17.「死なない覚悟」

「もうやめて!!」


 三澤が叫ぶ。もう、写真にあった面影はなくなってしまった漆を、なんとか引き止めようと抗う。


「漆くん……もう、やめよ? 藍ちゃんは、きっとそんなこと望んでないよ……」


「あんたが、藍を語るな」


 藍の話になると、途端に冷酷に目を細める。自分以外が、藍について話すなと、頑なに拒絶する。


「あんたらは、藍を捨てたんだ……もう死んだって! もういないって! あんたらがそう言っていた目の前に!藍はいたのに……っ!」


 漆が見ていた幻覚は、もうこの世にいないはずの藍を映し出していた。幻覚の藍は、それほどまでに漆を執着させていた。

 漆にとって心の拠り所が突然いなくなったことは、この世界が終わることよりも辛いことのはずで。

 自分の大切な人が勝手に殺されていると知った時、誰よりも怒ったはずで。

 誰よりも藍のことを愛して、そばにいるだけで幸せで、そんな日々が突然終わることを受け入れられる人間がこの世界にいるのだろうか。


「……わかっている。わかっていた! もう! 藍は!! この世界に……いないことを……!」


 涙を流す。冷酷な目から、暖かく、人を愛する涙が、地面へと滴っていく。


「骸は、殺す。藍も探し続ける。それが俺の生きる理由だから。愛を探すのをやめた時……それは、俺が死ぬ時に他ならない」


 誰が、10歳の子供にこれほどの試練を与えたのだろうか。

 覚悟と誓いを、人を殺すことを生きる理由としたその顔に、幼さやあどけなさなどは残っていなかった。


 ズドォン……


 大地が揺れ、やがて静まる。

 パラパラと天井の崩れた瓦礫の破片が落ちてくる。


「……どうやら、対真骸士が真骸を倒したようだ。エネルギー量が多いだけの未完製品だったからな。仕方がないさ。約束の通り、あんた達2人を殺す」


「私はどうなってもいい。真紘君だけは……助けてあげて」


「だめだ。2人とも殺す。あんたたち2人を殺すこと……それは、俺の覚悟なんだ」


 涙を拭き、冷酷な目に戻る。そこに、愛や暖かさ、感情はなかった。


「最後に教えてやる。お前が、能力を使えなかった理由を」


「……!」


 温情なのか冥土の土産なのか、能力を使えない謎の答えを教えてくれるらしい。

 せめて、何か掴めればと藁にもすがる思い出耳を傾ける。

 漆が藍を守るように、三澤をここで殺すわけにいかないのだ。


「骸が能力を発動するのに必要なエネルギー源を、能力発動前に吸収した。という言い方が正しいかな」


「……どういうことだ?」


「頭を柔らかくしてみろ。能力を出せない。それは俺がお前から発せられるエネルギーを全て吸収しているからだ」


「まさか……混骸……⁉︎」


「少し違うな。俺は生まれもっての混骸変異個体だ」


「混骸変異個体……⁉︎」


「変異個体が前に生まれたのは500年前……! 生まれる確率なんて、一億人に1人もいないよ……」


「俺は生物学上人間に分類されている。呼吸器に備わってある『対骸膜』……これは、お前たちが体から放出するエネルギーを吸収する力を持ってる。……俺が骸だと知ったときは、死ぬほどショックを受けたさ」


「そんな……じゃあ、なんで骸根絶派なんかに……」


「俺はそれでも骸を殺し続ける。俺が最後の1人になって、骸を恨んでいる藍に本当のことを打ち明けて、藍の手で殺される……それが、俺の理想だった」


「そのために藍ちゃんを……」


「狂ってるよ、お前」


 小学四年生とは思えない愛と狂気。これが、失ったものの代償なのか。


「いいこと、考えた」


「……?」


「これ、な〜んだ?」


漆が腰につけている鞄から、透明な瓶のようなケースに入った黄色く光る液体をこちらに見せつける。

それは、禍々しいエネルギーが溢れ出していた。


「それって……もしかして」


「人類根絶派の能力とまではいかないが……吸収したエネルギーを溜め込んだ、生物を真骸化させる薬さ」


「何故、そんなものを……」


「そうだな。胡桃さんに打ち込んで、お前を殺してもらおう。さっきの怪物でほとんどエネルギーを使っちゃったけど、今の瀕死のお前くらいなら余裕で殺せる真骸が出来上がると思うよ」


「お前、何を言ってるのかわかってるのか」


「……さよならだ。来世では、人間に生まれてくるといいな」


 そう言い残すと、地面を踏みしめ、空中へと飛び上がる。

 三澤がぎゅっと目を瞑り、それでもそこを退こうとせず、真紘を守るために手を広げ続ける。

 ダメだ、足に力が入らない。ここまでなのか…


 バァン!!


 その音は突然に、目の前にいた漆の体を貫いた。

 飛び上がったはずの漆が弾かれ、地面を跳ねて壁にぶち当たる。


「……はぁ……後処理は……んん……あまり好きでは……ないので……」


 その圧倒的暴力は、突然現れた。

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