第45話 東洋美人

 酒とお惣菜をたんまり買って、パンパンになった袋をぶら提げたゆりが、家に来たのは昼前だった。

 瀬奈は風呂から上がり、すっぴんだった。

 初めて見る瀬奈の一重まぶたや、禿げた眉、鼻くそのようなホクロがいつに増してはっきりしているので、ゆりは少しぎょっとしたようだった。

 しかし、顔については何も言われなかった。

「どうしたの、いきなり。彼氏が出てったって?」


 瀬奈は洗いざらい話した。

 ゆりは相変わらず何も言わずに聞いてくれていたが、矢崎に惚れた事だけは叱られた。


「そんで?どうすんの、これから」

「どうしたいんでしょうね」

「金は?その男に渡してないんでしょ?」

「はい」

 七十五万円の貯金があった。

 まとまった額を毎月亮太に払うのは怪しまれそうだったので、返済の為に渡すのは毎月三万円ずつだけにしていた。

 満額貯まったら、親に借りたと嘘をつき、札束をドンと積み上げプロポーズしようと決めていた。

 その為に取っておいた。

 瀬奈は、しばらく仕事をしなくても生きていけるくらいだった。


「婚活したい、とか言うかと思った。プチ整形とか」

 ゆりは冗談交じりに言うと、買ってきた一升瓶を開けた。

 ラベルには、東洋美人と書かれていた。


「それって美人じゃなくても呑んでいいやつですか?」

「ばーか」

 ゆりは、瀬奈の分まで注いでくれた。

 部屋の蛍光灯はつけずに、日の光を浴びながら飲む日本酒は背徳感があって、今の瀬奈には心地よかった。


「幸せになりたいですね」

「そりゃね、誰だって」

「整形しないで愛されるなら、それが一番嬉しいです」

「そんなむくんだ顔で生きていきたいって言えんなら、あんたもちょっとは、強くなったね」

 ゆりは、カラッとした声で笑った。


「なんか、やっと悪夢から覚めたみたいな感じです。

 結婚とか子供とか。私にとっては、自分が幸せだって認識する為の、名札だったのかもしれないです」


「ふーん。私もしてないから分からないけどさ、結婚って、幸せごっこじゃなくて、二人の覚悟の証なんだと思ってたな。

 だって結婚して幸せになるなんて保証なくない?むしろ修行じゃん」


「それじゃ、力づくで出来るもんじゃないですね」

 瀬奈は笑った。


「なんだろうな、意味のない事がしたいです。

 上手に生きようとしすぎて疲れちゃって。

 セックスとか、もうどうでもいいです。本当にしたい時だけがいい。

 自分のちっちゃいわがままをいっぱい叶えてあげたいです」


「いいんじゃない?あんたは自分責めたり根つめるのが好きだったからね。

 そんくらいのスタンスが丁度いいかもよ」

 ゆりの言う通りだった。

 それが好きだった。

 そうするしかなかったのではなく、瀬奈は自らそれを選んでいた。


 日が暮れる頃に、ゆりは帰った。

 夜はベティーで出勤だそうだ。

「あんたの事は秘密にしておくね」

 ゆりはそう言ってくれた。

 そして、飲みかけの一升瓶を次来るまで取っておくよう、約束させられた。

 

 ゆりがまた来てくれる。

 瀬奈はそれが嬉しかった。

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