1.鉄躰召喚—2
クリアはフラフラと立ち上がり、いつのまにか周りを取り囲んでいた怪物たちを見渡す。
(数は10、20、30……100ぐらいか。なんでここに……いや、どうでもいいか)
いつもなら引っ掛かっている心の内の疑念を彼女は無視する。それほど、クリアの心は場に満ちる腐臭とは対照的に晴れやかだったのだ。
(やっぱり、1人の方が私には合ってる)
クリアは寂しげに微笑んで目を閉じ、鉄塊の操作に集中する。
2つの鉄塊はクリアの手先で汽車の車輪の様に回転し始める。
(もっと速く、もっと鋭く)
同じく汽車の車輪がごとく回転を加速させながら、鉄塊の形状が変化する。
直方体から、円錐へ。
細く、鋭く伸びた鉄塊はガス灯ほどの長さまで伸びる。更に刃付きの螺旋が形成され、殺傷力が増す。
クリアは目を開け、全方位から迫り来る冒涜的な亡者どもに腕を向けてくるりと一回転する。
それだけで10の亡者の頭部が細切れになり、滅びた。クリアは恐ろしいほど口角を上げ、歯を剥き出しにした笑顔を見せる。
「全員、もう一回、死ね!」
鉄塊を獰猛に唸らせ彼女は亡者どもへ走り出し、殺戮の権化と化した鉄塊が咆哮する。ゾンビ、スケルトン、グールの頭という頭を消しとばしていく。
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何十ものゾンビの腐肉が、スケルトンの粉末が、グールの酸血が……。全てがクリアによって地に撒き散らされていった。
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クリアが右手を振るうと、連動して鉄塊も動く。高速回転する刃が迫り来るゾンビの頭を撫でる。抵抗などなく細切れにされ、腐った脳みその破片がクリアに降りかかる。左手を突き出す。鉄塊は腕の延長線上へと突進し、3体のスケルトンの頭を苦もなく一息に貫いた。
もうクリアは返り血で真っ赤に染まっている。あれだけいた怪物たちも、数えられるほどにまで減った。
「残り、16っ……!」
両手を前に突き出し、背中へと一気に回す。小気味よい骨の破砕音が2度鳴る。
「14っ!」
そのまま腕を振り上げる。鉄塊は地面を抉った後飛び出し、2体のグールをタテ半分に引き裂き、4つの肉塊に変化させる。
「……12っ!」
(流石に、キツい)
鉄塊は回転をやめ、クリアは肩で息をする。残りは12。ゾンビ4、スケルトン2、グール6。
(そろそろ憲兵も来るはず。無理をせず、ゆっくり、一体ずつ確実に———)
怪物たちの上に、巨大な影がかかる。一体のゾンビがふと見上げる。
「ア」
影の主が降りた。それだけで残る怪物全てを押し潰した。
それは、3階建ての学舎ほどに巨大であった。
それは、神話の大蛇のような恐ろしい尾を持っていた。
それは、大木をより集めたような尊大な脚を4本持っていた。
それは、体躯と同じ大きさの巨大な一対の翼を持っていた。
それは、胸元に赤く輝く炎を滾らせる祈祷器官を持っていた。
それは、どんな怪物種よりも邪悪で、強く、恐ろしい存在である。
その怪物は口から炎をちらつかせながらクリアを見下ろす。神に最も近い怪物種。膂力も祷力も併せ持つ、完全生物。
其の名は、ドラゴン。
「————!!!!!!!!」
ドラゴンが吼えた。祷力を伴うそれは物理的な衝撃を生みクリアを吹き飛ばす。
地面に転がったクリアに向かって、ドラゴンは脚を振るう。クリアは咄嗟に鉄塊を盾にしたがドラゴンは歯牙にも掛けず、あっさりとクリアを鉄塊ごと大きく吹っ飛ばした。
クリアはひどい勢いで地面を数回バウンドし、そのまま地に叩きつけられる。鳴ってはならない音が体からいくつも響いた。
(死ぬ)
喀血しながらクリアは絶望した。鉄塊がドラゴンの脚に触れた瞬間、生物としての格差を瞬時に理解できてしまったのだ。
(この化け物なら、100体でも1000体でもゾンビ程度の怪物ならいつでもどこでも召喚できるってわけだ……)
ドラゴンは強大な祈祷生物。クリアの目の前に降り立った種の中でも弱小な名無しのドラゴンでも3ケタ体の怪物の召喚ぐらいワケはない。
クリアは折れた脚を鉄塊で支えながら何とか立ち上がる。気持ち悪い冷や汗が止まらない。視界の半分は真っ黒だ。左手の肘から先の感覚がない。呼吸するたびに鋭い痛みが走る。
(たった一撃でこれか……)
逃げるべきだったか。とクリアは自問自答する。だが、彼女の中には不思議と後悔は無かった。
むしろ怒りがあった。
マグマのように煮え立つ怒りがあった。
「何で、この私が、逃げなきゃいけないんだよっ!」
大声を出したせいで全身に激痛が走る。たまらず倒れ、その場で血混じりのゲロを吐く。
ドラゴンは気怠げに脚を振り下ろす。クリアは動けない。ただ眼前の怪物を目で殺さんばかりに睨みつけることしかできなかった。
ドラゴンの足が迫る。莫大な質量がせまり、クリアに抗えない死を想起させた。
だが、死が訪れる直前、鋭い飛翔音が福音のようにクリアの耳を響かせた!
「よく言った!」
瞬間、ドラゴンの頭で何かが炸裂!ドラゴンはたまらず悲鳴をあげ、己の片目を吹き飛ばした何かを射出したモノへと振り向く。
そこには、兵士が運転するジープの助手席から煙漂う奇妙な手持ち砲を構える白衣姿で薄髪白髭の老人!
「ワシはシュタイン!アイン技術開発所所長のアイン・シュタイン!」
シュタインを名乗る老人はジープを兵士に走行させながらクリアを載せ、指を彼女へ突きつけて言った。
「貴様はワシの夢への道連れだ!」
「ゆ、夢ぇ?」
そうだ!とシュタインは叫び、手持ち砲に砲弾らしき物を装填させながら目を爛々と輝かせて更にこう言った。
「世界征服だ!」
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