11.「混骸」
「それじゃあ、次ね。混骸について」
「あぁ。よろしく頼む」
真骸について、ノートへの書写しが完了する。
見返して、見返して、この世界についてのことをもっと知らなければ。
「……張り詰めてない? 大丈夫?」
「……? あぁ、大丈夫だよ。全然、なんもない」
「ほんと? ならいいんだけど」
しんどくなんてない。この世界のことをもっと知りたいという好奇心が俺を突き動かしている。
「それじゃあ、混骸についてのレクチャーを始めます!」
「よろしくお願いしまーす」
「まず、混骸って何だ? っていう感じだと思うんだけど、別に真骸と人間のハーフっていうわけじゃないからね」
「あぁ、綺羅さんがそれっぽいこと言ってたな……」
「混骸が生まれたのは、今からはるか1200年前。当時の権力者の『玄麓家』の当主、玄麓平秀が、当時現れ始めた真骸に対抗するために、真骸から抽出したエネルギーと外殻を実験体に植え付けてできたのが混骸。ここまでおっけー?」
「そんなに昔から存在してたんだな……でも、何で現代で生まれてくる子供に混骸がいるんだ?」
「その話はちょっと待って。後でする。とにかく、たくさんの実験を繰り返して生まれた初めての成功個体がいたの。でも、それは奇跡の個体。完璧な肉体、完璧な精神、完璧な真骸との適性」
「奇跡の個体……」
「その後、幾度となく実験は繰り返されて、当時の時代に存在した混骸の個体はたったの10人」
「一体、どれだけの人々が失敗したんだろう……」
「その個体と人間の間に生まれた子供。これが不思議なことに、混骸だったの。おそらく、この10人の真骸との適合性は遺伝子情報まで変えさせる程だったのね。生まれた子供は、すでに人間の遺伝子情報を超越していた」
「それが脈々と現代まで繋がってきたってわけか……」
「当時の10人に比べれば遺伝子情報は人間に近づいてきているし、混骸の子孫でも人間に戻っている人もいる。それでも稀に限りなく真骸に近い混骸が生まれることがあるの。それが、1000年前に生まれた混骸『黎明様』」
「れいめい、さま……?」
「さっき、Sランクの真骸の話をしたでしょう?誰にも止められるはずのないこの真骸を倒して、滅ぶはずだった人類や混骸を救ったのはこの黎明様。現代の混骸界にもその名前は残っていて、いまだに崇められている存在なの」
「その黎明様って、どんな強さなんだ?」
「そうね…とにかく、現代の混骸はまず、誰も敵わないと思う。能力は誰にもわからないけれど、目を離さず見ていたのにいきなり敵が倒れていた、ていう話が残ってて、いわゆる『時間停止』説が有力よ」
「時間停止……? それ、チートすぎないか?」
「チートレベルの強さだから、Sランクの敵を倒せたのよ」
「時を止める……か。憧れるな……ははっ」
「次は、混骸の生態と、今の混骸界の常識について、教えていくね」
「頼む」
「まず、生態ね。私たちは、普段食事をして睡眠をすると、体内でエネルギーに変わって活動するでしょ?」
「そうだな。人間と何も変わらない」
「ただ、それは運動に対してのエネルギーなだけ。能力に対してのエネルギーは、別の物質から返還される」
「それが、血液ってわけだ」
「血液もそうだけど、倒した真骸からもエネルギーを抽出できるよ」
「倒した相手から奪う……だから、緋石さんはあの時、倒した真骸に触れていたのか……」
「生物の血や抽出したエネルギーは、「流臓」と呼ばれる器官に運ばれる。ここで、血液は能力発現のためのエネルギーに変えられて、貯蓄されるの。」
「流臓ってどこにあるんだ……?」
「それは個人差。頭にあったり、お腹にあったり。私は、右の横腹にあるわ」
「どうやってわかるんだ?」
「感じるの。能力を使う時、少しだけ疼いたり熱くなる部位がある。それが、流臓」
「なるほど……今度意識してみよう」
「あと、骨の形や大きさを変えられるんだ。ほら、念じてみるとこんな感じ」
そういうと、三澤の腕がしなり、皮膚から細い棒状の骨が現れる。
「これ……痛いんだぁ……あんまり使わない方がいいよ。別に混骸は、怪我が早く治るわけじゃないし」
「どうして教えるためにそこまでするんだよ……」
「うちには、怪我を治すスペシャリストがあるから!後でお願いするの」
「そんなの今見せなくても、前の戦いで使ったよ……」
「えええ⁉︎ 先に言ってよ! 痛み損じゃん!」
三澤はそういうと、唇を尖らせて拗ねたふりをした。よくそんな態度で済むな。もっと怒っていいんだぞ。
「まぁいいや。そして次が、混骸界の常識だね。『人類根絶派』」、『骸根絶派』、『共存派』があることは知ってるよね?」
「あぁ。俺は共存派だしな」
「それぞれの派閥には、トップがいるの。人類根絶派には、近代最強と言われている混骸、『シロナ』。骸根絶派には、警視庁捜査零課と呼ばれる公にされていない部隊のトップ、『玄麓 冥』。そして、我らが共存派の代表、『鳴神様』。この人たちを中心にそれぞれの派閥が回っているの。共存派と骸根絶派は、今休戦協定を結んでる。今の時期はお互いが干渉しないように」
「玄麓って、まさか……」
「そう。1200年前、混骸を生み出した玄麓平秀の子孫。自分の先祖が作り出した存在を、人類の敵ごと滅ぼしたいんだってさ」
「……本当に、人が作り出した存在なんだな。俺たちって」
「そうだね。でも、生きてる。私たちには魂があって、意思があって、自分の考えで動いてる。誰かに私たちを殺す権利も、人間を殺す権利もないの」
「……そうだな。本当に、そうだ」
「……真紘くん。どうして、泣いてるの?」
「…え?」
涙が、溢れていた。
「まって、ごめん……どうしよ」
止まらない。心の奥底に響いた三澤の言葉が、暖かくじんわりと心にあった棘を溶かしていく。
「……真紘くん。彼女とかって、いるの?」
「……え? いや、いないけど……」
「そっか」
このタイミングで、思いがけない質問が飛んできた。思わず、言葉が濁る。
トッ、と椅子から降り、てててっと小走りに横に座った。
「肩借りても……いいかな?」
「え?」
返事をする前に、三澤が肩にもたれかかってきた。
思わず、ビクッと体を振るわせる。女の子に触れるのは慣れていないのだ。
「真紘くん……考えすぎちゃ、ダメだよ」
「考え、すぎ……?」
「きっと優しい真紘くんは、自分の力の大きさ、怖さと混骸を殺してしまった罪悪感で埋め尽くされているんだね」
「さん、ざわ……?」
「胡桃って呼んで?」
そう言うと、三澤は俺の頭を撫で始めた。
「いい子いい子、真紘くんはすごい子だね〜」
「く、るみ……」
涙が、頬を伝う。堰き止めていた想いが、一気に溢れ出す。自分の情けない泣きっ面が、頭に浮かんで恥ずかしくなる。でも、今はそんなこと関係ないんだ。
「ぐっるみ……お、おれ……ひとを……ころしてっ……えぐ……っだれにも、そ、相談できなくて……っ自分の、力も、なにも……っ」
「あなたの力は、『目が合った相手の思考を停止させる。』今は、それだけでいいの。深く考えすぎないで。だいじょうぶ、だいじょうぶ」
これも三澤能力なのだろうか。
三澤は、俺も知らなかった俺の心を見透かして、暖かく抱きしめてくれた。
全ての氷が、溶けた気がした。
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