9.「壊れた心を埋めるもの」

「……!」


「どうした、火鎚」


「いんや、なんもねぇ」


 窓の外を見る。緑色に彩られ、木々が芽吹く大地。天を刺すように聳える二つの山。霧掛かって、薄く滲んでいる。


「くだらねぇ」


 男は吐き捨てると、再びスマホに目を移す。


「火鎚〜! 今日カラオケ行かない??」


「いかねぇよ。今日はお袋に料理を作ってやる約束したんだ」


「ふ〜ん、そっかぁ、偉いなぁ〜」


「ふん」


 ふいにスマホが震え、メッセージが入る。

 そのメッセージを見た瞬間、立ち上がり、眉間に皺がよる。


「はっ…! 俺が全部燃やし尽くしてやる…! 化け物も、怪物も」


 男の目には、殺気と興奮が含まれていた。


 ***********************


 新聞には大々的に、「星学大量殺人事件 死亡者58名 負傷者75人 愉快殺人による犯行 犯人自首」と書かれていた。

 やはり、この世界は記憶改竄の技術がすごいみたいだ。目撃者も、矛盾なく供述したらしい。

 理解はできる。だが、やはり納得はできない。骸に殺された人々が何より浮かばれない。

 人間が骸を恐怖する限り、骸が人間を拒絶する限り、共存はできないのか…。

 何より、今回手に入った収穫は大きい。「骸は家族を食うと能力を奪取できること」「骸の骨は形状を変化させられること」そして…

 俺の能力。本当に、「骸を使役できる」ことなのだろうか。だが、確かにそれなら辻褄が合う。今まで、何度かあった目を合わせると相手が停止すること。なら、蝶や猫などの、骸以外にも使えたのは一体…?

 考えても仕方がない。今は、手に入った情報と、これからの戦い方を考えるんだ。少しでも、生き残れるように。


 ************************


「真紘くん……怖かった〜!!」


 峰森姉弟との戦いが終わると、ロッカーから揺れ、勢いよくバッと開いた。

 先ほどまで戦っていた真紘と灰咲は即座に臨戦態勢に移り、警戒してその方向を見ると、そこにいたのは黒乃だった。


「はぁ……あぁ……黒乃か……よかった……」


「真紘くん……これって一体……?」


「えっと、これはその……」


「時期に説明がくる。今は、何も考えず詮索もしないでほしい」


 灰咲がすかさずフォローを入れる。何と説明すればいいのかなんて、わからない。


「でも、会長と副会長、死んじゃって……」


「頼む。今日見たこと、全て今は聞かないでくれ。俺たちに言えるのはそれだけなんだ」


「…わかりました」


 納得いかない様子で頷く。ホッと胸を撫で下ろし、安堵からか、全身の力が抜けて…


「真紘くん⁉︎」


 そのまま俺は、半日目を醒さなかった。


 黒乃が生きていてくれたこと、それだけで良かった。

 だから、今できること。大切な人を守れる、十分な力をつけること。能力に頼らずに戦える方法を探すんだ。


 ************************


「真紘くん! 聞いてるの⁉︎」


「ん? あぁ! ごめん、聞いてなかった」


 今日は黒乃と出かけている。あんなことがあったのに、メンタルが強い。まぁ、記憶は書き換えられているのだろうが。


「かっこよかった〜って褒めてるんだよ? 殺人犯に立ち向かう真紘くん! もう1人の男の人は知らないけど、真紘くんとってもカッコ良かった! でも、無茶はダメだよ! 殺されちゃうかもしれないでしょ⁉︎」


「はは…そりゃどうも」


 どんな記憶に書き換えられているんだか。

 殺人犯に立ち向かう俺の図…想像するだけで、少しシュールだ。


「代谷……真紘さんですね?」


 突然、正面から男の声がした。黒いスーツ、黒縁のメガネ、七三に分けた髪の下にある目は、ニヤリと笑っていた。


「少し……お話、よろしいですか?」


「ダメです!」


 唐突に黒乃が割って入った。


「今日はこの人は私と一緒にいるんです。マスコミの方ですよね? 真紘くんは疲れているのでお引き取りください。何も話すことはありません!」


 すごい剣幕で捲し立てている。あのふわふわとした黒乃からは想像できないような姿だ。


「真紘くん、いこっ!」


「あぁ……ちょっ、待って!」


 早足でその場を回れ右して、反対方向に歩いていく黒乃を追いかける。普段の黒乃とは、少し違った雰囲気だ。そんなとこも好き。


「……。」


 黒いスーツの男は、2人が視界から消えるまでずっと見つめていた。


「……邪魔が入った。すまない、情報は後日だ」


 耳に当てている小型の携帯からは、男とも女とも似つかない声が漏れてくる。


「もういいよ。大丈夫。帰っておいで」


「……。」


 男は何も言わず、車に乗り込み、消えていった。


 ************************


 そよ風がなびく白い部屋、カーテンが舞う窓に腰をかけ、外を眺めている。

 明るい光が差し込むその部屋には、2人の男がいる。


「君に、もう少し早く出会えていればね」


 男は、ベッドの上で寝ているもう1人の男に話しかける。


「やっぱり、返事は……くれないね」


 ベッドの上で寝ている男は、何も答えない。

 その様子を見つめながら、ふと涙が流れる。


「泣くのは、これで何回目かな」


 涙は見せまいと、外を見る。

 ベッドの男の顔には、眼球がなかった。血も流れ尽きて、カラカラに乾いた「それ」は、もはや生き物とは呼ばない代物だった。


「次は……次こそは、君を救ってみせるよ」


 空には、四つの太陽が浮かんでいた。

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