16.「恥も狂気も」


 真骸は、ただひたすら破壊を続けている。

 強気で啖呵を切ったのはいいものの、どう闘えばいいのか検討もつかない。

 大きな建物の外壁を、腕の一振りで破壊するような怪物だ。到底、非力で凡庸ないち混骸に勝てるわけがない。

 しかも、頼みの綱の「思考停止」能力が何故か使えない。事態は最悪の中の最悪だ。

 しかし、それでも倒さなければならない。俺がここで止めなければ、たくさんの人が命を失うことになる。


「協力な真骸が現れたら、まず大体のレベルを測る。それから、この番号に応援を要請して。そのレベルに応じた対真骸士ハンターが助けに来てくれる。どこの派閥にも属してないか、基本共存派だから安心して!」


 三澤が言っていた言葉を思い出す。緋石綺羅も、その対真骸士の1人であった。

 そうだ、まずは応援を要請しよう。


「助けを呼んだら三澤胡桃を殺す」


 まるで見透かされたように、漆に釘を刺される。


「周りの混骸が対真骸士を要請したのなら仕方がない。お前は呼ぶな」


 漆は、冷酷に言い放つ。突然、思いついたようにニヤリと笑う。


「そうだ。どうせ誰かが対真骸士を呼ぶだろう。来る前にあいつを倒せ。でなければお前らを両方殺す」


 めちゃくちゃだ。相手は確実にAランクはある。

 敵は強大で勝ち目はなく、思考停止能力は使えない。対真骸士を呼ぶことはできず、誰かが呼んだ対真骸士が来る前に倒さなければ三澤と俺は殺される。

 どうする。汗が滲み出る。


「やるしかねぇか……!」


 腕を伸ばし、骸刀を作り出す。峰森姉弟との戦いから、たくさんの戦闘知識を学んだのだ。骨の形が変形する反発力を利用し、飛び上がる。そのまま、デパートの屋上に着地する。


「いくぜ……!お前を倒して、ハッピーエンドだ!」


 ***********************


「ちっ、邪魔な野郎だぜ、あの怪物はよぉ」


 火鎚は、黎明が残したと言われる骸刀を探していた。

 すでにデパートは七割が壊滅、無惨にも瓦礫と化していた。


「瓦礫が邪魔で前に進みにくいだろうが」


 ゴミ屑の山を越え、角を曲がると、そこは明らかに異質な空気が流れていた。


「……おいおい、こいつはヤベェぞ……!」


「junk park」と書かれた看板の店の中、レジ前まで進むと異質な空気は強まってくる。

 問題は、レジの机で寝たまま、起きないお爺さんがいることだ。


「おい、ジジイ。起きろ、ここは危ねぇぞ?」


 呼びかけに応じる気配はない。揺すっても叩いても一向に起きる所作を見せない。


「ちっ、仕方ねぇ……奥、失礼するぜ」


 レジ奥の扉を開け、中に入る。

 そこには、傘と一緒に黒く鈍い光を放つ刀が立てかけてあった。


「……くくっ、こんなとこにあっちゃそりゃ見つかんねぇわな」


 それは紛れもない、骸刀だった。


「俺だ、例の物は見つかった。面倒臭ぇから後処理頼むわ」


 耳に小型の携帯を当て、誰かと話している。


「あぁ。真骸の実験は成功だ。あぁ、あいつか?…用済みだ、消してくれていい」


 そういうと、紫色の髪をかきあげ、火鎚は音もなく姿を消した。


 ***********************


「はぁぁぁぁ!」


 ガキィン。


 骸刀の刃が、また砕ける。

 何度斬っても、傷一つつかない所か、真骸はこちらの存在に気付いている様子もない。


「どうすればいいんだ……」


 無策無謀、どう足掻いても勝てない相手、時間もない。焦りに動悸が激しくなる。

 不意に、真骸と目が合う。恐怖に固まり、頭の中が真っ白になる。


「ーーえ?」


 突如、浮遊感とともに、叩きつけられる衝撃を味わう。

 地面に叩きつけられたのだ。脊髄反射で骸刀を球状にして身を守る。

 全身の骨が悲鳴をあげ、立つこともできないほどに力が入らない。

 なんとか、仰向けになり、上半身を起こす。

 叩きつけられた先は、地下の駐車場だった。


「俺はさ、ずっと藍を探してるんだ。あの日、いなくなった日から」


 緑色に薄く光る、非常口の下で漆が呟く。


「なぁ。どこにいるんだよ。教えてくれよ……胡桃さん」


 目の前には、大の字で真紘を守ろうとする三澤がいた。

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