5.「人はなぜ生きる」
黒乃がいない。
さっき、ほんの数分前までそこにいたはずなのに。
魂が抜け落ちそうな勢いで失意が襲う。
ダメだ。諦めるな。きっと、どこかに逃げてるはずだ。
「あ〜れぇ? 君って代谷くんじゃない?」
不意に背後で声がする。
振り返ると、そこには異形が立っていた。
「君とは話したことなかったなぁ〜! 同じ学年なのに全然話す機会なかったもんなぁ〜! ずっと話したかったんだよ? 混骸同士さぁ!」
まるで以前から知っていたかのように話しかけてくる「それ」は、影を立体化させ、複数の腕を生やした異形の形をしていた。声にはエコーがかかっており、目は赤く光っている。
不思議と、恐怖はなかった。
「……黒乃はどこだ」
「んん〜? なぁに〜?」
「黒乃はどこだって聞いたんだよ‼︎」
「あぁ……花木さんかぁ」
呟くと、突然影は体積を落とし、内側から人が現れる。
紫の髪、赤い襷、鋭い目つき。
「峰森みる…⁉︎」
「違う違う、それはお姉ちゃん。俺は弟だよ!」
よく見ると、青みがかった紫のショートヘアに姉より少し垂れた目つき。
同じ学年であり、生徒会副会長・峰森ねろの姿がそこにあった。
「峰森、ねろ……」
「俺のこと知ってんの⁉︎ 嬉しいなぁ〜! 前からまひろっちには興味あったんだよね!」
「気安く呼ぶな。黒乃はどこにいる」
「かっくぃ〜! 警戒心ビンビンだね!」
「早く言え。どこにいる!」
「花木さんなら……ここさ」
そういってねろはバン!と扉を叩く。「生徒会室」の文字が書かれている。
「そこに…いるんだな⁉︎黒乃は!!!!」
「嘘はつかない……だけど、行かせはしないよ」
「何?」
ねろはそう言うと、穏やかだった可愛らしい垂れ目を釣り上げる。瞳孔が狭まり、まるで猫のような眼でこちらを睨みつける。
「花木さんを……『人間』を助けたきゃ、俺を倒していけよ‼︎ 共存派ァ‼︎」
ブァッと空気が揺れ、再びねろを影が包む。
口調が変わり、荒々しい気迫が漂ってくる。
「殺せねぇだろ……共存派は……! 人間も、骸も‼︎ 共存ってのはなァ、俺たちが生きる上での枷でしかねぇんだよ……! 人間は俺たちを殺す! だから! 俺たちは! 人間を殺すんだ!!」
「俺は守りたいもん守るだけだ……! 人とか、骸とか、関係ねぇ! お前には、わかんねぇ感情だろうな!」
本当に恐怖はない。昨日や一昨日知ったこの世界、非現実的な目の前の生物。それなのに、怖くも何ともない。力が、漲ってくる。これが火事場の馬鹿力……!
今なら勝てる。そう確信していた。
「お前は殺さねぇ……。混骸だからよ。お前も、こっちに来い。まだ間に合う。人間を抹殺するんだ。俺たちだけの世界を作るんだよ!!」
そういうと影は、その体躯の二倍はあろう大きな骨の釜を作り出す。まって。それは反則でしょ。やっぱ無理だ死ぬこれ。
良い確信は、本当に当たらない。
ーーでも。
「誰も殺さねぇ‼︎ お前も、人間も! 俺も死にたくねぇしな!」
「へぇ……かっけぇなぁ……。死なねぇくらいに殺してやるよ!」
影が飛びかかる。このまま食らえば真っ二つだ。
体が強張ってしまっている。まずい。金縛りにあったようだ。指先さえも動かない。
ピィ……ン……
バタン。
耳鳴りのような音がしたと思えば、突然目の前でねろが倒れた。まただ。あの不可思議な、目が合うと物体が停止する神の悪戯。また救われた。
安心も束の間、急いで生徒会室の扉を開ける。
昼時の暖かい日差しが差し込む部屋。静かで何もない。
「ーー! はめられたっ!」
黒乃の姿は、そこにはなかった。
ねろが目覚めるのもそう時間はかからないだろう。今は急いで、黒乃がいる可能性のある部屋を探さなければならない。
「あら、いつ、ここに花木さんがいないと言いましたか?」
凛とした鈴の音のような声に思わず呼び止められる。
誰もいない教室の奥。ロッカーが並ぶその上に、生徒会長・峰森みるの姿はあった。
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