14.「エゴという鎧」

 自己紹介を終えると、漆は黒乃の目をじっと見つめる。しばらく見つめあった後、優しげな声で尋ねる。


「黒乃さん。藍は、どこにいるのかな」


「藍は、もういない。この世界のどこにもいないの」


「……そっか」


 呟くと、漆は何やら満足いかない顔つきで首を鳴らす。


「藍は可哀想だ。あんたの中では、もう死んでるんだな」


「……! どういう、こと?」


「そのまんまの意味だよ」


 黒乃が漆の顔をキッと睨みつける。漆は首をすっとすくめ、今度は真紘の目を見る。


「黒乃さん……ちょっとだけ、このお兄さんと2人きりにさせて」


「……わかった」


 そう言うと、黒乃は石像よりさらに奥の道へと足を進め始める。


「真紘くん。ちょっと歩いてくる。終わったら、追いかけてきて」


「……あぁ。」


 黒乃が見えなくなると、漆は歩いて真紘の目の前に立つ。

 思ったより身長は低い。お腹の位置より少し高いくらいの身長から見上げてくる。


「お兄さん、共存派だよね。花木 藍……しらない?」


「知らない。黒乃に妹がいたことも、今日初めて知った」


「妹が、いた……?」


 ピクッと漆が反応する。するとしばらく俯き、10秒ほどブツブツと何かを呟いている。直後、バッと首を上げ、子供らしからぬ形相で真紘を睨みつける。


「今すぐテメェを殺してやってもいいんだぞ、混骸ィ……!」


「お、落ち着け! お前の目的はなんなんだ。どうして、共存派を攻撃する!」


「別に好き好んで共存派を襲ってんじゃねぇんだよ……!藍を助けるためだ!」


「それが分からないんだ! その、藍ちゃんを助けることと、共存派を襲うことになんの関係がある!」


「藍は人間だ! まだ小さいのに混骸と誤判定されて、家族と別れさせられて! たった1人……! 俺以外の混骸にいじめられて生きてきた!俺が守ってやらねぇと、あいつは……あいつは!」


 激情に駆られ、叫び散らす。大切な人を守ること、そのために共存派を攻撃して救い出そうとしていたこと。


「藍ちゃんが心の底から骸を恨めるように。そのために真骸を使って藍ちゃんの育った場所を壊そうとした。そういうことか。」


「……そうだ。だが、藍はどこにもいない。一体、どこにいるんだ……」


「……ふざけんなよ」


 真紘が、バッと漆の胸ぐらを掴む。はたから見れば大人が子供をいじめているような図になってしまっているが、今は関係ない。ただ、漆の許せなかった。


「お前の大切な人なんてしらねぇよ!! お前のその考えが! 思想が! 沢山の混骸や人間を殺そうとしたんだぞ! 一人一人に、大切な人がいる! 大切な人を失う悲しみは、お前だけのものじゃねぇんだ!骸根絶派がなんだ!関係ねぇよ!! 誰かを殺した時点で、また誰かが悲しむんだ。骸も、人も……っ!」


 気づけば涙が頬を伝っていた。誰かの命を奪う罪を、真紘はもう知っていた。


「俺の母は、真骸に殺された」


「...」


 漆が口を開いた。先程の激情とは打って変わって、切ない、暗い面持ちで。


「しばらく会えなかった父と再会したんだ。家族3人で久しぶりに出かけようとしてた矢先、父が真骸化…母は潰され、俺も殺されかけた」


 必死に、言葉を紡ぎ出す。その出来事は、この少年の心にどれほどの傷を刻んだのだろうか。


「そんな時に助けてくれたのが、火鎚さん……骸抹殺派の人間だ。俺は、骸を根絶することを決意した。その覚悟を。その怒りを。その悲しみを。お前に、理解できるのか⁉︎」


 その壮絶な物語は、この少年を幸せにさせまいとする歯車が回っているかのように。


「俺にとっては藍だけが唯一の大切な人だ! これ以上骸が人を殺さないよう! 藍が悲しまないよう! 俺は人外の怪物を殺すんだ!」


「どんな理由があろうと、俺はお前の考えを許さない」


「……今は、殺さないでおいてやる。だが、藍を取り戻した時……。それが、お前たち骸の最後だと思え」


 胸ぐらを掴んでいた手を払い、漆はもと来た道を歩いていく。


 そうだ。黒乃を追いかけなければ。

 黒乃が歩いて行った道を急いで駆け上がり、かつてないほどの全速力で追いかける。なかなか後ろ姿が見えない。しばらく走ると、目の前に黒乃の後ろ姿が見えてくる。


「黒乃!」


「真紘君!」


 こちらに気づき、立ち止まって手を振ってくる。

 今はただ、黒乃の顔が見たかった。


「お話、長かったね?」


「ちょっと立て込んでさ」


「休憩しよっか。あのベンチに座ろ?」


 いつの間にか、森を抜けて大きな池のある広場に出ていた。黒乃が池の柵の前にあるベンチを指さす。


「……妹はね、3年前に死んじゃったの」


「花木藍ちゃん……だったよね」


「うん。藍はね、すごく元気で、危なっかしい子だったけど……誰にでも優しくて、すごくいい子だった。」


「素敵な子なんだね」


「ありがとう……。でも、3年と3ヶ月前…原型がわからなくなるくらいボロボロになって路地裏に倒れてた」


「……!」


 黒乃はスッとポケットに手を入れ、スマホを開いて写真を見せてくる。


「これが、私の妹」


「……!この子って……!」


 そこに写っていたのは、三澤に見せてもらった漆の写真の隣に写っていた、黒髪の女の子だった。


「知ってるの?」


「あ、あぁいや。見たことがある気がしたんだ」


 空はすっかり日が傾いて、夜が近づいていた。


「んん〜〜! 風が気持ちいね!」


「そうだな」


 黒乃は背伸びして、ベンチから立ち上がる。


「そろそろ帰ろっか!」


 いうや否や、荷物を持って歩き出したのだった。


 ***********************


 炎がメラメラと燃え上がる。

 薄暗く炎の光に照らされるその部屋には、焦げた臭いとたくさんの肉塊が転がっていた。

 男は、豪快に椅子にもたれかかり、本を読んでいる。

 1人の少年が扉を開けて、中にある男を呼ぶ。


「火鎚さん」


「ん? なんだ?」


「絶望を与えて殺したい相手がいるんだ」


「そうか…お前にも、そんな相手がなぁ」


「そいつは…」


 一瞬ためらい、それでも目を鈍く光らせ、その名を口にする。


「代谷……真紘という男です」

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