9.「壊れた心を埋めるもの」
「……!」
「どうした、火鎚」
「いんや、なんもねぇ」
窓の外を見る。緑色に彩られ、木々が芽吹く大地。天を刺すように聳える二つの山。霧掛かって、薄く滲んでいる。
「くだらねぇ」
男は吐き捨てると、再びスマホに目を移す。
「火鎚〜! 今日カラオケ行かない??」
「いかねぇよ。今日はお袋に料理を作ってやる約束したんだ」
「ふ〜ん、そっかぁ、偉いなぁ〜」
「ふん」
ふいにスマホが震え、メッセージが入る。
そのメッセージを見た瞬間、立ち上がり、眉間に皺がよる。
「はっ…! 俺が全部燃やし尽くしてやる…! 化け物も、怪物も」
男の目には、殺気と興奮が含まれていた。
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新聞には大々的に、「星学大量殺人事件 死亡者58名 負傷者75人 愉快殺人による犯行 犯人自首」と書かれていた。
やはり、この世界は記憶改竄の技術がすごいみたいだ。目撃者も、矛盾なく供述したらしい。
理解はできる。だが、やはり納得はできない。骸に殺された人々が何より浮かばれない。
人間が骸を恐怖する限り、骸が人間を拒絶する限り、共存はできないのか…。
何より、今回手に入った収穫は大きい。「骸は家族を食うと能力を奪取できること」「骸の骨は形状を変化させられること」そして…
俺の能力。本当に、「骸を使役できる」ことなのだろうか。だが、確かにそれなら辻褄が合う。今まで、何度かあった目を合わせると相手が停止すること。なら、蝶や猫などの、骸以外にも使えたのは一体…?
考えても仕方がない。今は、手に入った情報と、これからの戦い方を考えるんだ。少しでも、生き残れるように。
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「真紘くん……怖かった〜!!」
峰森姉弟との戦いが終わると、ロッカーから揺れ、勢いよくバッと開いた。
先ほどまで戦っていた真紘と灰咲は即座に臨戦態勢に移り、警戒してその方向を見ると、そこにいたのは黒乃だった。
「はぁ……あぁ……黒乃か……よかった……」
「真紘くん……これって一体……?」
「えっと、これはその……」
「時期に説明がくる。今は、何も考えず詮索もしないでほしい」
灰咲がすかさずフォローを入れる。何と説明すればいいのかなんて、わからない。
「でも、会長と副会長、死んじゃって……」
「頼む。今日見たこと、全て今は聞かないでくれ。俺たちに言えるのはそれだけなんだ」
「…わかりました」
納得いかない様子で頷く。ホッと胸を撫で下ろし、安堵からか、全身の力が抜けて…
「真紘くん⁉︎」
そのまま俺は、半日目を醒さなかった。
黒乃が生きていてくれたこと、それだけで良かった。
だから、今できること。大切な人を守れる、十分な力をつけること。能力に頼らずに戦える方法を探すんだ。
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「真紘くん! 聞いてるの⁉︎」
「ん? あぁ! ごめん、聞いてなかった」
今日は黒乃と出かけている。あんなことがあったのに、メンタルが強い。まぁ、記憶は書き換えられているのだろうが。
「かっこよかった〜って褒めてるんだよ? 殺人犯に立ち向かう真紘くん! もう1人の男の人は知らないけど、真紘くんとってもカッコ良かった! でも、無茶はダメだよ! 殺されちゃうかもしれないでしょ⁉︎」
「はは…そりゃどうも」
どんな記憶に書き換えられているんだか。
殺人犯に立ち向かう俺の図…想像するだけで、少しシュールだ。
「代谷……真紘さんですね?」
突然、正面から男の声がした。黒いスーツ、黒縁のメガネ、七三に分けた髪の下にある目は、ニヤリと笑っていた。
「少し……お話、よろしいですか?」
「ダメです!」
唐突に黒乃が割って入った。
「今日はこの人は私と一緒にいるんです。マスコミの方ですよね? 真紘くんは疲れているのでお引き取りください。何も話すことはありません!」
すごい剣幕で捲し立てている。あのふわふわとした黒乃からは想像できないような姿だ。
「真紘くん、いこっ!」
「あぁ……ちょっ、待って!」
早足でその場を回れ右して、反対方向に歩いていく黒乃を追いかける。普段の黒乃とは、少し違った雰囲気だ。そんなとこも好き。
「……。」
黒いスーツの男は、2人が視界から消えるまでずっと見つめていた。
「……邪魔が入った。すまない、情報は後日だ」
耳に当てている小型の携帯からは、男とも女とも似つかない声が漏れてくる。
「もういいよ。大丈夫。帰っておいで」
「……。」
男は何も言わず、車に乗り込み、消えていった。
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そよ風がなびく白い部屋、カーテンが舞う窓に腰をかけ、外を眺めている。
明るい光が差し込むその部屋には、2人の男がいる。
「君に、もう少し早く出会えていればね」
男は、ベッドの上で寝ているもう1人の男に話しかける。
「やっぱり、返事は……くれないね」
ベッドの上で寝ている男は、何も答えない。
その様子を見つめながら、ふと涙が流れる。
「泣くのは、これで何回目かな」
涙は見せまいと、外を見る。
ベッドの男の顔には、眼球がなかった。血も流れ尽きて、カラカラに乾いた「それ」は、もはや生き物とは呼ばない代物だった。
「次は……次こそは、君を救ってみせるよ」
空には、四つの太陽が浮かんでいた。
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