8.「誰も悲しまない」
泣き崩れて10分経った頃だろうか。突然、みるは天井を見上げて、息を吐き出した。
「あなたと私は、ずっと一緒よ」
みるはねろの体を口に運び、噛みちぎった。
「弟を……食ってるのか……?」
「聞いたことがある……血の繋がった骸は、共食いすることで自分の中にあるエネルギーと同化させ、能力を得ると……しかし、失敗したら真骸化して死ぬぞ!」
正気がなくなったみるは、その体の一部を食べ終わると立ち上がり、こちらを睨みつける。そこに、生気はなかった。
「……来るぞ。」
いうや否や、みるは飛び上がり、刀を振り上げる。その背後から、触手のような影の腕が6本、こちらを目掛けて襲いくる。
「避けろ!」
ズドォン……
という激しい音が響き渡る。
直後、真紘の首を目掛けて刀が振り下ろされる。
バッと体が弾かれる。灰咲が、身を挺してかばってくれたのだ。
灰咲の背中が赤く染まる。
「灰咲!」
「俺の硬化を……こうも容易く……!」
みるの刃は、それまで以上に切れ味を増していた。
「大丈夫か⁉︎」
「心配するな。かすり傷だ」
かすり傷と呼ぶには深すぎるその傷は、赤黒く滲み、黒く染まる。…?黒く…?
「灰咲! 傷を塞げ!」
叫ぶよりわずか一瞬早く、灰咲の傷口から影の腕が伸びる。
「何だと⁉︎」
影は灰咲を巻き取り、身動きできないよう拘束した。
「ねろ…この力は、ねろの力。10分ごとにあなたを締め上げ、1時間も経てば体は弾け飛ぶ。」
「くっ……!」
あの刀にかすりでもしたら終わりだ。まさに一撃必殺。
どうする……!頭をフル回転させても、この暴走姉に勝てる未来が見当たらない。というか、つい昨日や一昨日に自分が骸だと知ったばかりなのだ。自分の能力も分からないのに、勝てるわけがない。
「絶対、絶命なのか……?」
勧善懲悪ヒーローモノのようにはいかない。綺麗事など存在しないのだ。負ければ死ぬ。死ぬわけにはいかないのだ。
考えろ。考えろ。何か策はあるはずだ!
刀さえ……刀さえ奪えば、勝機は掴める。
「真紘! 手の骨を研ぐイメージをしろ!」
「手の骨⁉︎」
「骸なら誰でもできる! 手の骨の形状を変えて、武器を生み出すんだ!」
「手を研ぐ……手を研ぐ……」
するとどうだろうか。激しい痛みとともに、手の骨の形状が変わっていくのが伝わる。手のひらの皮膚を切り裂き、中から鋭い骨の刀が生えてきた。
「はぁ……はぁ……こ、これが、骸の力……?」
この武器で、形勢逆転できるだろうか。いや、形勢逆転するんだ。しなければ死ぬ!
「5分、経過」
「ぅ、ぐぁ‼︎」
灰咲が呻き声をあげる。影が締まり始めたのだ。
行くしかない。覚悟を決めて気合を入れる。
「はぁぁぁぁ!」
声を荒げて、走り出す。と同時に、先ほど拾っておいたねろの腕を投げつける。
反射的にねろの腕を斬った。みるが目を見開き、斬りつけた腕を視線で追う。
「いやぁぁぁぁ‼︎ ねろおぉ‼︎」
「そこだ!」
動揺した隙をつき、みるの胴体を斬りつける。
蹴り倒し、みるの体が黒板の下へと吹っ飛ぶ。
「おわりだ!」
倒れ込む瀕死のみるに、ダメ押しとしてもう一撃お見舞いしようと、再び刀を振り上げる。
「……え?」
それは、この教室にいた3人の声が重なった瞬間だった。
みるは、持っていた自分の刀を、心臓に突き刺していた。
突き刺した本人も、何が起こったか分からないといった様子で傷口を見る。
直後、血を吐き倒れる。倒れた衝撃で刀が抜け、絶望的な量の血が吹き出す。
「……ね……ろ」
這いずって弟の名前を呟き、弟の体を探し、ぎゅっと手を握る。涙を流し、左手に持っていたお守りを、ねろの右手と包み込んだ。
「そう……いう、こと……ね……」
死力を尽くして真紘を睨みつけると、言葉を絞り出して呟く。
「あな……たは、きょ……うぞんは……にいて……は……いけない……」
目に光はなかった。もう、長くはない。隣に転がる弟の亡骸に視線を戻し、瞼を閉じた。
「あい……して、いる……わ」
最後の言葉は、その一言で尽きた。
「……消えた。」
灰咲に巻きついていた影も消え、拘束を解除される。
「なんだったんだ?最後、なんで自決なんて……」
「ずっと引っかかってるんだ……峰森ねろの言葉……」
震え、顔を引き攣らせて真紘は呟く。
「命を冒涜するなって。そして、今の峰森みるの言葉……共存派に居てはいけない?」
「……真紘?」
「これが……これが、俺の能力なのか……?」
もし、これが能力なのだとしたら、命の冒涜どころではない。
他人の価値を、関係を、環境を、全てを狂わせてしまう。
その力は、絶対的な悪だった。
その力は、絶対的な強さだった。
その力は、絶対的な恐怖だった。
この力が真実なのだとしたら…
それは、「骸の意思を消し、使役する」という力だった。
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