12.「悲劇の主人公」

ゆっくり、ゆっくりと歩いている。

 暗い道を、ただただ、何も考えずに進んでいく。

 意思はない。人の形をした、歩く肉塊であった。

 立ち止まる。目の前には、病院のような建物がそびえ立っている。


 バァン……


 突如、男の体が弾けた。破れた肉塊が、蠢き、うねり、やがて肥大化する。


「……」


 その様子を、建物の上から見下ろしていた子供がいた。死んだような目で怪物の変貌を見届け、完全に真骸化が完了すると立ち上がって夜空を見上げた。


「どこにいるのかな」


 そう呟くと、目の前にあるアパートの屋根まで飛び、着地する。


「今、助けてあげるからね」


 そう言い残して、夜の闇の中に消えた。

 夜にしてはやけに騒がしい、悲鳴と炎に包まれた街を作り出して。


 ***********************


「え〜、非常に残念なのですが……」


 特に残念そうな表情でもない、感情の起伏が直線レベルな共存派の会議長・磯部明は、特に何も感じてないように淡々とお知らせを読み上げる。


「先日、こことは別棟の共存派の集いが、真骸の攻撃を受けました。死亡者は0、重体者3名だそうです。命に別状はありません」


「そんな……よりによって共存派が攻撃されるなんて……」


 ここしばらく発生していなかった真骸が突然現れ、攻撃を行なったという。たまたまなのか狙ってなのか、共存派が攻撃を受けたらしい。


「この真骸については、殺した後に解剖、情報を探っている最中です」


「これってもしかして……」


 以前三澤に聞いた、「人類根絶派が真骸を作り出す能力を持っている説」という話が脳裏をよぎる。


「でも、人類根絶派が真っ先に共存派を狙うメリットがない……」


 人類を根絶したいなら、混骸がいる共存派ではなく、真っ先に骸根絶派か一般人を狙うべきである。

 あえて共存派に攻撃を仕掛けるメリットがない。


 その夜。

 自室に篭り、脳内で推理に励む。ふと、峰森みるの言葉を思い出した。


『こちら側へ来ないのなら、あなたを殺す』


「こちら側へ来い」つまり、派閥へ引き込むために、誰かを探して攻撃したんだとしたら…


 脳内に電流が走る。窓の外。殺気だ。

 カーテンを開け、玄関を見下ろす。死んだ目をした男が、そこにいた。まずい。


「みんな逃げろォォ!」


 バァン!!!!


 叫ぶや否や、外から肉の爆ぜる音がした。

 巨大な真骸の腕が、壁を壊して押し迫ってくる。天井が壊れ、月明かりが差し込んでくる。部屋が半壊した。


「いま、この場所には戦える奴がいない……俺がやらなきゃ、みんなが殺される! いけるか、俺……⁉︎」


 突如、風を着る音と共に空から落とされた六本の白い槍が、真骸の頭を、体を貫く。


「ォォォォォオォオオオォォ!!!」


 真骸が、断末魔と共に崩れ落ちる。

 遥か上空から、誰かがこちらを目掛けて言葉を投げかけてくる。


「兄ちゃん、ごめんなぁ! ちょいと家壊してもうたわ!」


 訛りまくりの関西弁で、その男は空から降りてきた。


 ***********************


「わしの名前は高田源次郎っちゅうねん! 一応、人類根絶派で活動させてもろてる」


「はぁ⁉︎ 人類根絶派!?」


 高田源次郎と名乗った男は、唐突に驚愕な自己紹介をすると満足げに笑った。


「根絶派が、何でこんなところに堂々と……」


「あぁ、待ってくれ! 別にわしはな、争いたいわけやないねん。共存派やなくて、骸根絶派の縄張りやったらこんな堂々と来られへんしな。今日はあんたらに報告すべきことだけ伝えに来たんや!」


「報告すべきこと? なんですか、それは」


 三澤が、敵意剥き出しで返事をする。その表情には笑顔や優しさの感情は一切なく、曇りなき敵意のみの顔であった。


「こうなるから来たなかってん……。ええか?一回しか言わんからよう聞き! 今回の真骸の攻撃は、わしらのもんやない。人類根絶派は、今共存派と喧嘩するつもりはないんや」


「そんな……っ! それじゃあ、いったいどこの誰が……」


「定説に則って自然発生した、て考えるべきちゃうか?」


「……こちらには、あなたを信じる材料がない」


「今回出てきた真骸。あいつ殺したん誰や?」


「……っ」


 確かに、真骸を倒したのは高田だ。今回のこの攻撃が人類根絶派でないなら、一体どこのどいつが…?


「今回のこれは、わしらの中では骸根絶派が関わっとんとちゃうかって睨んでる」


「ありえないですよ。骸を殺す奴らが、骸を利用するなんて…しかも、共存派には普通の人間だっているんですよ?」


「目撃証言があるんや。真骸が現れる数分前、事件の場所に突っ立ってた"女か男かわからん赤髪の子供"がおったってな」


「男か女かわからない赤髪の子供…? まさか…!」


 三澤は飛び上がると、急いで押し入れの中をかき回す。何を探しているのだろう、焦ってたくさんのガラクタが頭の上に散らばる。


「あった! ありました!」


 三澤が叫びながら何かを掲げている。手に持っているものは…黒い本?


「3年前のアルバムよ。この中に確か……いた!」


 パラパラとページを捲り、指刺したその写真には、黒髪の女の子、それに可愛い顔立ちをした赤髪の子供が写っている。


「やっぱか……畠野漆……!」


 高田が呟く。


「だれだ?」


「3年前、姿を消した元共存派のメンバーよ。人間なんだけど、お母さんが混骸で、2人で一緒にここに住んでいたの。」


「その子がなんで……」


「お母さんが、……殺されたの。真骸に、目の前で潰されて……。」


 ゾクッと背筋が凍った。

 大好きなお母さんが、目の前で殺される光景が、頭の中で再現される。

 とても、耐えられるようなものではない。ましてや、子供に。


「その日から、漆くんは行方不明になって……最近、骸抹殺派に所属していることが確認された。」


「そいつにどんな過去があろうが、関係あれへん。わしは殺すで、そいつを」


「待って! まだ、10歳なの! 7歳の頃に、お母さんを目の前で殺されて……! 1番仲の良かった友達まで! まだ小学生の子供が仇を! 骸を恨まないわけがないでしょう!」


「派閥に入った時点で死ぬ覚悟はできてると捉えなあかん。殺さな、殺される。それがこの世界や。子供大人は関係あらへん」


 高田は無慈悲にそう言い放つと、壊れた部屋の端まで歩く。


「別に、これで仲良くなったとかは思わんことや。あくまで、今回の件の報告と弁解に来ただけ。邪魔すんのなら殺す」


「漆くんを殺したら許さないから」


「そりゃ結構なことや。その怒りを忘れんな。んじゃあな」


 そう言うと、高田は力強く地面を蹴り上げ、目にまとまらぬ速さで空へと消えていった。


「漆くん……なんで……?」


 三澤が、泣きそうな、消え入りそうな声でそう呟いた。

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