10.「真骸」

 血の海が広がっていた。

 焦げ臭いにおい、鳴り続けるハウリングのような音。燃え上がる炎は、人の形をした肉塊を焼いている。


「話す気になったか?」


「本当に……何も知らないんです」


「ん〜、そうか。んじゃ、死ね」


 ガン、と蹴り飛ばす。

 椅子に拘束され、身動きの取れない男は、勢いよく炎の海へと飛び込む。


「ァァァァァァアアアァァ!」


 声にならない声を挙げ、必死にもがく。火の手は、無情ながらも、男を紅く焦がしていく。


「か、必ず、貴様らは地獄に落ちる! 必ず……っ!必ずだ!」


 男はそう叫ぶと、前のめりに倒れた。やがて、炎の餌食となり、跡形もなくなる。


「……この世界に必要のない存在なんだよ、お前らは」


 呟き、灰となった男に背を向ける。


 ギィィ…


 扉を開き、一歩進む。


「地獄で会おう」


 バタン。


 ***********************


 朝は、騒がしい目覚めだった。

 外で子供達が遊んでいるのだ。遊ぶ、にしては少々騒がしすぎる。朝から叫び倒すその姿に、少しイラつき、外に出て注意しようと扉を開ける。


「あ! 変態マヨネーズが出てきたぞ!」


「誰が変態マヨネーズや、こら」


 ここは、共存派が集まる施設。

 お互いがお互いを守りあい、生きていくための場所。


「あのなぁ、マヨネーズは何でも合うんだ。パンだって、ご飯だってな。いいから何でもかけてみろ、お前らも」


「やだよ! きもちわりぃ!」


「ちょっと真紘くん! 子供に変な食べ方教えないでよね! ご飯が台無しじゃない。」


「変なって……お前……!」


 台所から料理を持ってくるこの女は、三澤胡桃。ここに住む学生兼飯炊ババァだ。


「おい。誰が飯炊ババァだこのやろう」


「いでででで! なんで聞こえてんだよ!?」


「何となくそんなこと考えてる気がしたのよ!」


「理不尽!」


 そんなこんなで、みんな新参者の俺と仲良くしてくれている。


「おい、勝人ぉ! そんなもんじゃ大きくなれねぇぞぉ!」


「うるせぇよっぱらい! 朝から酔ってんじゃねぇよ!」


「…2人ともうるさい…」


 ここで暴れているガキは緋石勝人。怪物事件の時にお世話になり、ここを紹介してくれた緋石綺羅さんの弟だ。

 そして、あそこで酔っ払っているじいさんが奥寺元義さん。元凄腕の鍛冶屋らしい。

 ずっと下を見てブツブツ話している少女は、辰巳葵ちゃん。お母さんと少しトラブルがあり、ここで面倒を見てもらっているらしい。


「真紘くんさ、今日勉強する約束してたよね? 骸についての」


「あぁ、よろしく頼む。」


 俺は、骸についてもっと知らなければならない。そのために、三澤に教わりながら、骸について猛勉強中なのだ。


「え〜っと、それじゃあ前の復習から行くね!」


 自室に帰ってきて、早速勉強を始める。というか、自分の部屋に女の子を入れるのは少し緊張する。だめだだめだ!おれには黒乃がいるんだ!!


「ねぇ! 聞いてるの?」


「あ、あぁ、悪い悪い! 続けてくれ!」


 危ない危ない。そうだよな、こんなこと考えてちゃ、三澤に失礼だよな。


「それじゃ、続きからね。えっと、まず真骸について話すね」


「意思のない、怪物……だよな」


「そう。こいつらは、根絶派と共存派の共通の敵。突然発生しては人々を襲い、殺して吸収したエネルギーの量だけ、強くなる」


「……殺した人間から、エネルギーを吸収できるのか?」


「そう。人間の血液は、真骸の体内でエネルギーに変換される」


「なるほど……んで、そいつらが突然発生……人間がいきなり巨大化する、あれか?」


「それもあるし、動物だって例外じゃない。いつどこで現れるかわからないのよ」


「真骸になる可能性って、どこで見極めるんだ……?」


「そんなのないよ。全ての生物が、真骸になる一定の可能性を秘めてるの。それが定説よ」


「そんな……それじゃ、俺たちだっていつなってもおかしくないのか……?」


「……今、新しい可能性が出始めている。それが、『人間根絶派』が、生物を自由に真骸に変えている、という説よ」


「……」


「そうすれば、真骸になった人を合法的に殺せる。各地で一気に大量発生させれば、真骸が人を殺し、混骸が真骸を殺せる……こういうルーティンよ」


「何で、今それをしないんだ……?」


「おそらく条件がある。混骸は対象外。変化させられる能力をもつ本人が触れなければ、その対象を真骸化させられない。そして、一体の真骸を作るのに、相当のエネルギーがいる」


「……なるほど。」


「それはあくまで仮説よ。確定してるわけじゃないわ」


「真骸は、強い弱いっていう基準はあるのか?」


「体内にあるエネルギー量によって強さが変化するわ。今まで発生した真骸の強さをわかりやすくデータ化したら、D.C.B.A.Sのランクに分けられる。Dランクは、能力が発現していない…いわゆる勝人みたいな混骸1〜10人分までのエネルギー量を持つ真骸。成人の混骸一人で片付けられるレベル」


「あの爆発事件にいたやつくらいのレベルか……」


「Cランク。これは、11〜50人分のエネルギー量。Bランクは、51〜1000人のエネルギー量。恐らく、この前真紘くんが戦ったっていう混骸2人がこのレベル」


「一気に飛んだな。51から1000人か。……あいつら、そんなに強かったんだな」


「それほど、Aランク以上が化け物なのよ。Aランクは、1001人分以上よ。」


「それじゃ、そのSランクっていうのは……」


「はるか昔の歴史の中で存在したって言われる、意思と能力を持った真骸よ。ここ1000年は、現れたことのない伝説上の存在」


「強さの基準が分からないから、エネルギー量何人分相当なのか測れないのか」


「そういうこと。真骸はこんな感じでオッケーかな?」


「あぁ、すげぇ勉強になる。ありがとな!」


「……えへへ。どうする?次、混骸の話する?」


「あぁ、よろしく頼む」


 三澤の説明は、わかりやすくてありがたい。

 もっと、もっとこの世界のことを知らなければ。俺は、誰にも殺されない。誰も、殺したくないんだ。

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