1.鉄躰召喚—1
私は学舎に通う召喚士である。
守護獣はまだ無い。(私の名前はクリアである。)
このクソみたいな世に生を受けて早15,6年。人々は都市に閉じこもり、都市の外には数多の怪物たちが跋扈している。けれど最近は少しマシになりつつあるそうだ。唐突な技術革新による武力の発達により、都市はある程度安定した平穏を手に入れたらしい。
息を吸い、吐く。
パスの再接続・体内祷力の残量・汎用召喚での確認。いずれも順調。何も異常はない。
監察官が書類にマルを書き込み、召喚陣の中へと私を促す。横に大の大人が3人寝そべってもなお余りある大きな正円の召喚陣に足を踏み入れると、パリッとした感覚が私の体を包む。
一歩一歩確かに歩み、中心に植えられたマバラダの苗木を握りしめる。体内祷力を励起させ、規定値まで印加する。
大丈夫。何度もやった。私はできる。
そして、励起させた祷力を手へと導き、マバラダの苗木に注入を開始。苗木はあり得ざる速度で成長し、あっという間に伸びた幹と枝で召喚陣を覆い尽くす。
苗木を中心にドーム状に成長したマバラダの中に私は1人取り残される。苗木を握っていた私の手は幹に埋まっていた。しかし、幹はとても脆く、手に力を加えるとそれだけで崩れる。古びたボロボロのコルクの塊のようであった。
マバラダの幹に埋まった手を引っこ抜く。あとは予め抜いておいた数本の髪の毛を、手があった位置に入れれば完了。
「痛っ」
髪の毛を入れるときにどこか引っ掛けてしまった。ポトンと私の血が幹にかかる。けれども髪の毛は無事納まったようで、マバラダの幹が脈動し始める。
マバラダは収縮を開始した。私の髪の毛を中心として、縮まっていく。醜い破砕音と共に、マバラダは拳大の木片の塊に変形した。
私は恐る恐るそれを拾い上げる。マバラダの塊に異常は無く、何処かが砕けているなどもなかった。力が抜ける。これで私がすることは終わり。監察官にそれを渡して後は待つだけ。
監察官は私が手渡した塊をまじまじと見つめ、書類に何か書いた後、脇に置かれた立体魔法陣へと放り込む。
塊は魔法陣の中心でピタリと止まると、回転し始める。その回転に魔法陣が巻き込まれるように吸い込まれていき、真っ黒な円がその場に残った。
私に不安はなく、期待と希望に満ちていた。契約はもう完了しているのだろう。あの円の向こうには何かすばらしいものがあると分かる。
初めて海に入った感覚——
“山嶺”頂上からの景色——
マバラダの親木を見上げた時——
どこまでも雄大で、いつまでも不変な、全てを預けられる何かがあると確信できる。
黒円は胎動し、みるみるうちに広がる。
そしてついに、そこからどろりと何かが現れる。
石?いや、これは——鉄。
赤熱したドロドロの鉄。冷たく、硬く、重いはずのものが流水のように溢れ出す。
それは私の足へと触れる。靴が溶けはじめ、煙が出る。慌ててその場から離れようとしたが、動けない。足が鉄により固定されてしまった。
鉄は意識を持つかのように、私の身体を上りはじめた。素肌に触れた瞬間、熱さを通り越して恐ろしい激痛が走り、たまらず悲鳴をあげる。監察官が慌てて黒円に駆け寄り、何かをしているが一向に鉄は止まらない。
私はそのまま腰まで鉄に覆われ、それでも止まらず、腹、胸、首……。もう悲鳴すら上がらない。
やがて全身全てを覆われ、真っ暗闇の中、私は息が出来なくなり、意識を失った。
≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡
………海のようなものに潜っていた気がする。
どこまでも広がっていて、底のない、無限の水に沈み込んだ感触。
その海は真っ黒で、真っ赤で、硬くて、柔らかくて、全て私の中に収まる。
(ああ、これは夢か)
クリアが耳を澄ますと、騒がしい声が聞こえる。
(そうだ、私は召喚中に気を失っていたんだ)
(早く起きないと迷惑がかかる……)
ふらつく体をなんとか御して立ち上がる。鉄の匂いがツンと鼻をつく。
目を開け、眩しさでボヤつく視界を瞬きしながら慣らしていく。
(誰も、いない?……違う、倒れている)
足元に1人の男が倒れていた。クリアを助けようと先程黒円に駆け寄っていた監察官だ。なぜ倒れているか確かめようとクリアが彼を見つめた時、それが見えた。
腹から飛び出しているピンク色の内臓。
「うっ……!」
たまらず口を押さえる。気を逸らそうと周りに意識を向けると悲痛な叫び声がいくつも聞こえる。クリアは慌てて振り向いたそこには、恐ろしい惨劇が広がっていた。
死に生きる怪物……ゾンビやスケルトン、グールなどのアンデッドたちが教員や生徒たちを襲っている!
(あり得ない!ここは都市の真ん中ッ……⁉︎)
背後から物音が聞こえたかと思うと、腹から内臓を零しながら監察官が立ち上がり、クリアに掴みかかってきた!死に生きる怪物に殺された者は、命なき生を与えられるのだ。
この理不尽な状況に動揺していたクリアは動けず、押し倒される。
「ギ ア ア ァ ァ ァ ッ」
クリアを押し倒した監察官ゾンビは口を開けて叫び散らし、彼女の首を食い千切ろうとする!
「やめろッ……」
もがいて脱しようとするも、体重差がそれを許さなかった。絶望したクリアは目を閉じ歯を食いしばり、耐えがたい痛みにそなえる。
「……!」
が、痛みは来ない。目を開けると、監察官ゾンビは人の胴体ほどの大きさがある2つの巨大な鉄の直方体に挟まれて頭部が潰されていた。
クリアは不思議な感覚を味わう。
(私の腕が、4本ある?)
2つの鉄塊がそれぞれ意のままに動く。重さは感じない。力は相当だ。
(ああ、分かった。分かる。これが私の——)
手で虫を払うように動かすと、監察官ゾンビは瞬く間に何メートルも弾き飛ばされながら粉微塵になった。
「守護獣だ!」
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