偽……。きっと、俺は捨てられたんだな。裏切って、裏切られて、死ぬ。このくそ喰らえな人生にふさわしい最後だ。


「俺……結局、何がしたかったんだろうな……」


 自分の人生の答えが結局見つからず、ぽつんと嘆く。

 親を殺され、大好きな人を殺され、復讐のために生きて、幻想をずっと追いかけて…ここで、裏切られて死ぬ。この10年の中、もっとできたことがあったのかな…


「よく、がんばったね」


 声が、聞こえる。世界が真っ白になる。そこには、かつて愛して、追いかけ続けた藍がいた。


「あ……あ」


「大好きだよ、漆」


 その言葉を聞くために、どれほど頑張ったのか。

 その表情を見るために、どれだけ堪えたのか。

 その名前を呼ぶために、どれくらい追いかけたのか。


「俺……おれ、頑張ったんだ……死ぬほど、お前に出会うために……俺さ、どうしたらいいかな……?」


「どんな漆も、私は愛してる。あなたが骸でも、人でも。あなたが……私を殺したとしても。」


「藍……藍……らん……うっぅぐっ……」


 涙が溢れ出す。止められないほどの涙が、ずっとせき止めていた感情が、崩壊する。


「だから次は、誰かを助けてあげて」


「たす……ける……?」


「あなたが私にくれた愛を、沢山の人に……私は、探さなくてもずっとあなたの隣にいるから。だから、今はさよなら」


「ら、らん……藍!待ってくれ、まだ……まだ行かないでくれ……」


「待ってる。ずっと。自分を愛せるようになったら、また会おうね……!」


「……うん。俺……俺、きっとお前に会いに行くから! きっと、絶対!」


「待ってるね」


 その一言で、この幸せな世界は、白い光と共に消えていく。

 心の奥底で、消えていた蝋燭に火が灯った気がした。


 ***********************


「漆くん!!」


 肩を撃たれた。激痛が走り、脳が揺れる。まるで電流が走ったように。


「あなた……から……殺しましょう……か……」


 黒岩が呟くと、再び銃の引き金が引かれる


 バァン……


 見切った。頭蓋を貫いたと思われたその弾は、間一髪頬を掠め、壁にめり込む。


「もう……誰も傷つけないんだ……!」


「漆くん……?」


「藍が望むことは全部! 俺が叶える!! 俺は、自分を誇れる自分になるために……! お前を、倒す!」


 限界など、とっくに超えていた。それでも立つのだ。

 小さな体には、巨大な虎が宿っていた。


「……はぁ、面倒くさい……あなたも……そろそろ楽になりませんか……」


「藍の幻想はもういないんだ。俺は俺のために生きる……。それが、藍の望みだから!」


「そうですか……。さようなら」


 無慈悲に言い残すと、黒岩はぐっと引き金に力を込める。


 ppppppp......


 その瞬間、黒岩の内ポケットから電子音のような音が鳴り響く。


「……時間です。もう、引き金を引くメリットはないので……」


「……⁉︎ おい、どういうことだ⁉︎」


「私は……後始末を、任されていました……あなた方の……命も……消して構わないと……任意でしたので……しかし時間なので……上で倒れている……真骸の……処理に移ります……」


「つまり、俺たちのことは……」


「もう、興味がありません……生きるなり死ぬなり……好きにしてください」


 先程までとは打って変わって、こちらに一切の興味を捨て、別の任務に移ろうと地上へと向かう。


 ふと足を止め、真紘を見る。目と目が合い、キッと睨む。

 直後、思わず目を逸らした。黒岩は、その奥底に、あり得ないほどの憎悪を宿していた。これまでの敵や、骸を恨むものとは次元の違う闇が、肌に伝わる。


 黒岩は、階段を登りながらふと漆について考える。


(あれが、畠野漆……ですか。最後、何かが吹っ切れたようですが……かなり、狂っている……)


 前を向きながら、黒岩は今後現れるであろう敵の分析を図る。


(花木藍に執着していた……そして、吹っ切れた今でさえ気づいていない……誰が、花木藍を殺したのか……それほどまでに……記憶に、蓋をする……のか……)


 そして、考えても無駄というように、もうなにも頭に思い浮かべず、任務に取り掛かることにした。


「漆くん!!!」


 三澤が、漆の方へと駆け寄る。すっと腕を枕に、漆の上半身をゆっくりと起こす。


「胡桃さん……おれ……」


「何も言わないで。あなたが辛かったこと、全部わかってる。わかってるなんて言ってほしくないかもだけど…私は、あなたの味方でありたいと思ってる」


「…代谷真紘」


 漆は、真紘の方に声を投げかけた。


「なんだ」


「……俺のしたことは、許されることではない……。別に、許せとは言わない。ただ……すまなかった」


「確かに、絶対に許さない。だけど、お前はきっと自分を乗り越えた。そうだろ?」


 そういうと、真紘はニッと笑って、漆に拳を向ける。


「お前が殺した人の分、誰かを助けてやれ。罪は無くならない。だから、今度はお前が誰かの命を助けるんだ」


「……それが、これからあれが生きる理由、か」


 真紘が差し出した拳に、拳を合わせる。

 藍は、俺を愛してると言ってくれた。

 真紘は、俺に人を救えと言った。

 そして……


「私は、漆君を許します」


「……胡桃さん」 


「幸せに生きること。あなたが、あなたを愛せるように」


「俺は、あんたを殺そうとしたんだぞ」


「それでも、あなたを許します」


 涙が、再び溢れてくる。

 全てに許されたわけではない。だが、1人に許される。これほど、幸せなことが今までの人生にあっただろうか。


「肯定的に生きる、か……」


 負の感情を生きがいにするのではなく、喜びを分かち合うために生きる。考えたこともない道だ。


「ありがとう、胡桃さん。ありがとう、代谷真紘。俺、生きるよ。あんたたちにも、恩返しできるように」


 そう言って、漆は女にも男にも似つかない顔で笑った。

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