第47話 皮肉な救い

 このところ絵を描いていなかった。

 今日こそ描きたい、描かなきゃと起き上ろうとしても強烈な眠気に襲われた。


 身体がだるく、なかなか布団から出られなくなった。

 しかし、今は何時で、今日が何日の何曜日かなんて、瀬奈には関係なかった。


 寝てばかりで筋肉が凝り固まっているのか、腰痛もひどかった。

 それでも起き上がりたくないくらい、寝ても寝ても寝足りなかった。


 違和感を覚えたのは、シャワーを四日ぶりに浴びた時だった。

 異様に胸が張って、シャワーの水圧だけで痛みを感じた。

 瀬奈はその圧に耐えきれず、ほとんど浴びられないまま風呂場を出た。


 生理前だから張っているのか。

 瀬奈は久々に日付けを確認すると、予定日から十日も過ぎているのに気付いた。

 いつもは二十五日ごとのペースで来ていたはずだった。


 ベティーにいた頃、生理中は胸が張って不快感があったのを思い出した。

 それでもシャワーは毎日浴びられていた。


 まさか……。

 瀬奈は薬局に行った。

 これが亮太といた日々なら、どんな気持ちだっただろう。

 密かに胸を弾ませ、妊娠を期待する自分がすぐに頭に浮かんだ。


 しかし、今はひとりぼっちだった。

 この妊娠を喜び合える人が側にいないと思うと、限りなく孤独だった。

 もしも陽性で、父親がいないなら、親に報告する事すら思いやられた。

 そうなると誰にも助けてもらえない。

 瀬奈は検査薬を探すまでも心細く、レジに差し出すのも恥ずかしかった。


 家に帰り、水を飲んで、尿意を感じるのを待った。

 結果は陽性だった。

 ピンサロで妊娠の可能性はないので、やはり父親は亮太だった。  


 今頃になって赤ちゃんができた。

 なんて皮肉だろう。

 瀬奈は声をあげて泣きじゃくった。


 亮太の事は散々憎んだけれど、それでもお腹の中にいる新しい命は、どうしたって憎めなかった。


 お腹に手をあて、頭まですっぽりと布団にくるまった。

 毛布の中で、暖かい空気を肺いっぱいに吸い込むと、少しだけ気持ちが安らいだ。

 ここに、赤ちゃんがいるという実感がようやく湧いてきた。


 一人にしないでくれて、ありがとう。


 瀬奈はそう呟いた。

 亮太はクズだったが、心から愛した男だった。

 今はどうであれ、本気で愛した男の子供が孕めたのだから、私にしてはラッキーなのかもしれない。


 これからこの子をどうやって育てていけるか、瀬奈は不安しかなかった。

 でも、私は一人じゃない。

 痺れるような寂しさに包まれながらも、それだけが救いだった。


 心の中で赤ちゃんを抱きしめながら、眠りについた。

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