9月7日
金曜日。雨。
雨の日は静かだから好きだ。みんなどことなく憂鬱そうで口数も少ない。あたしにはちょうどいい。ただ、寮に戻って一週間、サツキさんからまだ一通も手紙が来ないので寂しい。パソコンはあっても学園内イントラネットだから、生徒が外部の人間との連絡に使うことはできない。ニュースは消灯までにテレビで知るか、図書館の新聞架から得るか。ケータイは持ち込み禁止。通話は、これも指定された時間内に事務室の隣にある公衆電話コーナーで行えるだけ。端末をこっそり持ち込んで所持品検査をかわせたとしても、教室にも寮にも電波は届かないから意味なし。とはいえ、敷地にはどこやらに穴場があって、こっそり深夜に出かけていく生徒もいるとか。
一方的に立て続けに送りつけて迷惑がられたり話が行き違いになったりするのは嫌。一度返事をもらうまでは次の手紙を書かないと決めている。その待ち時間が切ない。贈られた絵を眺めて耐える。机に飾っているのはS0号の作品で――サツキさんは美大生で日本画を専攻している――ゆりのイメージだよ……と、絹糸のような雨の中、白い傘を差して佇む、オフホワイトのワンピースを着た少女の後ろ姿。傍らに百合が咲いている。小さな画面なのに茫漠として、奥行きに果てがなく、幽玄。隅に雅印(こういう用語もサツキさんに教わった)、映山虹。ツツジ科サツキの別名だとか。風雅だ。
この絵はとても繊細で、ほれぼれするけれど、サツキさんはどうしてイメージの中であたしをモデルにしながら顔を描いてくれなかったのかと思う。これと言って美点を見出せない、創作意欲をかき立てられない平凡な面相だからか……なんて考えると悲しくなる。もし、サツキさんがあいつやみどりと出会ったら、はりきって肖像画に取り組むだろうか。そんな気がする。名前にちなんで、舞い散る桜の花弁を浴びる妖艶な美少女か、蔓草に縛められて陶然とするボーイッシュな乙女を。
嫉妬の女神メガイラに取り憑かれてしまいそうだ――。
【引用】
現実の状況からは、現実に逃げ出すことができる。しかし、想像力によって作り出された状況から退却することはできないのだ。(スタニスワフ・レム『完全な真空』~「ロビンソン物語」)
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