2.「生きる理由も死ぬ理由もない」
爽やかな風が吹く。白い雲がもくもくと流れる青空を見上げた1人の男が、輝く水面を背に、立っている。
「まだ足りないね……」
そう呟くとスッ、と歩き出す。
「きっと、死なせないよ」
白い光とともに、男は消えた。
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寒い夜風が吹く道を、ひたすらに歩いている。
もう何時間経っただろうか。一向に、目的地に着く気配はない。
「ちっくしょー。そろそろ疲れたぞ……」
「文句を言うな。我々のことを知った以上、そのまま返してやるわけにもいかんのだ」
「こんなことになるなら! 先に言ってくれてりゃ、あんたらのことなんて聞かなかったよ!」
寒さに震えながら、真紘は声を荒げる。
隣を歩く男は、スキンヘッドに寿司のネタ(たまご)がのっているような、世紀末を連想させる髪型をしていた。
「あまり舐めた態度をとっているとどうなっても知らんぞ。姐さんに手を出さないよう言われていなかったら、貴様はすでに死んでいる」
「そんなTHE・世紀末の主人公みたいなセリフ言わなくても……」
ため息をつきながら、数時間前のことを思い出す。
5時間前ーー
取調室のような部屋の中、向かい合った「歩く18禁」オーラを醸し出す女性が、艶かしくこちらを見つめている。
「……なんでしょうか。」
「ううん、気になっただけよ。あなたにもしっかり、"それ"が宿っているのかどうか」
「それっていうのは…?」
「…血よ」
「血?」
「……さっきの怪物との戦い。あなたの知りたいことは全て教えるわ。それを聞いて、あなたは今後どうするのか、自分で決めてちょうだい」
質問の返答を曖昧にされたようで、少々引っかかってしまう。
「さっきの怪物は、『骸』と呼ばれる存在。全国各地で発生、人々に甚大な被害を与えているわ」
「さっきみたいな出来事が、全国各地で⁉︎ なんでニュースにならないんですか⁉︎」
もし先ほどのような事故が全国で多発しているならば、人々は知らないはずがない。あの怪物は初めて見たし、聞いたこともなかった。
「記憶改竄よ」
「記憶改竄?」
「そう。……1から説明するわね。骸には、意思のない怪物『真骸』と意思のある人間の形をした『混骸』が存在しているわ。今回、あなたを襲ったのは真骸の方ね」
「真骸と、混骸……」
「そして、混骸……いわゆる『混じり』ね。例えるなら、人間と骸のハーフってとこかしら。これが、また面倒くさいものでね。体内のエネルギーを放出する生態があって、このエネルギーが超常現象……超能力を作り出す。この地球に存在しないはずの力よ」
「超能力…⁉︎」
「信じられないでしょうけど、証拠に、私があなたに最初に話しかけた時。あれは、私の『テレパシー』の能力よ」
「深く考えては、いけない……あの言葉ですね……」
「そう」
「ということは、緋石さんもその、混骸……? なんですか⁉︎」
「……えぇ。超能力っていうのはわかりやすい表現なんだけれど、骸にはそんな生態があるわ。真骸と違って身体を守る外殻はないから、その分自身を守るために進化していったんだと思う。そして、その派生の能力の一つ、『記憶改竄』。これを駆使して、一般人に広まらないよう、今までやってきたの」
「驚くというか、ツッコミどころがありすぎるんですが……」
「……今から話すことは、絶対に一般人には口外できないことよ」
「……?」
空気が、変わる。張り詰めた緊張の中、緋石は口を開いた。
「混骸達は、大きく三つの派閥に分かれている。一つは、『人類根絶派』一つは『骸根絶派』よ」
「人類根絶って、人間を滅ぼすっていうことですか⁉︎」
「そう。そして、『骸根絶派』。これは、人間が唱えた派閥。人類を滅亡させ、骸だけの世界にするのか、骸を滅亡させ、人類だけの世界にするのか。極端な思想ね。あなたなら、どちらを選ぶかしら」
「……どうして俺に、こんな話を……?」
「代谷真紘。以前から名前は聞いていたわ」
「え?」
「代谷君。心して聞いてね」
ここまでくると、何を言われるのかはっきりと確信を持ってしまった。
俺は。俺は…
「あなたは、生まれもっての混骸よ」
悪い確信は、いつも当たってしまう。
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失敗を積み重ねてきた。
疲れ果てた心と、元気が有り余る体はちぐはぐで、不安定で、バランスを崩すと二度と立たないほどに打ちのめされている。限界ラインは、もう遥か昔に超えていた。
「それでも僕は……」
男は、立ち上がる。泥だらけの顔で、それでも生きた目をして、前を向く。
「僕は、君を救って見せる」
淡い希望で。それでも、1%でも、未来につながる可能性があるのなら。
男は、その可能性を信じて、歩き出す。
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