忘れてしまった恋

ユウイチ

忘れてしまった恋

 お盆、今、俺こと笹川 蓮(ささかわ れん)は父親の方の実家に来ていた。毎年来ているがなかなかの田舎っぷりである。モバイル通信すら使えない辺境の地だ。


「蓮〜そろそろ墓参りに行くよ〜」

「ん。わかった」


 母に呼ばれたので虫にヤられないように虫除けを体中にぶっかける。さっさと墓参りを終わらせたい。しかし、俺の意思でどうこうできる訳では無いので諦める。


 縁側から立ち上がって靴を取りに玄関へ向かっていると、きゅうりの馬とナスの牛があった。


「懐かしいな……」


 八年前、俺がまだ小学二年生だった頃のことだ。縁側を走っていたらナスの牛を誤って踏み潰してしまった。凄く叱られたけど、今となってはいい思い出だ。


「まだ〜?」

「今行く」


 ぼーっとしてたら呼ばれてしまった。早く行かないと不機嫌になってしまう。さっさと行くのが最善だ。


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜



 墓参りはいつも通りサラッと終わった。ここの家の裏は山でそこに墓がある。


「昼はそうめんよ〜」

「はーい」


 自分で茹でろとのことです。おばあちゃんなのに酷い……まぁ、それで早く食べれるのはありがたい。さっさと山に行きたいのだ。理由?また後で分かるよ。


「頂きまーす」


 ちくしょう。我ながらとても不味く茹で上がったよ……最後まで処理しますがね!


「ご馳走様でした」


 食べ終えたので本を一冊だけ持って山に入る。何回も来たので覚えているから目的地へ一直線に行く。それなりに歩かないと行けないがそこまで苦じゃあない。


 五分くらい歩くと少し開けた場所に出る。真ん中に切り株があり、そこに座ると木々に囲まれているみたいでとても落ち着く。


「今年も来たんだ」

「げ」

「げ、じゃないよ!ひどいなぁ」


 白いワンピースにつばひろの帽子にサンダルと山にいるとは思えないアホみたいな姿だ。俺は同年代だと思われるこの少女のことが控えめに言って好きだった。


「で?なんか用?」

「用がないと来ちゃダメなの?」

「いや、ダメじゃない……」

「じゃあ、いいよね!隣、失礼するよ〜」


 切り株の半分を奪われた……ち、近い……


 自然とドキドキしてしまう。これじゃあ本の内容すら頭に入ってこない。毎年、こんな感じなのだ。少女はぼーっとし、俺は読書。喋りたいことがあれば喋るし、なければ話さない。俺はこの静かな時間は嫌じゃなかった。


「そろそろ帰るわ」

「え〜!早くなーい?」

「いや、暗くなってるから」

「ブー」


 俺が帰ろうと背を向けた時、


「ちょっと待って」


 呼び止められた。しかも、普段と声のトーンが違う。俺は平静を装って振り返った。


「どうかした?」

「話がある」


 俺は少女の前まで行き、続く言葉を待った。


「えーっと……来年からもう会えなくなるんだ……」

「え?どういうことだ?」

「そのままだよ。今年のお盆で最後」

「なんで……?」

「それはまた、明後日の夜、ここに来てよ。そうだなぁ……七時くらいに」

「わかった」


 俺が返事をすると、少女は立ち上がって山の奥に歩いて行った。俺はしばらくショックで動けなかった。


「明後日……お盆最終日……」



 翌日は雨だった。ざぁざぁというよりも、しとしと降っている。俺は縁側で座って本を読むしか出来ない。今日だって会いに行きたかったのに……


 

 さらに翌日、嫌気がさすほど晴れていた。両親には夜空を見てくることにした。夏の七時は少し暗いくらいなので怪しまれるだろうか?いや、うちの親アホやから大丈夫だろ。


「じゃあ、そろそろ行ってくるね」

「はーい。風邪引かんようにね」

「わかってる」


 これで最後になると分かっていても納得は出来ない。いろいろな感情、主に悲しいとか寂しいとか、がぐちゃぐちゃになっている。しかし、一番上に来るのは、


「会いたい」

「呼んだ?」

「ぎゃあああ!」


 いつの間にか着いていたようだ。夜空が馬鹿みたいに綺麗だ。


「で?」

「あぁ……あまり驚かないでね」

「はぁ?」


 こいつ、何を言っているのだろう?


「私、死霊なの」

「は?ふざけるのもたいがいに……」

「ふざけてない!」

「じゃあどういうことだ?そもそもなんでいる?」

「覚えてる?八年前のこと」

「は?」

「あの時、君が踏み潰したなすの牛、私があの世へ帰るためのものだったの。なのにあなたが壊したから帰れなくなった」


 そんなこと知らなかった。知らなかったで済む話じゃないのは知っているがそんなことが起こっていたのか……


「しかも、ここに来るし」

「?」

「ここは私が一番好きだった場所。もちろん生きている時。あの世に帰れなくなった時、途方にくれてここにいた。これからどうしようってね」

「ごめん……俺のせいで……」

「いや、もう気にしてないよ。そろそろタイムリミットだからね」


 よく見ると少女が若干透けていた。足先からゆっくりとだが消えていっている。


「消えないで……俺は……」


 俺の顔は涙でぐちゃぐちゃなんだろう。しかし、どうでもよかった。今は目の前の少女の事しか頭になかった。


「もう力が切れるのこの世界で実体化するのは凄く燃費が悪くてねぇ」

「せめて……名前だけでも……」

「意味ないよ。私が消えると君の中から私の記憶が無くなる。私は本来、この世界にはない存在だからね。世界が介入してなかったことにするんだ」

「そんな……」

「じゃあ、可哀想な君と最初で最後のゲームをしよう」

「ゲーム……?」

「そう。今の日本には私の生まれ変わりがいます。私が消えた瞬間に私の意識がその子に移るからその私を君が探して」

「そんなことできるはずが……」

「あるよ。じゃあ頑張って。そろそろ限界だ……」


 少女の体が消えていく。俺はどうすることも出来ず、悲しみの涙を流し続けた。


「あれ?なんで泣いてるんだろう?」


 気づいたら泣いていた。なにか大事なものを忘れてしまった気がするけどなにか分からない。ただ満点の星空がそこにはあった。


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


 三年後、俺は大学生になり、東京に来ていた。入学してからしばらく忙しかったので観光出来なかった分、夏休みに見て回ろうと決めていた。


 いくつかまわったあと、某忠犬のところに来た時だった。一目惚れしたのは。


 白いワンピースにつばひろの帽子、とても既視感があったが、分からない。とにかく凄く目を引かれた。それと同時に、心が暖かい何かで満たされているような気がした。

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