4.「笑う門に絶望」


 キーンコーンカーンコーン。

 休み時間のチャイムと共に、学年の廊下が色めき立つ。

 ここは、「星王学園高等学校」。偏差値は50〜55くらいの、自称進学校である。


「おい聞いたかよ! 芦川ビルの話!」


「爆発したんだろ? 確か、テロリストが自爆して、銃の乱発騒ぎがあったとか!」


「死傷者数38人だろ? よかったよ、俺、あの事件起こる1時間くらい前にあそこ通ったんだよ!」


 本当に、記憶は改竄されているらしい。「怪物が出た」などという話は一切なかった。


「真紘くん!」


 ドン!と背中を押され、思わず「グェ」というカエルが潰れたような情けない声が出る。

 パッと振り返ると、同じクラスの女子の姿があった。


「真紘くん! ご飯一緒に食べよ!」


「あ、そっか、もうお昼休みか。そうだな、学食でもいく?」


「……ううん、2人で静かなとこで食べたいな」


 恥ずかしそうに、つぶやいたこの女子の名前は花木黒乃。人間関係で裏表ができやすい高校生の荒波の中、唯一と言っていいほど純粋な天然記念物だ。

 ……俺のこと好きなのかな?


「わかった。でも、今日弁当持ってきてないから、コンビニ行っていいか?」


「そんなこともあろうかと、お弁当作ってきました! 手作りだよ!」


「ほんとに⁉︎」


 まじで俺のこと好きなのか?という疑問は、いつも通りおそらくNOなので頭の中だけでそう思っておく。

 いつもそうだ。「俺のこと好きなのかな?」と少し浮かれると振られる。もう、懲り懲りだ、


「どこで食べる? 屋上か、中庭?」


「化学準備室前がいい。あそこ、絶対誰も来ないし」


「いいよ。そこにしよっか」


 誰も来てほしくないらしい。重めな感じで可愛いな、と心の中でつぶやいておく。


「真紘くん、一人暮らし始めたんでしょ?」


「え、何で知ってんの?」


「だって今朝、久々にお家に迎えにいったら、お父さんがもう一人暮らししてるよって言ってたもん」


「あぁ〜、そうなんだ……」


「何で言ってくれないの! 大切なことなのに〜!」


 ちょっと拗ね気味にぷぃっと首をそらす。そんなとこも可愛い。


「ねぇ、お家遊びに行っていい?」


「それはちょっと……え〜、と、あ! 寮だから、部外者立ち入り禁止なんだ!」


「う〜ん、それなら仕方ないなぁ……」


 話してるうちに化学準備室前に到着した。荷物を下ろし、弁当を待つ。


「あ、ごめん! ちょっとお手洗いに行ってくるね!」


「りょ〜かい!」


 駆け足でお手洗いに向かう黒乃を見送ると、ぼ〜っと昨日あったことを思い出す。


「それにしても、不思議な体験だったよな……」


 あるはずのないことが起きて、まるで運命の歯車が狂ったように生活が一変した。

 1番実感が湧かないのが、


「……俺、混骸なんだなぁ……」


 そう呟くと、突如視線に刺された感覚に襲われる。

 バッと左に首を捻ると、髪の長い女性が歩いて来ていた。

 赤みがかった紫色の髪、鋭い目つき、赤い襷……この学校の生徒会長、峰森ねる。わずか一年で学校をまとめ上げたという噂とともに、三年生の現在、その溢れるカリスマ性は健在という感じだ。


「あなた、代谷真紘くん、ね」


「え? あ、はい。そうですけど」


 ねるはにっこりと笑い、


「ごきげんよう」


 そういうと、廊下を歩いて行き、やがて足音もしなくなった。


「ただいま〜」


 すると駆け足で戻ってきた黒乃が、どうしたの?という風に顔を覗き込んでくる。


「なんかあったの?」


「……なにも」


 汗が、止まらない。震えも。

 ゾワゾワと鳥肌が立つ。何か嫌な予感だ。

 良くないことが始まる、第六感がそう告げた。


「……黒乃」


「なーに?」


「俺、帰る!」


「え? え⁉︎ 真紘くん⁉︎」


 そういうや否や、荷物を持って駆け出す。

 こうしていられない。何か、不吉なことが始まっている。

 階段を降りる。飛ばし飛ばし、3段飛ばし。


 ブシャ。


 目の前が真っ赤に染まる。


 階段の踊り場が、見たこともない物体で埋め尽くされていた。


 そこには、人の形をした肉塊と、水溜りのような血、そして臓物が転がっていた。

 命の価値を歪ませるそれは、意図として壊された痕があった。

 震えが止まらない。血だらけの地獄絵図と化した廊下を見て、さっきの第六感が当たったことを確信する。


「嫌な予感は、的中しやがる……」


 震える声を押し殺し、呟く。いったい誰がこんなことをーー

 ふと、再び頭に電気が走る。


「黒乃!!!」


 そう叫ぶと、またいた場所へと駆け上がる。

 走って、走って、守るべき人を、守るべき場所へ。

 そこに、黒乃の姿はなかった。

 ***********************


 上裸の男は、シャワーを浴びながら涙を流していた。


「……また救えなかった……」


 その嘆きは震えていた。力なき声、それは嘆きというより諦観に近かった。


「僕は、それでも諦めてやらないよ。まだ、未来への分岐点はたくさんあるんだ。運命だって変えられる」


 男は、諦められない。大切な人を幸せにするために。

 もう何も、溢さないように。

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