骸
ミミズ腫れミミズ
第一章 「怪物として」
1.「自分が自分でなくなった日」
それは、突然の出来事だった。
爆発音に窓が震え、外が赤く光る。
夜の闇を赤く照らす歪な空は、ことの異常事態を物語っていた。どす黒い死の煙が上がり、炎の光を乱反射させる。
ベッドの上で呑気に携帯をいじっている男に好奇心を与えるには、その光と音は十分すぎた。
外に出て爆発音の方へ早足で急ぐと、その場所は既に救急車や消防車、野次馬で溢れかえっていた。
サイレンと人々の話し声が入り混じる。その非日常に、不謹慎ながら少しワクワクもしていた。
恐らく先程の爆発によって燃え上がったのであろう建造物は、本来の姿を想像できないほどに焼け落ちており、未だ火の手は収まらず、別の建物へ移ろうとしていた。
「一体何が起きたんだ……?」
そんな純粋な疑問は、突如として叫んだ男の声にかき消される。
「仕方なかったんだよ! 命令されて、火をつければ家族は無事に返してくれるって言われて……」
きっとこの事件の犯人なのであろう男は、警察に押し倒され、涙ながらに訴える。その訴えも虚しく、警官10人がかりで抑えられ全身を拘束される。
ここで、脳裏に一つ疑問がよぎる。手錠で腕を拘束するならわかる。が、男は全身を鉄のような質感の紐で拘束され、その上から茶色い紙で頭から足先までを巻き上げられているのだ。
野次馬が燃え上がる建物を撮影する中、何故かその犯人処理方法が気になって仕方がなかった。
ふと、男がさっき叫んでいた言葉が引っかかる。
「仕方がない……命令……人質? 家族を人質に取られて、仕方なく火をつけた……?」
先程の男の言葉をまとめるとこういうことだろうか。
何だかとてもきな臭い内容だ。
「ーーあまり、深く考えてはいけない」
不意に耳元に囁かれ、飛び上がる。突然のことに一瞬思考が停止し、すぐさま振り向くとそこには誰もいない。
引き込まれるような、艶のあるその声を思い出し、少しドキドキする。一体、何だったのだろうか。深く考えてはいけない。そう言われると、ますます興味が湧いてしまうというものだ。
この事件について、少し警察の人に聞いてみようと、あたりを見回す。
ドォン!!ボコ、ボコ……
突然、またしても爆発音が轟き、大地を揺らす。
爆発音とともに、マグマが沸き立つような、恐ろしい音が鳴り響く。
先程の爆発よりも一回り小さい音だが、野次馬たちを振り返らせるには十分な音だ。
一斉に人々が振り返ると、拘束されていたはずの男がメキメキと巨大化し、骨を纏った怪物へと変貌していた。
「バルルルルァァァァ!!!」
突如として現れたその巨大な怪物は、唸り声を上げて人の群れに腕を振り下ろす。
金切声のような悲鳴とともに、赤い血が、砕けた地面の破片と共に飛び散る。
何が起きたのか、人々の理解が追いついてからは地獄絵図のようだ。逃げ惑い、悲鳴をあげ泣き叫び、怪物の手により飛び散った血は恐怖を加速させ、阿鼻叫喚の渦の中、死が近づいてくる。
「退避、退避ー!! これより被害拡大の恐れあり、支給応援を要請しま」
グシャ……
無線に声を荒げる警察の声も途切れる。
現実味のないこの光景に、笑いが込み上げてくる。
ガシッ
「ーーえ?」
怪物の手に、掴まれた。目が合う。まずい。食われる。
怪物が口を開ける。ドーナツの穴を連想させるその口は、この世の終わりのような音と臭いだった。
気が飛びそうだ。頭の中が真っ白になり、力が抜ける。
ーーお姉ちゃんはね、弟を守るために、先に生まれたのよ。
頭の中に、声がよぎった。夢を見ていたかのような、宙に浮く感触。これが、走馬灯?
「……」
目をぎゅっと閉じ、神に祈る。お母さん、お父さん、今までありがとう。最後は、痛くない死に方がいいなと日頃思って来たが……まさか自分が踊り食いされることなるなんて……。
「……」
死が来ない。痛みも来ない。もう、終わったのか?目を開けると、天国なのか……?
「……?」
恐る恐る目を開けると、目の前にあったのは…
怪物の、顔。しかし、死んだように動かない。
「……また、なのか……?」
ごく稀に、こういうことが起こる。目が合うと、時折その生物の目から光が消え、動かなくなるのだ。
猫カフェで戯れていると、いきなり猫が停止する。
飛んでいる蝶を見ていると、いきなり停止し地に落ちる。
この怪物にもその「ごく稀」が発動したみたいだ。まるで、神の悪戯のように。
「神様……ありがとう……」
そう呟くと、これからはもっと神を信じようと心の中に誓う。命を救ってくれた神様をもっと敬い、祈っていこう。
「違うわね……」
頭上で、女性の声がする。見上げると、女性が怪物の背に乗り、刀を振り下ろす瞬間であった。怪物の首を、いとも容易く切り落とした。
返り血を避け、スッ、と隣に降りた女性はこちらを見つめる。
「ふ〜ん、あなたもそうなのね……。しかも、ちょっと特殊みたいね。初めて見る感じだわ」
さっき、耳元で囁かれた声だ。一気に顔に熱が伝う。
「神様のおかげ……ね。そんなものがあったら、苦労しないわ」
「……?」
唐突な出来事に混乱する。心の声が漏れていたのか……?
「あなた、名前は?」
艶かしい魅力のある声に聞き惚れてしまう。
「聞こえてる……?」
「あ、すみません……えと、代谷です」
「下の名前は?」
「……真紘です。」
「あなたが。そう」
野次馬の名前なんて聞いてどうするのだろうか…。あまりの混乱によくわからないまま話をしていたが、何が起こったのか聞くべきだと冷静に脳内判断を下す。
「あの怪物はなんなんですか?」
「……あなたが知る必要はないわ」
怪物の死体を触りながら、女性は答える。
「何をしてるんですか?」
「それも、あなたには知る必要のないことよ」
勇気を振り絞って出した質問の答えが、全く返ってこない。
嘆きたい……というかシンプルに心が折れそうだ。
「そんなに知りたいの?」
「え?」
突如、女性がこちらを見て尋ねてくる。
「私の名前は……緋石綺羅。今の質問の答えが知りたいのなら、私と一緒に来なさい」
艶やかな声の女性警察は、そう言って俺の目を見つめた。
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