2.「生きる理由も死ぬ理由もない」

爽やかな風が吹く。白い雲がもくもくと流れる青空を見上げた1人の男が、輝く水面を背に、立っている。


「まだ足りないね……」


 そう呟くとスッ、と歩き出す。


「きっと、死なせないよ」


 白い光とともに、男は消えた。


 ***********************


 寒い夜風が吹く道を、ひたすらに歩いている。

 もう何時間経っただろうか。一向に、目的地に着く気配はない。


「ちっくしょー。そろそろ疲れたぞ……」


「文句を言うな。我々のことを知った以上、そのまま返してやるわけにもいかんのだ」


「こんなことになるなら! 先に言ってくれてりゃ、あんたらのことなんて聞かなかったよ!」


 寒さに震えながら、真紘は声を荒げる。

 隣を歩く男は、スキンヘッドに寿司のネタ(たまご)がのっているような、世紀末を連想させる髪型をしていた。


「あまり舐めた態度をとっているとどうなっても知らんぞ。姐さんに手を出さないよう言われていなかったら、貴様はすでに死んでいる」


「そんなTHE・世紀末の主人公みたいなセリフ言わなくても……」


 ため息をつきながら、数時間前のことを思い出す。


 5時間前ーー


 取調室のような部屋の中、向かい合った「歩く18禁」オーラを醸し出す女性が、艶かしくこちらを見つめている。


「……なんでしょうか。」


「ううん、気になっただけよ。あなたにもしっかり、"それ"が宿っているのかどうか」


「それっていうのは…?」


「…血よ」


「血?」


「……さっきの怪物との戦い。あなたの知りたいことは全て教えるわ。それを聞いて、あなたは今後どうするのか、自分で決めてちょうだい」


 質問の返答を曖昧にされたようで、少々引っかかってしまう。


「さっきの怪物は、『骸』と呼ばれる存在。全国各地で発生、人々に甚大な被害を与えているわ」


「さっきみたいな出来事が、全国各地で⁉︎ なんでニュースにならないんですか⁉︎」


 もし先ほどのような事故が全国で多発しているならば、人々は知らないはずがない。あの怪物は初めて見たし、聞いたこともなかった。


「記憶改竄よ」


「記憶改竄?」


「そう。……1から説明するわね。骸には、意思のない怪物『真骸』と意思のある人間の形をした『混骸』が存在しているわ。今回、あなたを襲ったのは真骸の方ね」


「真骸と、混骸……」


「そして、混骸……いわゆる『混じり』ね。例えるなら、人間と骸のハーフってとこかしら。これが、また面倒くさいものでね。体内のエネルギーを放出する生態があって、このエネルギーが超常現象……超能力を作り出す。この地球に存在しないはずの力よ」


「超能力…⁉︎」


「信じられないでしょうけど、証拠に、私があなたに最初に話しかけた時。あれは、私の『テレパシー』の能力よ」


「深く考えては、いけない……あの言葉ですね……」


「そう」


「ということは、緋石さんもその、混骸……? なんですか⁉︎」


「……えぇ。超能力っていうのはわかりやすい表現なんだけれど、骸にはそんな生態があるわ。真骸と違って身体を守る外殻はないから、その分自身を守るために進化していったんだと思う。そして、その派生の能力の一つ、『記憶改竄』。これを駆使して、一般人に広まらないよう、今までやってきたの」


「驚くというか、ツッコミどころがありすぎるんですが……」


「……今から話すことは、絶対に一般人には口外できないことよ」


「……?」


 空気が、変わる。張り詰めた緊張の中、緋石は口を開いた。


「混骸達は、大きく三つの派閥に分かれている。一つは、『人類根絶派』一つは『骸根絶派』よ」


「人類根絶って、人間を滅ぼすっていうことですか⁉︎」


「そう。そして、『骸根絶派』。これは、人間が唱えた派閥。人類を滅亡させ、骸だけの世界にするのか、骸を滅亡させ、人類だけの世界にするのか。極端な思想ね。あなたなら、どちらを選ぶかしら」


「……どうして俺に、こんな話を……?」


「代谷真紘。以前から名前は聞いていたわ」


「え?」


「代谷君。心して聞いてね」


 ここまでくると、何を言われるのかはっきりと確信を持ってしまった。

 俺は。俺は…


「あなたは、生まれもっての混骸よ」


 悪い確信は、いつも当たってしまう。


 ***********************


 失敗を積み重ねてきた。

 疲れ果てた心と、元気が有り余る体はちぐはぐで、不安定で、バランスを崩すと二度と立たないほどに打ちのめされている。限界ラインは、もう遥か昔に超えていた。


「それでも僕は……」


 男は、立ち上がる。泥だらけの顔で、それでも生きた目をして、前を向く。


「僕は、君を救って見せる」


 淡い希望で。それでも、1%でも、未来につながる可能性があるのなら。

 男は、その可能性を信じて、歩き出す。

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