9月6日


 木曜日。晴れ。


 放課後、図書館――この学園の取り柄は、これ。図書室ではなく独立した建物があって蔵書が豊富なこと――へ行くと、に特別扱いされていると評判の一年生がいた。親類だろうか。よくわからないが、あいつは規則を無視して厚遇されるのみならず、新入生を手なずけて共犯者にしたのだ。A棟は高等部生の寮なのに、その決まりを破っただけでは飽き足らず、臆面もなく共に特別室(二人部屋!)で寝起きしているという。父親が理事の一人だからといって威光を笠に着て、やりたい放題。虫酸が走る。

 ……それはともかく。同室の一年生たちから聞いた話では、あいつのお気に入りはという名で、ほっそりしていて少食で、からよく目立つとのこと。なるほど、確かに。あんなに髪を短くしている子は他にいない。耳もうなじも丸出しのベリーショートで、さながら和製ジーン・セバーグかツイッギーといったところ。でも、とてもよく似合っている。つまり、線が細く色が白く、目鼻立ちが小振りで整った、端的に言って美少女なのだ。両親は既に亡く、芸術家だという叔父(?)の都合でここへ送り込まれたとか。

 キャレルデスクでページをめくり始めたので、そっと近寄って隣の席に着いた。この日記帳を広げ、万年筆をわざと床に落として拾いながら覗き込むと、彼女が読んでいたのは『鏡の国のアリス』の原書だった。

「何でしょうか、先輩」

 素早くあたしの学年章を確認した模様。

「ごめんなさい。英語の勉強?」

「ええ、まあ……」

 彼女は不明瞭に答えて紙面に目を戻したが、あたしが立ち尽くしたまま見つめていたせいか、また視線を上向けた。まるでネコ属のような、怜悧で気紛れで超然とした眼差し。

「少し、お話ししてもいい?」

「でしたら、場所を変えた方が」

 凛とした、それでいて抑揚の乏しい低い声。しかし、それは冷ややかな瞳の輝きと見事に呼応していた。彼女は本を閉じて立ち上がりかけたので、手振りで押しとどめた。

「いいのよ、別に用があるんじゃないから。悪かったわね」

 すると、彼女はあたしをじっと見つめたが、黙ったまま再び本を開いて読書を再開した。あたしはなにがしか、せり合いに負けたように、すごすごと引き揚げざるを得なかった。でも、やり込められた悔しさはなかった。胸の奥に秘めた小さなオルゴールの、百合のデザインのレリーフで飾られた蓋が開いてバレエ音楽のメロディが流れ出すかのようだった。彼女はサツキさんにどことなく似ていた。妹や従妹だと言われれば信じてしまいそうなくらいに。


【quotation】

 You are a cool young lady indeed!(Lewis Carol)

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