12.「悲劇の主人公」
ゆっくり、ゆっくりと歩いている。
暗い道を、ただただ、何も考えずに進んでいく。
意思はない。人の形をした、歩く肉塊であった。
立ち止まる。目の前には、病院のような建物がそびえ立っている。
バァン……
突如、男の体が弾けた。破れた肉塊が、蠢き、うねり、やがて肥大化する。
「……」
その様子を、建物の上から見下ろしていた子供がいた。死んだような目で怪物の変貌を見届け、完全に真骸化が完了すると立ち上がって夜空を見上げた。
「どこにいるのかな」
そう呟くと、目の前にあるアパートの屋根まで飛び、着地する。
「今、助けてあげるからね」
そう言い残して、夜の闇の中に消えた。
夜にしてはやけに騒がしい、悲鳴と炎に包まれた街を作り出して。
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「え〜、非常に残念なのですが……」
特に残念そうな表情でもない、感情の起伏が直線レベルな共存派の会議長・磯部明は、特に何も感じてないように淡々とお知らせを読み上げる。
「先日、こことは別棟の共存派の集いが、真骸の攻撃を受けました。死亡者は0、重体者3名だそうです。命に別状はありません」
「そんな……よりによって共存派が攻撃されるなんて……」
ここしばらく発生していなかった真骸が突然現れ、攻撃を行なったという。たまたまなのか狙ってなのか、共存派が攻撃を受けたらしい。
「この真骸については、殺した後に解剖、情報を探っている最中です」
「これってもしかして……」
以前三澤に聞いた、「人類根絶派が真骸を作り出す能力を持っている説」という話が脳裏をよぎる。
「でも、人類根絶派が真っ先に共存派を狙うメリットがない……」
人類を根絶したいなら、混骸がいる共存派ではなく、真っ先に骸根絶派か一般人を狙うべきである。
あえて共存派に攻撃を仕掛けるメリットがない。
その夜。
自室に篭り、脳内で推理に励む。ふと、峰森みるの言葉を思い出した。
『こちら側へ来ないのなら、あなたを殺す』
「こちら側へ来い」つまり、派閥へ引き込むために、誰かを探して攻撃したんだとしたら…
脳内に電流が走る。窓の外。殺気だ。
カーテンを開け、玄関を見下ろす。死んだ目をした男が、そこにいた。まずい。
「みんな逃げろォォ!」
バァン!!!!
叫ぶや否や、外から肉の爆ぜる音がした。
巨大な真骸の腕が、壁を壊して押し迫ってくる。天井が壊れ、月明かりが差し込んでくる。部屋が半壊した。
「いま、この場所には戦える奴がいない……俺がやらなきゃ、みんなが殺される! いけるか、俺……⁉︎」
突如、風を着る音と共に空から落とされた六本の白い槍が、真骸の頭を、体を貫く。
「ォォォォォオォオオオォォ!!!」
真骸が、断末魔と共に崩れ落ちる。
遥か上空から、誰かがこちらを目掛けて言葉を投げかけてくる。
「兄ちゃん、ごめんなぁ! ちょいと家壊してもうたわ!」
訛りまくりの関西弁で、その男は空から降りてきた。
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「わしの名前は高田源次郎っちゅうねん! 一応、人類根絶派で活動させてもろてる」
「はぁ⁉︎ 人類根絶派!?」
高田源次郎と名乗った男は、唐突に驚愕な自己紹介をすると満足げに笑った。
「根絶派が、何でこんなところに堂々と……」
「あぁ、待ってくれ! 別にわしはな、争いたいわけやないねん。共存派やなくて、骸根絶派の縄張りやったらこんな堂々と来られへんしな。今日はあんたらに報告すべきことだけ伝えに来たんや!」
「報告すべきこと? なんですか、それは」
三澤が、敵意剥き出しで返事をする。その表情には笑顔や優しさの感情は一切なく、曇りなき敵意のみの顔であった。
「こうなるから来たなかってん……。ええか?一回しか言わんからよう聞き! 今回の真骸の攻撃は、わしらのもんやない。人類根絶派は、今共存派と喧嘩するつもりはないんや」
「そんな……っ! それじゃあ、いったいどこの誰が……」
「定説に則って自然発生した、て考えるべきちゃうか?」
「……こちらには、あなたを信じる材料がない」
「今回出てきた真骸。あいつ殺したん誰や?」
「……っ」
確かに、真骸を倒したのは高田だ。今回のこの攻撃が人類根絶派でないなら、一体どこのどいつが…?
「今回のこれは、わしらの中では骸根絶派が関わっとんとちゃうかって睨んでる」
「ありえないですよ。骸を殺す奴らが、骸を利用するなんて…しかも、共存派には普通の人間だっているんですよ?」
「目撃証言があるんや。真骸が現れる数分前、事件の場所に突っ立ってた"女か男かわからん赤髪の子供"がおったってな」
「男か女かわからない赤髪の子供…? まさか…!」
三澤は飛び上がると、急いで押し入れの中をかき回す。何を探しているのだろう、焦ってたくさんのガラクタが頭の上に散らばる。
「あった! ありました!」
三澤が叫びながら何かを掲げている。手に持っているものは…黒い本?
「3年前のアルバムよ。この中に確か……いた!」
パラパラとページを捲り、指刺したその写真には、黒髪の女の子、それに可愛い顔立ちをした赤髪の子供が写っている。
「やっぱか……畠野漆……!」
高田が呟く。
「だれだ?」
「3年前、姿を消した元共存派のメンバーよ。人間なんだけど、お母さんが混骸で、2人で一緒にここに住んでいたの。」
「その子がなんで……」
「お母さんが、……殺されたの。真骸に、目の前で潰されて……。」
ゾクッと背筋が凍った。
大好きなお母さんが、目の前で殺される光景が、頭の中で再現される。
とても、耐えられるようなものではない。ましてや、子供に。
「その日から、漆くんは行方不明になって……最近、骸抹殺派に所属していることが確認された。」
「そいつにどんな過去があろうが、関係あれへん。わしは殺すで、そいつを」
「待って! まだ、10歳なの! 7歳の頃に、お母さんを目の前で殺されて……! 1番仲の良かった友達まで! まだ小学生の子供が仇を! 骸を恨まないわけがないでしょう!」
「派閥に入った時点で死ぬ覚悟はできてると捉えなあかん。殺さな、殺される。それがこの世界や。子供大人は関係あらへん」
高田は無慈悲にそう言い放つと、壊れた部屋の端まで歩く。
「別に、これで仲良くなったとかは思わんことや。あくまで、今回の件の報告と弁解に来ただけ。邪魔すんのなら殺す」
「漆くんを殺したら許さないから」
「そりゃ結構なことや。その怒りを忘れんな。んじゃあな」
そう言うと、高田は力強く地面を蹴り上げ、目にまとまらぬ速さで空へと消えていった。
「漆くん……なんで……?」
三澤が、泣きそうな、消え入りそうな声でそう呟いた。
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